第一部・その14
noscon09
hokago warfare nosferatu combat(9)
「脳震盪を起こしているかもしれません。しばらく安静にしていてください……今日一日はおとなしくして、もし具合が悪いと思ったらすぐ誰かに連絡して病院へ」
遠くではまだ銃声が聞こえている。自衛隊がネストへの攻撃を開始したのだ。
ANTAMの活躍で不死兵による被害の拡大は最小限に抑えられ、不死兵の封じ込めに成功した形だ。ネストに捕虜がいれば、救助されるかもしれない。
ミユはケンジロウのバックパックに寄りかかるように寝かされ、緊急用ブランケットにくるまっていた。ガサガサとうるさいが、暖かい。
ナオは近くのベンチに腰かけて呼吸を整えている。サチは自動販売機で飲み物を買っていた。
ケンジロウはハルタカとコノミを連れて、見えるところにある倒れた不死兵を調べていた。
ナイフで突いて動かないことを確認し、現場の写真を撮ってメモを残す。
「後で協会の調査班が来るんだからやんなくてよくない?」
「やりやすいようまとめておく。現場検証が早ければ、手当や報酬の査定も早いぞ」
不死兵の武器弾薬を取り上げ、少し離れたところにまとめておく。飾りつけている略奪品を外して、ビニール袋にしまってメモを残しておく。
「遺留品は査定と関係ないじゃん」
「まあな。だが、持ち主が特定できればご遺族に報告できる。仇を取ったとな」
言いながらケンジロウは、不死兵の銃を手に取った。ナオがしとめた不死兵の一人が持っていたものだ。
Stgに似ているが、もっと簡素な作りだ。弾倉はStgのものを使っている。
「なにこれ。雑色先生へのみやげにでもすんの?」
「そんなところだな」
ケンジロウはタブレット端末で不死兵の銃の写真を撮影していた。
「VG1-5。戦争末期に開発された、簡易的な自動小銃だ」
「へえ……そんなもん引っぱり出すくらい、向こうも大変なんだ」
いつの間にか銃声は散発的なものになっていた。自衛隊がネストを確保し、不死兵のほとんどが、撤退するか、倒されたようだった。
「うちらが卒業する頃には終わってるかな。ANTAMの資格が意味なくなったら、就職の時困るんだけど」
「だといいな」ケンジロウは銃の細かい部分を撮影していた。
「戦争末期の銃って言うけど、わりとレアもん?高く売れたりする?」
写真をアップロードする間少し考えて、ケンジロウは答えた。
「昭和島が言ったことは全部外れだ……たぶん協会の考えは、違っている」
ケンジロウは撮影を終えると不死兵の銃を手に取った。重装不死兵の手榴弾に巻き込まれ、ひどく損傷している。
ケンジロウが指さしたのは銃に打たれた刻印だった。知らない文字か打たれている。
コノミの機関銃も、戦後の製品だが、ドイツ製だ。この刻印がドイツ語ではないのは、わかる。
「ライフルやMPでは、この刻印を見かける事が多くなった。当時のヨーロッパのどこにもない……南米やアフリカ、北朝鮮にもだ」
じゃあどこで、コノミが口を開く前に、ケンジロウが続けた。
「どこかはわからない。重要なのは、奴らはこれを作った……作れるようになったということだ」
自衛隊や不死兵の銃声が聞こえなくなり、スーパーの社員が被害状況の確認に戻ってきた。
ケンジロウがバックパックを取りに来て、枕代わりに毛布をくるんだ弾薬箱がミユにあてがわれた。
ホウコが協会を通じて、タクシーを手配してくれる事になった。チームの面々はそれぞれ、自分のバイクに乗って学校に戻っていく。
静寂。近くにスーパー店員の足音と、遠くに自衛隊のヘリコプター。東京の空は星が見えないくらい汚いと言われたが、晴れ渡った空は青かった。
血生臭ささえなければ、気持ちのいい環境にミユには思えた。
タクシーが到着してミユを回収する頃には協会の調査班が現場検証を始めており、防護服を着た清掃班は、散乱した重装不死兵の鎧を集めていた。
時計を見る……まだ三時過ぎだ。射撃場で銃の試射をしたのが二時少し過ぎくらい、学校を出たのが一時前。今日の昼休みの事が、ずいぶん前の事のように思える。
全部が夢だったようにすら思える、いつから……?昼休みの始まり、学校に来る前、東京に向かう途中。
