第一部・その13
noscon08
hokago warfare nosferatu combat(8)
一次避難所に指定されていたのは、広い駐車場を持つスーパーであった。といっても国道沿いのコンビニよりは広いくらいだとミユは思った。
店舗の隣に二階建ての駐車場があり、店舗の前は駐輪場になっている。軽傷者がそこで手当てを受け、重傷者は車で病院や後方の避難所に送られたりしていた。
ここももうじき避難所指定を取り消され、引き払う事になる。ANTAMが守りを固める中、二次避難所への避難が始まっていた。
「こちらプラムL5、弾切れだ。リーダーと落ち合って弾を補充したら、そっちに向かう」
「プラムL5、先に一次避難所に向かえ。そこで合流する……プラムL3もこちらに合流せよ。敵は南方向を攻めることにしたようだ。プラムL2、頃合いを見て応援を」
「こちらプラムL2。先にプラムL4を行かせる。残りを片付けたら、わたしもそっちへ行くよ」
アツシとユウキは病院に送られる事になった。ジュリが付き添う。タカヒロがジュリに、医師に渡すメモと医療ゴミの袋を預けていた。
後方から銃声。広い道を監視していたスナイパーが発砲したのだ。スナイパーが位置を報告する。
「思ったよりも近いな……プラムL6、危険だが前に出て警戒してくれ。NK9が避難者の列に突っ込んだらパニックになる」
避難所のすぐ近くに三階建てのビルがあった。そこの屋上で耳をすませる……東から西に、甲高いモーター音とタイヤの悲鳴が走り抜ける。
「こちらイダテン、LMNの16-24付近を通過。MGは見当たらない。NT12人と……まずいね、NHが少なくとも二人」
「まずいな。プラムL4、急いでくれ」
NH。重装不死兵。鎧の下に銅線を編み込んだ鎖かたびらを着込んでおり、EMPグレネードが効かない。
「プラムL10、ここはもういい。ネスト北側を回ってNK9とハンドラーを探してくれ。どこかに伝令が紛れている。何かを持ち帰ろうとしているはずだ」
「了解。ドローンの五号機から九号機まで置いてくよ」
不死兵の大まかな位置をユウコが報告し、ドローンを打ち上げる。ドローンが飛んでいき、静止したところ。その下に、不死兵がいる。
ある程度広い道路にはスナイパーが待機している。そのため裏路地を通らねばならず速くはないが、不死兵たちはほぼまっすぐ一次避難所をめざしている。
走ってくる足音。見るとコノミが走ってきているのが見えた。機関銃を背負って、拳銃を手にしている。
「こちらプラムL5!一次避難所に到着!リーダーは先にさっちゃんと合流して!……あたしのバイク!」
タカヒロが駐車場に停めてあったコノミのバイクに誘導する。息を切らせながら、コノミはリアボックスから弾薬箱を取り出した。
「プラムL11……あんたの手柄だ。有効に使わせてもらうよ」
雨がぽつぽつと降り始めるように、ANTAMの銃声が聞こえてくる。不死兵が撃ち返す音が入り交じって、たちまち雨足は強くなっていった。
誰かがEMPグレネードを投げたが、全然不死兵に届いていない。
「早すぎます!避難が終了していないし今撃っても弾の無駄です!見えたら撃っていいのはスナイパーくらいでしょう!」
タカヒロが建物脇の道路に走っていく。移動中の避難者が流れ弾に当たったと連絡があったのはその後だった。
「プラムL6!L16-24K付近の不死兵を牽制あるいは排除できますか?負傷者が多く時間がかかります。撃たせなければいい!」
ミユのいるビルからは、距離は近いが建物の死角になっていて狙えない。隣の家の屋根に飛び降りる……
……津宮の襲撃のとき、不死兵に追われながら自衛隊との合流地点に向かった時の事をミユは思い出した。
高い段差を飛び降りて、降下姿勢を思い出そうとして、思い出せず、しかし運よく無事に着地に成功した。
帰ってから教本を読み返し、練習はしている。
