第6話

 空を飛ぶ。


 龍神という名の引きニート時代に翼や尻尾に対する理解は深めたので初めの頃に比べるとだいぶ飛ぶ姿も様になっていると思う。


 ……今思うとあんな不格好な姿勢で飛んでいたなんて恥ずかしい。絶対そこらの小鳥に笑われてたんだろうなぁ……この頬を伝う雫は雨かな……ぐすん。


 下に目を向けると鬱蒼とした森が広がっている。葉の緑色がかなり濃く、中には濃い緑を通り越して黒に近い葉っぱなんかも見える。


 肌を撫でる春風の気持ちいい、爽やかな草原からスタートしたはずなのだが、一体全体どうしてこんなところまで来てしまったのか。


 ようやく周りは明るくなり始めているが、今の今まで真っ暗闇を闇雲に飛んでいたのだ。自分でもよぐわがんね。


 しかしまあいきなり王都みたいな大都市にぶち当たらなくてよかった。並の人間に負けることはないが、王都の防衛が並のわけがない。


 俺みたいなお上りドラゴンは速攻Sランク冒険者みたいなので討伐隊が組まれて、ちょい苦戦の後討伐、さらし首の凱旋パレードって落ちだ。


 そうして金持ちの趣味の悪い、あの、あれ、動物毛皮をうつ伏せにビローンって絨毯みたいにしてるやつ。あれになるんだ。しまいには三十年後冒険者業を引退したおっちゃんのプチ自慢話のネタになるんだ。ドラゴン虐待断固反対。ドラゴンに愛を自由を人権を。


 馬鹿な妄想をヒートアップさせ、イマジナリーデモドラゴン部隊とイマジナリー残虐残忍残酷冷血冷酷龍絶殺人間部隊を衝突させてシナプスをアチアチに滾らせる。


 両者拮抗! そこに俺が颯爽と現れて片っ端から人間どもを……前世でもこんな妄想を学校の授業中にしていた気がするな。


 前世の俺は少なくとも学生を経験したことがあるという、意外なタイミングでクソどうでもいい記憶を思い出したところで妄想をやめる。なんか恥ずかしくなってきた。


 つっても今はそんな妄想くらいしかやることがないんだが。


 こんな森に住むのは考えられない。子供いないし。となるとこの森地帯を抜けるしかないのだが……これがまたまあ長い。少なくとも見渡す限り、地平線まで森は続いている。


 後ろを振り向いても地平線まで森は続いている。進んでんだか戻ってんだかさえわからねぇ。


 今の俺にできることはいつか抜けられると信じてひたすら飛ぶことだけだ。


 冷静になって人間相手に無双する妄想はなんだか恥ずかしくなってきたので自重して、心を無にして飛ぶ。……うへへぇ俺かっけぇ……。


 *****


 突如として左前方から轟音が聞こえる。急いで目を向けると分厚そうな葉の屋根を貫通して煙のようなものが上がっているのが分かる。というか何本か木が傾いているな。


 速度を上げて近づくと現在人間と魔物が戦闘中であることが分かった。


 女だ。肩ほどまで伸びた銀髪に赤いたれ目。身長は村の子供たちよりは高そうだが大人と比べると低い。肌も白く手足も細いが、病弱不健康なもやしっ子という印象は受けない。


 その女がゾンビみたいな見た目をした三体の魔物と戦っている。軽装で金属の防具は一つも持っていない。あるのは腰に差した細めの剣だけだ。


 さぁてこのドラゴン様が気まぐれで助けてやろうかな? それとも見殺しにしようかな? 貴様の寿命は俺の気分次第で変わるのだガハハ。……ギリ子供っぽいしワンチャン食ったらうまいかも?


 のんきなことを考えながらとりあえず傍観を決め込むことにする。


 勝負はあっけなくついた。女が腰から細い剣を抜き、思わず美しいと思ってしまうような、鮮やかな剣筋で魔物たちの頭をはねた。女の圧勝だ。


 うん、まあ冷静に考えてこんなところに女一人でいる方がおかしいのだ。


 どこを見ても視界が続く限り森。「うふふ鳥さん待て待て~……あれ? ここどこ? はわわ魔物さん怖い~」なーんてうっかりさんでも迷い込むことはない。明確に来ようと思ってきているに決まっている。


 つまり最初から俺の助けとか全く要らないわけで、その女と目が合ったわけで、気づいたらその剣先が眼前に迫っていたわけで、今更避けようがないわけで。


 ……痛い。


 木々をなぎ倒しながら、血の雨を降らせながら、俺は地面に落下する。


「ごめんなさい! 邪龍のオーラを感じたのでとっさに攻撃しちゃって……まさか聖龍さんだったなんて……」


 うむ。許そう。というか許してください。俺この人に勝てるかわからん。圧勝は絶対無理。この人の気分次第で俺の寿命は終わっちゃう。泣きそう。


「今治しますね」


 いそいそと魔法で血の出ている俺の鼻先を回復していく。少しビビっただけでこの程度致命傷ではないし、自分で治せる。でもまあお詫びということだろうし黙って治療を受けよう。