津宮で崖を飛び降りた時、本当は失敗して、不死兵に食べられたのでは。そんなことさえ考えてしまう。
タクシーががたんと揺れて、手に抱えている銃の感触が伝わる。
クラッグ・ヨルゲンセンM1898カービン。120年前のポンコツ。これで何を狙って、撃ったのか、どう戦ったのか、それははっきりと覚えている。
ナオに連れられて、プラムL小隊に来て、この銃を手にして、撃って、戦った。
それは、たしかだ。
タクシーの運転は穏やかで、暖かい陽射しが窓から射し込んでくる。こう落ち着いた気分でいられるのは久しぶりな気がする……銃を抱き抱えながら、ミユはうとうとと眠りに落ちていった。
「おかえりミユちゃん。具合悪くない?悪くないなら、何かあったかいものでも飲む?オニオンコンソメスープとかどうかしら」
有無を言わさずマグカップを渡される。いい匂いのするスープの中にパンが浮かんでおり、乗せられたチーズは表面が香ばしく焼かれていた。
詰所の控室では、コノミ、ハルタカ、タカヒロが書類を書いていた。ミユにスープを渡すと、サチも席に戻って書類に向かっていた。
「ナオ……先輩は?」
「プール棟でシャワーを浴びています。不死兵の返り血を浴びていますからね……僕もお先に、入らせてもらいました」
白衣も着替えたのか、タカヒロはよりさっぱりとしていた。ミユに書類を渡す。
「先生が記録した無線通話のログと、新田隊長が時系列に沿った大まかな出来事と我々に出した指示をまとめたものです。参考にしてください」
報告書に書く内容は変わらない。何時にエントリーして、どこへ移動し、どこで不死兵を発見し、どんな状況で、どんな角度から、どれくらいの距離で、何発撃ったか。
ユウコにしがみつくのが精一杯で到着した時間がわからなかったが、ユウコがミユを降ろした時間が通信記録にはあった。その後どこへ移動したかも、書いてある。
メモの内容を丸写しすれば、そのままレポートにできる内容だ。後は撃った距離、方角、弾数と、自分の判断した事を書き込む。
ある程度まとまったところでスープに口をつける。スープは少し冷めてしまったが、濃厚な味わいと暖かいスープの熱が胃から体に広がっていく。
ナオがプール棟から戻ってきた。サチのスープを受け取り、くつろぐ間もなく書類に向かう。
「ミユ、着替えはある?あるなら今の服は洗濯に出せるよ……だいぶ汚れてるよ」
「ないです。ジャージはありますが……そういえば新田隊長は」
ハルタカが書類を書き終えた。ナオがそれを受け取り、自分の書類は後回しにして目を通す。
「病院に行ったよ。一年生のお見舞いと事情聴取、それにご両親への説明。先生もそっちに行った。書類できたら私に見せて」
「そういえば、一年生の子たちは……」
「雪谷くんの負傷はほぼ完治しています。食べられなかったのが幸いでした……万能止血軟膏でほとんどが治り、消毒と検査をして、明日には退院するでしょう」
タカヒロが書類を書きながら答えた。負傷者の手当ては別の書類が必要で、作業量は一番多い。
「睾丸は薄皮一枚で体外に露出している内臓ですから、NK9が好んで食べます。そう訓練されていますし、男のシンボルで、急所であることを知っているかのようにそこを狙って攻撃します」
「マジかよ」ハルタカが言う。
「NK9に襲われて死亡した例の多くで、そのような傷跡があります。心理的ダメージを狙っているのか、女性にも同様の攻撃をします。他人事ではありませんよ……それに鼠径部には、大きな血管が通っています」
詰所が重い雰囲気に包まれる。思い出したかのように、タカヒロが続けた。
「だから雪谷くんがACRコマンドに復帰しても、笑わないことです。恐らくは復帰しないでしょうが……それは責められない」
書類を書き終えた者からプール棟でシャワーを浴び、銃の分解清掃、装備の洗浄、弾薬の補充と行っていく。
そうこうしているうちに、五時を告げるチャイムが鳴り響いた。
通常なら、自衛隊の夜間パトロールが始まり、ACRコマンドも、待機の任が解かれる。
「形式上はそうだけどね……都市部では渋滞や帰宅ラッシュが終わるまでは、自衛隊が展開しても身動きが取れない。七時まで残るのが慣例になってるよ。その分の手当もちゃんと出るから」