そういえば、ちょうどその時の事を夢で見ていた。ほんの二時間ほど前だったか。
着地。ふくらはぎ、腿、尻。倒れこむようにしながら転がって勢いを弱める。
わざと屋根を強く踏み込み、EMPグレネードを投げ込む。不死兵がミユに気付いて避難者を撃つのをやめれば、それだけで役目は果たせる。
閃光。屋根の上を警戒している不死兵がいたが、ミユを発見する前に、ミユは眉間に照準を合わせた。
銃声。血しぶき。銃弾の、破片か何かが地面に当たって小さな火花が飛ぶのが見えた。
もう一人はすでにミユを見つけて、Stgを屋根に向けている。ミユは下がりながらボルトハンドルを操作し、足音を殺して回り込む。
三人目。避難者にMPを撃ち込んでいるのはこいつだ。今は射撃を中断して、屋根を警戒している。
屋根を飛び降り、建物と壁の間に降りる。玄関を飛び出すと、ミユを見失った不死兵は目の前にいた。
額に銃口を押しつけ、引き金を引く。ヘルメットが弾け飛ぶのを横目に見ながら、ミユは近くの裏路地に飛び込んだ。
「こちら本部!プラムL6、そちらにNHが向かっています!」
大げさな足音。ガチャガチャと鎧の鉄板が打ち合わされ、じゃらじゃらと鎖かたびらが鳴っている。思った以上に近い。
重装不死兵にEMPグレネードは効かない。そもそも、手持ちのEMPグレネードはもうない。
近くの壁に飛び乗り、そこから屋根に飛び移る。Stgを持った不死兵が怒鳴り声を上げ、正確にではないがミユのいる方向に撃ち込んでくる。
重装不死兵の位置を確かめようと振り返る……視界の端に、不死兵が見えた。近くはないが、ライフルを持っている。ミユを見つけてすばやくライフルを構えた。
ミユが裏の家の敷地に飛び込むと、ライフルの不死兵が何か叫んだ。……安全ピンが抜け、信管が作動する音。
壁を超えて隣の家に移ろうとした途中で、もう一個の手榴弾が屋根を転がる音が聞こえた。屋根のひさしに潜り込み、無線のヘッドセットの上から耳を押さえる。
轟音。破片こそ飛んでこなかったが、近距離での爆発による衝撃がミユの全身を打ちすえる。
地面に叩きつけられたかのように、体がしびれ、意識が朦朧とする。体に力が入らない。筋肉が緩んでしまったかのようだ。
重装不死兵が玄関にたどり着いた音。ドアを蹴破り手榴弾を投げ込み、家と壁の間に入って鎧をうるさく鳴らしながら突き進んでくる。
ミユが壁に飛び乗った瞬間、視界の端に重装不死兵の姿が見えた。血まみれのグレーの甲冑。
顔を守る鉄仮面には、視界を確保する最小限のスリットと、牙のついた顎が見える。
狭い空間の中で、重装不死兵が手榴弾を投げつける。自分が爆発に巻き込まれる事などまったく気にせずに。
家に投げ込まれた手榴弾が炸裂する。ミユが乗り越えた壁の向こうで、さらに手榴弾が爆発し壁が砕ける。
意識が遠のく。しかし、その、表からは。
玄関から入ってきた影に、反射的に銃弾を撃ち込む。力が入らない筋肉が、反動でしびれる。
弾は不死兵の腹に当たった。苦痛に顔を歪めながら、ミユをとらえたその目は、殺意に燃えているのがわかった。
カットオフレバー、ON。ボルトハンドルを起こすと、ボルトは落ちるように滑り、空の薬莢を引き出す。
ポケットに入れておいた、二発目の電解弾。開いた排莢口から薬室に装填する。
肘でボルトを押し込んで、叩きつけるように閉鎖する。銃を構える左手で、指さすように不死兵の額を指し示す。
不死兵のStgの銃口が見える。殺意が交錯する。引き金を引く、意志が、先に指を動かしたのは、ミユの方だった。
不死兵の眉間に、閃光が走る。焼け焦げた傷痕の中心に、針で突いたような小さな穴。顔はミユをにらんだままだが、その瞳からは、殺意が、感情が、消え失せていた。
不死兵を押しのけて家の敷地から出ようとするが、足が動かない。手榴弾の衝撃に何度も打ちのめされ、残った気力も今の銃撃で使い果たしてしまったようだ。
