第26話 まさに絵に描いた・・・(後編)

 私たちの長い夜が始まった。

 今、私たちは漫研部の橋野真希さんの家に来ている。

 今日の夕方、部室に漫研部の部長に依頼され、真希さんの家に変なものが出て困っていると云ものだった。そしてなぜか、文芸部の私たちがその原因を突き止めるという話になったのだが、その原因を突き止めて終わりと思っていたのにその悪霊を退治するという話にまで発展してしまった。

 私たち4人は真希さんの隣の空き部屋を借りて時が来るのを待っていた。

「どうしてこうなった」

「いや、楽しいじゃん。こういうの」

 凛花さんはうっきうきの笑顔で今の状況を楽しんでいた。

「あの。寝るのは良いんですけど、襲わないで下さい」

「それはどうかなぁ?」

 凛花さんの言葉に私は幽霊並みの怖さで背筋がぞわっとする。私は「絶対に襲わないで下さい」と大事な事なので私は凛花さんに2回言い聞かせた。

「後、そこも芳賀君の傍から離れなさい」

「良いじゃないですか、減るもんじゃないですから。ね~、芳賀さん」

 植田さんは私を差し置いて芳賀君にくっつきまくっている。芳賀君は芳賀君で植田さんの事を気にせず、一人で何かを呟いている。

「悪霊物のBL小説だったら、こういう展開にしたら・・・これイケるかも」

 芳賀君はいつものごとくBL小説のことで頭はいっぱいだった。ある意味この状況でこの考えは凄い。でも、これから悪霊退治で怖い思いするかもなのに、ぶれないなぁ。でも、幽霊では女子はイケないんだよなぁ。

 とりあえず、真希さんには自室にて、過ごしてもらいその時が来るまで私たちは隣の部屋で待機することにした。交代制で就寝することに。


   そして・・・・

 

 時計の針は午前2時を差し示していた。正に丑三つ時。当たり前の事だけど、深夜で周囲は静まり返っている。そして、私が見張り番をしていた時に事が起こった。

 壁の向こうから、音と声が聞こえてきた。

『BLが1ページ、BLが2ページ、BLが3・・・』

 明らかに真希さんの声では無かった。私はその言葉を聞き番町皿屋敷のBL版かいとツッコミを入れていた。

 私は寝ているみんなを起こす。隣の部屋で異変が起こったとみんなに報告。

 先陣は凛花さんが切ってくれ、真希さんの部屋のドアを開け室内に突入する。

「私が相手よ。かかってきな」

 凛花さんが叫ぶ。私の目の前には真希さんが誰かに土下座をしながら漫画を描いている姿がそこにはあった。その土下座の相手を見て、私は心臓が飛び出そうになる。足元が消えたベレー帽の女性がベットに座って真希さんを見下ろしていた。恐らく、自殺した作家さんなのだろう。目の下はクマだらけで怖さが倍増。植田さんは私の後ろに隠れている。怖いなら付いてこなければいいのにと思ったけど、私もそれ以上前に出ることが出来なかった。

『誰?』

「み、みなさんっ!」

 真希さんは顔を上げこちらを見ると、幽霊の人もこちらを見てきた。

『BL漫画をよこせぇ~』

 幽霊の人は私たちの方に飛んで襲い掛かってきた。凛花さん以外は怖くて逃げる。

凛花さんは幽霊の人に殴りかかる。

「何だと⁉」

 私は凛花さんの「何だと⁉」の言葉を理解してしまった。凛花さんの拳を幽霊の人がGペンで止めている姿だった。拳をペン一つで。漫画のワンシーンですかと言いたくなる光景である。