ナオとタカヒロはまだ書類を書いている。コノミとハルタカは、ソファーに寝転がって休んでいた。
サチはコンロと机を行ったり来たりしながらようやく書類を書き終えた。大きな鍋をかき回すたび、煮込んでいるビーフシチューの匂いが漂ってくる。
コノミの携帯電話が鳴る。短い受け答えをしている間に、サチがシチューをタッパーに入れてコノミに渡した。
コノミがタッパーの入った袋を持って詰所から出ていく。
「コノミちゃんの家、大家族だから。ちょっと多めに作っちゃったし、一年の子たちも来ないからね」
食器の用意をしながら言うサチの表情は寂しげだった。
「お見舞いに持って行こうと思ったんけど、引き留めるようなまねはするなって」
しばらくすると、コノミが袋を持って戻ってきた。
「シチューが鶏のから揚げになって戻ってきたよ。姉さんがもう作ったからって……別にいいのに」
ケンジロウとホウコが戻ってきたのは六時少し前であった。ケンジロウの書類は作成済みで、他の隊員の書類はナオが目を通して協会に送信した。
「雪谷の経過は良好だ。これを機会に、ご家族とよく話をするよう言っておいた……鵜木もしばらく、考える時間が欲しいとのことだ」
ナオのメモに目を通し、ケンジロウは銃の清掃を終えた。単発の銃なので、銃身を掃除すればほとんど終わりだ。
「未成年ACRコマンドがいるのは、先進国では日本だけだ。色々問題があるのは承知の上で、協会としては枠組みを拡大したがっている……面倒は避けたいんだが、死傷者が出るのは、避けられないことなんだな」
銃をロッカーにしまうと、ケンジロウはシャワーを浴びに向かった。
「すぐ後退させる予定だったとはいえ、一年をネスト近くまで行かせたのは失敗だった。六郷……おまえがいなかったら、死者が出ていた。感謝している」
夕方のニュースで、今回の襲撃の被害状況が発表された。死者38人。負傷者は、協会の発表によると、重傷6人、軽傷22人。3人がネストから救助されたという。
大きくカットされた具材がゴロゴロ入っているビーフシチュー、揚げたてのから揚げに炊きたてのごはん。
シチューの付け合わせにフランスパン、ケンジロウがカット野菜を買ってきてから揚げの皿に盛りつけていた。とどめにオニオンコンソメスープの残り。
「から揚げにレモンかけるのが好きならあるから遠慮なく言ってね。マヨネーズもあるわよ」
言葉を失う。
ユウコも席についたところで、夕食が始まった。みんな一様に疲れが残った顔で、負傷者も出た重苦しい雰囲気の中、食事だけは何かのパーティーのように豪華だ。
ミユはまずビーフシチューに手をつける。大きな肉の塊にスプーンを乗せ、軽く力を入れるだけで肉がほぐれる。
シチューを口に運ぶ時点で、香りがもう、濃厚で奥深い。何で作られたのかミユには全くわからないが、幾重にも積み重なった香りが今まで感じた事のない心地よさを覚えた。
味、歯ごたえ、舌触り。肉の繊維が抵抗なくほどけ、口の中に広がる。
ソースの味も広がりを見せるが、薄まっていく感じはせずに無限にも思える味の深みが一瞬ごとに姿を変えていくようだ。
それを口の中に留めていたくても、喉が勝手に胃に送り込んでしまう。喉や胃まで、香りや食感を楽しんでいるようだ。
もう口の中に何も入っていなくても、味や食感の広がりはまだ止まらないようにミユは感じた。幸せな感触が、まだ残っている。
もうひと匙食べようとしたところで、サチがミユを見つめているのに気付いた。サチだけではない……
ナオ、ケンジロウ、コノミ、ハルタカ、タカヒロ、ユウコ、ホウコ。みんなミユの顔を見ている。
「ミユさぁ……あんた本当に、おいしそうに食べるよね」
笑いながらコノミがシチューを口に運ぶ。その顔だって、本当においしそうな顔をしているとミユは思った。
シチューの中のじゃがいもに手をつける。力加減を間違えるだけで崩れてしまいそうなほど柔らかく、充分に味が染み込んでいるのは見ただけでもわかる。
味の広がり。歯や口ですり潰したわけでもないのに、じゃがいもが砕け、肉ともまた違った食感を広げていった。
「どう?おいしい?」
「はい……いつも食べているのがコンビニのお弁当ばかりなんですけど、全然違います」
「そう……よかった」