後ろには、まだ。
砕けた壁の破片を取り除く音。空いた隙間に重装不死兵が体をねじ込ませると、さらに大きく壁が崩れる。
ミユが動けない事に気付くと、重装不死兵は壁の破片を押しのけながらニヤリと笑った、ように見えた。そのような形に、仮面の顎が開いた。
「……6!プラムL6!生きているか?」
『デッドサイレンス』『ストーカー』『アンブリファイ』
足音が聞こえたように思えたが、聞こえなくなった。……次の瞬間、重い銃声が響く。
ベネリM4。米軍が使用しているショットガンの民間向けモデル。銃の下側に、競技用のスピードローダーを使用するためのアダプターが取り付けられている。
ミユと重装不死兵の間に飛び込んだ小柄な影。体のわりに長く見えるショットガンの銃口を重装不死兵に押し付けるように突きつけて、その顔に散弾の嵐を叩きつけた。
そのままミユの体を引きずる。「立てねえのかよ、クソッ!」
ハルタカは背中の、矢筒のようなホルダーからスピードローダーを取り出すと、ショットガンの底に当てて一気に弾を装填した。
頭に撃ち込むと、重装不死兵は顔をガードしながら突進しようとする。
ハルタカは一歩踏み込み、腿に銃口を押しつけて強烈な連打を浴びせる。
散弾と同じだけの威力を一発で持ったスラッグ弾が鎧を大きくへこませ、鎧の上から膝の関節を砕く。
ハルタカがミユを担ぎ上げると、重装不死兵が手榴弾の安全ピンを抜いた。振りかぶった腕の付け根に、ハルタカは残弾全てを撃ち込んだ。
ミユを担いだハルタカが玄関を飛び出す後ろで、手榴弾が炸裂する。ハルタカの足がよろめき、倒れ込んだ。
ハルタカはミユを道路の脇に転がすと、ローダーで弾を補充する。
「不死兵は普通、ANTAM相手に手榴弾は使ってこねえ。バラバラになって食えないからな!……おまえをガチで殺しにきてるぜ。ずいぶんとやらかしたようだなぁ!」
目を開けていると世界がぐるぐる回っているように感じる。体を動かさず、目を閉じて、感覚が正常に戻るのを待つ。
ショットガンとStgの銃声が交差する。ハルタカは細かく位置を変えているが、それでもミユのすぐ近くにいる。
ローダーで装填する音。また世界がグラグラと揺らぐ……ハルタカがミユを担いで引っ張っている。
ミユの足元の方で甲冑がガチャガチャと鳴っている。そのおかげで、重装不死兵がどんな動きをしているのか手に取るようにわかる。
重装不死兵はミユに撃たれた不死兵を引き起こした。動かない事を確認すると、銃剣を鞘から抜く音が聞こえた。
そしてあの時、聞こえた音。頭蓋骨に銃剣を突き立て、こじ開けている。
仮面を引き開ける音。柔らかいものを、むさぼる音。
共食い。充分な獲物を確保できなかった不死兵が、帰るために行う事が知られている。
EMPグレネードや電解弾で倒された不死兵も、脳の機能が回復しないだけで、死んではいないのだ。それを食べれば、回復する。
Stgの弾倉を交換し、立ち上がる。甲冑はきしみを上げているが、体の動きに力強さを感じる。
「俺もアンブリファイ持ちだ。聞こえてる」
ハルタカはミユを近くの家の敷地に寝かせると、重装不死兵を待ち構えた。
重装不死兵は銃も構えず、銃剣を握り締め顔をガードしてハルタカに駆け寄った。散弾を胴体に撃ち込んでもびくともしない。
ハルタカは重装不死兵の突進をかわしながら散弾を撃ち込む。しかしバランスを崩させるのが精一杯だ。
「こいつにEMPグレネードは効かない!電解弾もダメだ!だが、ひとつだけ弱点がある!」
ハルタカは重装不死兵の周りを付かず離れずの距離を保ちながら、重装不死兵に散弾を浴びせている。しかし集中して撃ち込まないと、まったくダメージを与えられない。
「仮面を引っぺがして、電解弾を顔に撃ち込むんだ!ここならEMPが通る!覚えておけ!」