「この幽霊、強い。大体私が殴れば、ありがとうございますって昇天していくのに」

 凛花さんの額には冷や汗が垂れているのが見えた。いやそれ、たぶん男性の幽霊限定でしかも、Mの方じゃないですかねと私は思う。

 ちょっと待って、日常系からバトルものになったの。そして、幽霊はまさかの三体に分裂したのだ。幽霊の人は誰それ構わずお構いなしに私たちに襲い掛かってくる。私と植田さんは何とか避け、凛花さんは殴りかかるが全て拳は受け止められ苦戦を強いられていた。幽霊が見えるなんて、相当この幽霊の人はこの世に未練があるのだろうと。

 芳賀君の姿が見えないことに気付く。

「芳賀君。ちょっとどこ行ったのよ」

 私は必死に逃げながら、叫んだ。夜中にこんな声出すなんて、近所迷惑すぎる。

「すいません。お待たせしました。真打登場です」

 私の叫びに気付いたのか、芳賀君はすぐ現れた。

「どこ行ってたのよ」

 私は悪態をついた。芳賀君は「これを用意してました」と言わんばかりに私に見せつけてきた。芳賀君はお札と炊飯ジャーそれと赤いロープを手に持っていた。

「そのお札っ、何?」

 私は幽霊に人を避けながら必死に聞く。

「これは母が用意してくれた物です。破魔札ならぬ、ホモ札です。BL好きにはよく効くと言ってました」

「それ生きてる人限定じゃないっ⁉幽霊に効くわけ無いでしょ。うわっ!そっちは」

 私は必死にツッコミを入れる。

「この炊飯ジャーは悪霊を封印して、赤いロープでジャーを亀甲縛りにするんです」

「あほかーーー。そんなの効くわけないじゃない。うわっ」

「母に炊飯ジャーに封印する時は『魔封波っ!』と言いなさいと言われました」

「・・・・・・」

 私は避けるのが精一杯で言葉が出ない。動き疲れて、何も喋りたくなかったもあるけど。

 私は芳賀君に「それ40年前くらいの漫画ネタよね」と、ツッコみたかったけどツッコむ気力も出なかった。私、文化部なのにと思いつつ、動き回る。運動部並みの運動量で死んでしまいそう。植田さんも必死に避けているのが見える。凛花さんも真希さんを庇いながら、殴り続けて言う。

「何でもいいから。早くっ‼」

 凛花さんの口調からも焦りが見える。

「な、何でもいいから。は、早く・し・て・・・」

「はい。いきます」

 私の体は限界を迎えていた。芳賀君は「幽霊さん、こっちです」の声に反応し、三体の幽霊は芳賀君に襲い掛かる。芳賀君は炊飯ジャーの蓋を開け、幽霊に向かって叫ぶ。

「魔封波っ!」

『BLを・BLをくれーーー』

 芳賀君の言葉でなのか幽霊は炊飯ジャーの中に吸い込まれていく。というよりも自分から入って行くようにも見えた。三体入った事での衝撃が強く、芳賀君が後ろに吹っ飛ぶ。

『ホモは最高よーーーーーーー』

 幽霊は叫び、芳賀君は炊飯ジャーの蓋を強引に閉じる。炊飯ジャーが暴れ、蓋を開けようと幽霊が暴れているのだろう。芳賀君は抑え込み、札(ホモ札)を張り付ける。炊飯ジャーは札(ホモ札)張り付けられたことで、大人しくなった。芳賀君は額に滲んでいた汗を拭きながら「良かったぁ」と安心し、ロープで亀甲縛りをしていた。

「うそーーー」

 まさかの出来事に私は目が飛び出そうになる。えっ?ちょっと待って。本当にそれで幽霊さんを退治できたのと私が疑っていると凛花さんは足から崩れ落ちる。気が貼っていたので緩んでしまったのだろう。

「ジャーの中に幽霊の人のBL漫画を入れておいて正解でした」

「助かったぁ。凄い怨念ね。流石にきつかったわ」

「あっ、ありがとうございます」

 凛花さんは乗り切った事でホッとしていた。凛花さんの後ろにいた真希さんは涙を流しながら、お礼を言っていた。植田さんは私と同じで結構動き回っていたにもかかわらず、平然な顔で芳賀君に「凄いですね、芳賀さん」とよいしょをしていた。