みんなそれぞれに食事を始めていた。別に会話が弾むということもないが、食事前の重苦しい雰囲気はだいぶ和らいだように見えた。
「ミユちゃん」ミユがもう一口食べ終えるのを待ってサチが言った、
「本当に余裕のない時って、戦っているときはよくあるけど……普段はめったにないと思うの。なのに思い詰めてしまう人を、結構見てきたわ。あきらめて、生きるのをやめちゃう人も」
サチがシチューに視線を落とし、少し考えてから続けた。
「小学生の頃から協会で避難所の炊き出しを手伝っていてね……避難所では、家を壊されたり、お店を荒らされたり、不死兵の襲撃で死ななかったけど、もう生きていけないって」
言葉が詰まるのを、から揚げとごはんで流し込む。
「もうだめだ、死にたいって。……そんな人でもね、おいしいごはんを食べれば、笑顔になって、何とかしようって、思えるのよ。だからね……ミユちゃんも、きっといい答えが、見つかるんじゃないかと思うの」
今一つピンと来ない。コンビニ弁当だって、まずいわけではない。父親と二人きりの食事が、寂しいと思ったことはない。
でも確かに、サチの手料理には、何か違うものがあるように思えた。
それはもう、忘れてしまったかに思える、母親と妹がいた時の感じのように、ミユは思った。
不死兵に大事なものを奪われた人が、なぜ笑えるのか。よくわからないが、これが、サチの答えなのだ。
「本番は明日のハンバーグとオムライスよ。来るのは明日だと思って、四日かけてデミグラスソースを仕込んだからね」
「そうだったな。着任は明日で、銃の手配も後になるはずだった……期待以上の活躍だった。よくやったな」
ケンジロウがコップを手に取ると、回りのみんなもそれに倣った。
「六郷ミユ……ようこそ、プラムL小隊へ」
食事が終わる頃にホウコが協会からの通知をチェックすると、自衛隊の夜間パトロールが配置につき、巡回を開始したと報告があった。
ACRコマンドの待機時間が終了し、帰る時間だ。まだ用事のあるケンジロウが、食器をまとめて洗い始めた。
サチが食事の残りをタッパーに摘めてミユに渡す。明日の朝食に……とのことだが、朝からから揚げは重すぎると、ミユは思った。
「じきに慣れるわよ」おにぎりを用意しながるサチが言う。
「慣れさせるな」空になった炊飯器の釜を洗いながらケンジロウが言う。
おにぎりも巨大なサイズだ。おにぎり一個とから揚げ二、三個で、コンビニの大盛りから揚げ弁当に匹敵する。
「それにまだ、冷蔵庫も買っていなくて」
「そういや引っ越してきたばかりだっけ」
コノミが言う。六郷、と書いたメモをタッパーに貼り付けて、ミユに渡された食事を詰所の冷蔵庫にしまった。
「連絡網に書いてある住所すげえ近所じゃね?これから寄って見てみようぜ」
学校の裏手の通りを少し行ったところにコンビニエンスストアがあり、そこの裏路地にミユの借りたアパートがあるという。地図で見ると、驚くほど近い。
「バイクの免許取った方が何かと便利……って言おうと思ったけど、こりゃ学校まで走った方が早いね」
苦笑しながらユウコが言う。
ミユのアパートを見学に来たのはチームの女子全員ということになった。
ユウコは来る気がなかったようだが、学校のすぐ近くということで行くことにしたようだ。
「学校まで徒歩二分くらいで、すぐそはにコンビニか……薄暗くて人通りが少ないけど、悪くないんじゃね?よくこんなところ見つけたね」
「学校に近くて、なるべく安いところを探したら見つけたんです……こっちです」
「……なにこれ?昭和?」
車一台がかろうじて通れるくらいの狭い路地に面した駐車場は薄汚く、ボロボロのアスファルトから所々雑草が生えていた。
その奥に、ミユの借りたアパートがある。木造二階建てで、一階の隅の大家の部屋らしき所以外は明かりが点いていない。
「トイレはそこです」
「マジ?トイレ共同?……家賃いくらよ」
言いながらコノミはスマートフォンで賃貸住宅の情報サイトを調べていた。
「あった。風呂なしトイレ共同四畳半、築40年……ほんとに昭和だよ……不死兵の襲撃記録なしで四万円。まだ空き部屋あるってさ。だろうね」
コノミがため息をつく。ミユが鍵を開けて部屋のドアを開けるが、安そうな木のドアで、不死兵なら素手で壊せそうだ。