ハルタカと重装不死兵の戦いに耳をすませて集中していると、世界が揺れる感じが弱まってくるのをミユは感じた。
耳鳴りも弱くなった気がする。意識を集中すれば、手足に力が入る。
何ができる……ハルタカの邪魔にならないよう、一次避難所まで逃げる事を、真っ先に思い付く。他には、
壁に寄りかかれば、立つことができた。目を開けるとまだ視界が回るので、目を閉じたまま給弾ドアを開け、弾を装填する。
最後の電解弾。指に挟んでおく。
ハルタカが弾をこめているところに。重装不死兵が突進する。そのタイミングで、ミユは隠れていた敷地から飛び出した。
ハルタカよりは距離を離す。目を閉じていても、重装不死兵の鎧がきしんで立てる音が、位置や姿勢を教えてくれる。
目を開ける。重装不死兵の頭、顎の付け根。顎を開閉させる軸がこすれる場所。そこに照星を重ねる。
虫に刺されたかのように、重装不死兵が頭を押さえる。ミユの方を振り向くと、仮面の顎が片方外れそうになっている。
「どこ見てんだコラァ!」すかさずハルタカが頭に撃ち込む。やはり顔の側面、顎の付け根を狙っている。
ミユとハルタカの間に重装不死兵が入るように、しかし一直線に並ばないようにしながら、重装不死兵に攻撃を仕掛けていく。
ミユが正確に鎧の継ぎ目を狙い、ハルタカが絶え間なく散弾を浴びせる。
ハルタカの装填に合わせてミユが仮面の顎のもう片方を撃ち抜く。仮面の顎が外れ、鼻から下がむき出しになる。
「鼻を狙え!鼻の奥から、脳幹を撃つんだ!」
カットオフレバー、ON。空薬莢を引き出し、電解弾を装填する。突進してくる重装不死兵の鼻に、銃口を突きつける。
重装不死兵の頭の奥で閃光が弾け、突進が急激に勢いを失う。ミユが身をかわすと、そのままつんのめるように重装不死兵は倒れた。
やったのか。足の力が抜け、視界がふらつく。倒れそうになるところをハルタカが支えた。
「やったぜ……今のうちだ、戻ろう」
裏路地を抜け、広い道に出る。少し離れた先では、タカヒロが負傷した避難者の手当てを続けている。
「こちらプラムL4。NH一体ダウン。おそらくキル。やったのはプラムL6だ……プラムL6は立つのがやっとだ。プラムL7、後は頼む」
戦いはまだ終わっていない。コノミの機関銃の連射、サチのEMPグレネードの閃光。ケンジロウのライフルの銃声。
「こちらプラムL1。プラムL4、6、そのまま二次避難所まで後退せよ。一般人の避難は完了した。ANTAMも退却を始めている。こちらも頃合いを見て退却する」
不死兵以外に他の銃声は聞こえてこない。たった三人で不死兵の足止めをしているのだ。
ケンジロウはコノミの弾薬箱から弾帯を引き出すと、予備の弾帯とつなげた。機関銃の弾が切れたら、重装不死兵を盾に突入してくる不死兵を止める手段がない。
「自衛隊はもうすぐ来る。北側の緊急避難所が確保されているからそこから降りてくる予定だろう」
「それじゃうちらを助けに来る前にネストの攻撃に行っちゃうよね?」
「だから退却すると言っているだろう。バックヤードから逃げるぞ。NHを足止めしろ。他はなんとかする」
裏路地の角から大きく身を乗り出した不死兵を見かけると、ケンジロウはライフルを構えた。ミユの銃より軽量なライフルですばやく狙いを定め、構え終わった時にはもう引き金を引いている。
『スレイトハンドプラス』
レバーを操作し、空薬莢を排出する。弾が胸に当たって不死兵が大きくよろめくのを見ながら、ケンジロウは電解弾を取り出し、装填する。
体勢を立て直す間も与えず、ショートスコープの十字線を不死兵の頭に合わせ、電解弾を撃ち込む。閃光とともに不死兵の頭が弾けたのを確認したのは、次の弾を装填した後だった。
「プラムL1よりプラムL2、これより退却する!援護間に合うか?」
『コマンドー』『スカベンジャー』『リーサルプラス』パークバッジの音声にノイズが走る。
『不明のパークです』