 しかし、本当に炊飯ジャーに封印できたなんて信じられない。

「いやぁ、ホントに出来るとは思いませんでしたよ」

「おいっ!」

 私は芳賀君の台詞で炊飯ジャーが失敗していたと思うと肝が冷える。

 真希さんに心を落ち着いてもらい、最初の状況を教えてもらった。幽霊の人は夜な夜なポスターから出てきてBL漫画を1ページごとに要求して、書き終わるまで寝かせてくれなかったそうだ。真希さんは必死に描いて何とか最初はこなしていたんだが段々とペースが遅くなり、寝る時間が減ってきたとも言っていた。真希さんは恥ずかしがり屋で学校のクラスの人に相談できずにいたみたい。そりゃ、クラスの陽キャには相談できないよ。バカにされるだけだし。

 偶々、漫研の海藤部長が真希さんの体調が悪そうだったのを見て、話しを聞いて信じてくれたそうだ。

 とりあえず、芳賀君は悪霊が入らないようにポスターにもホモ札を張り厄除けを施した。それでいいの?って思ったが今までの現象を見ると効いているのだろうと。これで悪霊がつくことは無いと私は安心した。これを見ると一休さんで屏風の虎が暴れて困っている話を思い出す。まぁ、これは頓智で勝てる相手じゃなかったけど。

 また、この後の処理が大変だった。まず、夜中に大声出して部屋で騒いでいたことを真希さんの両親にぴどく怒られることになる。その理由を言っても信じてもらえないと思った私たちはただその怒りが収まるのを待つだけだった。その後も周囲の住宅から苦情がきてたみたいで私たちは謝罪に周るので必死。

 それと幽霊を入れた炊飯ジャーは近くの神社で除霊をしてもらう事にした。ついでに私たちもお祓いをうける事になり、翌日の土曜日はこの件で私たちのささやかな休日が潰れたのだった。


 その後・・・


 後日談にはなるけど。この事件を私たちで解決したことがSNSで拡散され、何故か文芸部にその手の依頼が来て私たち文芸部が右往左往したことは言うまでも無かった。その手の依頼きて困った私は高瀬部長に依頼を受けないで下さいと念押して対応してもらった。

 真希さんはと言うと、夜眠る事が出来るようになり、例の同人誌即売会で販売する為の原稿を印刷会社に入稿するのが間一髪間に合い販売にこじつける事が出来たと教えてくれた。その時にもお礼をしてくれた。

 その同人誌の販売部数が漫研部の設立以来の快挙をなし、OBも含めて祝賀会を行ったと教えてくれた。

「しかし、SNSは凄いですね」

「ホント、困ったもんだわ。でも、あの魔封波が失敗してたら芳賀君はどうしてたのよ」

 放課後の教室、珍しく私と芳賀君の二人だけ。お互い帰りの準備も終わり二人で残って話していた。

 私の質問に困ったのか、芳賀君は少し考える素振りをする。

「そうですね。その時は東雲さんを僕が守ります」

「ほんとぉ?」

 芳賀君のセリフに私の目は疑惑の眼差しを向ける。

「だって、東雲さんは僕の彼女ですから。後、あなたのナイトですし」

 と芳賀君は笑顔で返してきた。その笑顔に私の顔は真っ赤になる。その顔を見られたくないので私は顔を俯かせた。こういうセリフをサラッというところが腹立つのよね。

「バカッ」

 私は誰もいない教室で芳賀君のデコピンをすると先に帰ることにした。こんな赤くなってる顔を見られたくないから。

「待って下さいよ。東雲さん」

 芳賀君が私の後を追いかけてくるのがわかった。そして、芳賀君の声を校舎に木霊するのであった。

 

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