「女子高生が一人暮らしする部屋じゃねえよ。協会から手当もらってるんでしょ?六万ぐらい出してもバチは当たらないよ?」
ミユが入居してまだ二、三日しかたっておらずきれいに掃除されているが、新居という雰囲気はまるでない。
畳や壁紙は新しくなっているが、柱には前の住人の暮らしが何重にも塗り重ねられたように色が濃くなっている。
「四畳半と別に、キッチンがあるのね。流しもあって、二口のコンロも置けるじゃない。いい所ね」
どこが、という顔をコノミがしている。
「というか、本当に何もないわね。電子レンジもないって」
冷蔵庫を置くだけて手狭になりそうな台所には、口を縛ったゴミ袋があるだけだった。
「ゴミ出す日はわかってる?」
「燃えるゴミが水曜と土曜、資源ゴミが金曜。燃えないゴミは、第一第三木曜日。朝六時以降八時半までに出すよう言われました」
「よろしい……安心したよ。ゴミ出せないと、あっという間にゴミ屋敷になるからね」
部屋には何もない。スマートフォンの充電器とエアコンのリモコンくらいで、エアコンも元から部屋にあったものだ。
コノミが押し入れを開ける。布団に衣装ケース、段ボールがいくつかそれと、
「あきれた……テレビや電子レンジも買わずにこれ?」
東京マルイ89式小銃。自衛隊の正式小銃を再現したエアソフトガンだ。
「射撃場で練習ができると聞いて、訓練用として許可は取ってあります。駄目でしょうか」
「あー、ダメじゃねぇけどさ。……洗足が同じの持ってるから一緒に遊んでやんな」
言いながらコノミはナオの方を見る。……ナオはミユの部屋を見回しながら呆然としていた、
「……ここには寝に来るだけ、みたいな感じなんだ」
「はい。近くにトレーニングスクールがあれば夜間コースを受けようかと」
ミユの返事を聞くナオの表情は複雑だった。疲れが顔に出ているのだろうかとミユは思った。
「ほらー、さっちゃんの言う寂しい奴だってナオ先輩も言ってるよ?自衛隊に行く奴は寂しい奴なんだって」
そうは言ってないけど、という顔をサチはしていた。
「今から買いに行こう!電子レンジと、冷蔵庫くらいはないとさっちゃんに甘やかされてダメな子になっちゃうよ!金はあるんでしょ?」
電子レンジと炊飯器。同時に使うとブレーカーが落ちる事がわかった。電気会社に連絡してアンペア数を上げてもらう必要があるそうだ。
まだガス会社とも契約していないのに、二口のガスコンロ。魚焼きグリルと強火モード。簡単で安いのがいいとミユは思ったのだが、あった方がいいとサチが強く薦めていた、
低温調理やドライフルーツも作れるというオープントースター。食パンを焼ければそれでいいのだが。
「冷蔵庫は明日搬入だっけ。電話あったら自転車で戻れるようにするのが、明日の課題って感じかな?」
ユウコが言う。他のみんなはもう帰っていた。
「なんかあったら学校に来ればあたしがいるよ……あたしは不死兵が出現したら夜でも出撃する。だから学校に住んでるんだよ」
徒歩0分。うらやましいと口に出る、
「そうでもないよ。深夜になると、宿直の先生がいないと学校にあたし一人だからね……それに、こういう特例が認められているのは、あたしが本部直属の偵察兵で、身元が割れてるからってのがあるからね」
家族は大事にしなよ。言いながら、ユウコは部屋を出ていった。
静寂。時折風が、窓をガタガタ鳴らす。周囲の家の物音も、ほとんど聞こえてこない。
時計を見ると、10時過ぎ。風呂に入ってもいいが、学校でシャワーを浴びてきた。
スマートフォンを手に取る。何を話そう、何から話そう。
もしもし、お父さん?ミユです。……あ、うん。そう。私もエントリーして、今のところ大丈夫。
こっちは、恐い人もいるけど、みんないい人で……電子レンジとか、冷蔵庫とか、買うのにつきあってもらった。
……うん、うん。だから、私の方は、心配しなくていいよ。今日のエントリーでまた手当てが入るから、お金も心配ない。
だからお父さんもちゃんとカウンセリングを受けて。お酒は、……あんまり飲まないようにね。
私もこっちで頑張るから、お父さんも頑張ってね。
また……電話します。
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