「改めまして……本当にごめんなさい! 聖龍と邪龍を間違えるなんて……あり得ないし失礼ですよね……ごめんなさい!」


『気にするな』


 ……この人の本能は正しいな。邪龍といわれる心当たりたくさんあるわ。


『しかし、何故このようなところにいる? 仲間とはぐれたのか?』

「いえ、そういうわけではないのですが……」


 念話に対して特に驚きもせず会話してくる。あの村の人間がオーバーなだけで普通の反応はこんなもんなのかもしれない。


「実は……私勇者なんですよね」


 右手で髪の毛をいじりながら、とんでもない告白をしてくれる女。じゃなくて勇者様。


 ヒェ……コロサナイデ……オデ、インゲン、スシ……


「王様に魔王討伐に行けって言われて、それで田舎の故郷から王都に出たのですが……ハァ」


 うーむ何やら悩み事を抱えているらしい。いいだろうここで会ったのも何かの縁だ。気のすむまで俺に愚痴るといいさ。


 丁度戦闘や俺の落下でここは木が倒され日当たりがよくなっている。俺自身飛び疲れるということはないが、飛ぶのにはかなり飽きていた。くだらない妄想をするくらい。


 そう伝えると勇者はポツポツと話し始めた。


 *****


 勇者の名前はエリカというらしい。


「……もっとなんか援助してくれてもいいのに……って思っちゃいます」


 わっかるぅー


 俺も前世の記憶にあるRPGを思い出しながらエリカの話を聞いている。


「せっかく助けたのに……別に感謝してほしいわけじゃないですけど……この仕打ちはあんまりですよね!」


『分かる』


「魔王も嘘バレバレなんですよね! 絶対その気ないのに交渉持ちかけて、試しに乗ってみたら武器をこっちに渡してくれって……流石に裏切りを隠す気なさすぎじゃないですか!? もうその時点で察してさっさと斬っちゃいましたよ! そして最後には『ヒキョウモノ……』だの『オロカナニンゲン……』だの……こんなのおかしいですよ!」


『マジそれなすぎてヤバヤバのヤバ』


 うん? 魔王? え、え?


『魔王倒した……?』

「え? はい、三か月くらいで」


 はっや。魔王討伐でRTAするな。


「いろんなこと聞いてもらえてすっきりしました! 聖龍さん本当にありがとうございました!」

『……この後はどうするのだ?』


 別にここに野宿するとか、今日明日の話ではない。俺が聞いたのはもっと先の、この後どんな人生を歩んでいくのかっていう話だ。当然エリカも俺の質問の意味をしっかりと理解していた。


 エリカは返答に困ったようで、ただ笑っていた。


『魔王討伐するだけの力があるのなら、人里離れて野宿していようが危険ということもないだろう。……ただ……家族もいるだろう。一度帰るというのは……」

「それはしません」


 俺が言葉を言い終わらないうちにエリカはきっぱりと言った。


「歴代の勇者って、魔王討伐後の扱いがひどいんですよね……私もお城の図書室で初めて知りましたけど。だいたいは脅威になるからって冤罪で処刑されたり、すっごい山奥に別荘という名の監獄を建てられて、そこで一人ぼっちで隔離されたり。みんながほめてくれるのはせいぜい王都に帰って三日間くらいです」


 明るい笑顔でエリカは言った。


 ……まあそんなことだろうと思った。


「ホント酷いですよね! もういっそ私が魔王になって王都滅ぼしてやろうか! ……なぁんて考えてた時期もありました」


 ……ええやんそれ。


 英雄の裏切り。かっこいいなそれ。それに王様たちに一泡吹かせてやれんじゃん。


『それ、やろう』

「へ? な、なんですか」

『人類裏切ろうぜ』

「急にそんな……聖龍なのにいいんですか? まるで悪魔のささやきみたいな……」


 気にすんな。俺は半分……いや八割邪龍だ。


『ひどい話だ。せっかく頑張ったのに報われないなんて。そんなの間違っている』


 ぺらっぺらの言葉を重ねる。こういう気持ちがないわけではないが、それよりも明らかに勇者を下に見ているであろう王様貴族の皆様が、裏切られてどんな反応するか気になるというのが主な理由だ。エリカの反応からするに俺、聖龍は人類の味方ポジっぽいし裏切ったらさぞ面白い反応がみられるだろう。


『別に殺そうってわけじゃない。ちょっとお偉いさんたちに痛い目見てもらうだけだ』


 エリカはかなり迷っている。やはり彼女だって扱いに納得がいっていないのだろう。……というか彼女でなくても普通に納得いかないだろう。


「それも……良いかもしれませんね」


 よし! よく言った!


 こうして俺たちはここに協力を誓い合った。


「聖龍さん……もう少しお話しませんか?」

『もちろんだ』


 聞かせてやるよ。俺の記憶にあるRPGの理不尽イベントTOP10。


 こうして俺たちは夜遅くまで語り合った。


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