声をかける余裕もなく、ミユとハルタカの頭を軽くなでる。自信に満ちた瞳は、もう不死兵をとらえていた。
銃はM16A1カービン。米軍払い下げの旧式銃だが、登録されているロアフレーム以外、ほとんど全てを最新のパーツに交換している。
そして最新の銃には似つかわしくない、着剣された銃剣は、不死兵の血と脂、そして根がこびりついてヌラヌラと光っていた。
「ごめん遅くなって!これから攻撃を開始する!さっちゃん手伝って!」
息を弾ませ、友人と待ち合わせしていたかのように楽しげで、
そして獲物に襲いかかるNK9のように、まっすぐに、躊躇なく、
目についた不死兵に、ナオが駆け寄って行くのをミユは見ていた。
ナオに気付いた不死兵に、片手で銃を突きつけるようにしながら連射を撃ち込む。駆け寄る間に、弾倉の弾を全て撃ち尽くしていた。
ほんの十数分前の講義で、不死兵から距離を離せと言っていたのに。
ナオは不死兵に駆け寄る勢いそのままに、銃剣で不死兵の心臓を突き刺した。そのままカービンを振り下ろし、胸から下腹部まで一気に切り裂く。
大きく切り裂かれた傷口から、勢いよく腸がこぼれ落ちる。不死兵の顔から血の気が引くのが、離れた場所にいるミユからもはっきり見えた。
二人目の腹にナオが銃剣を突き刺すが、すかさず不死兵はナオのカービンをつかんで止めた。
そのまま殴りかかろうとした不死兵の脇に、どこから抜いたのかナイフの刃が突き刺さっていた。
ナオはさらに不死兵どの間合いを詰め、顔が触れあいそうなまでに詰め寄った。
不死兵の闘志と殺意にあふれる視線を真正面から受けながら、ナオは不死兵の首にもう一本ナイフを突き込んだ。
ナオがナイフの柄を両手でつかんで力をこめると、脛椎が切断される嫌な音が響く。
そのまま脇に突き刺したナイフを抜いて首に突き立て、ハサミのように首を切り落とした。
三人目は距離を離してMPを構える。ナオは三人目にナイフを投げつけたが、刺さりは浅い。
カービンのスリングを外し、腰の後ろに手を回す。踏み込みながら、手にしたものを抜き放った。
全長一メートルほどの、全体が黒く表面加工された刀剣。まっすぐで、幅広く、研ぎ澄まされた刃先が不思議な色を放っていた。
不死斬り包丁ジョギリ・ショック。不死兵どの格闘戦向けに特注された山刀。
すばやい一撃が不死兵の肘を切り落とし、返す刀で不死兵の首に切り込む。しかし首の骨に当たって止まった。
ナオはさらに踏み込むと、不死兵の首に刃を滑らすように山刀を突き入れた。骨が切られる感触に、不死兵の顔が真っ青になる。
山刀の峰を押さえて柄を握る手に力をこめると、骨の残りを折るように首を切断した。刀身に絡み付いた根を、振り払う。
最初に腹を切り裂いた不死兵は、こぼれ出した内臓をまだ戻せずにいた。恐怖と苦痛に耐えながら、必死に押し込む。
その不死兵の首に、舞うように大きく振りかぶって、ナオは山刀を振り下ろして一撃ではね飛ばした。
不死兵が持ったままのカービンを引き抜き、弾倉を交換する。
重装不死兵を先頭に一次避難所に突入しようとしていた不死兵の一群が、その信じられない光景を目の当たりにして思わず足を止めた。
そこへサチのEMPグレネードが撃ち込まれる。
胸から頭にかけて、ナオの長めの連射が撃ち込まれる。次の不死兵の額に、ナオは銃剣を深々と突き刺した。
山刀を抜き、もう一人の不死兵の首をはね飛ばす。……だが、まだ重装不死兵が残っている。
重装不死兵は銃を投げ捨てると短剣を抜いた。ナオが斬りかかるが、鎧に防がれる。
つかみかかる重装不死兵をかわしながら、ナオは大振りの一撃を次々に重装不死兵に打ち込んでいく。
ダメージこそ与えられていないが、重装不死兵はスピードの乗った重い山刀の連打に翻弄されている。
ナオの強烈な一撃で、腕の鎧の一部がはがれる。鎧の継ぎ目の金具を狙って鎧をバラバラにするつもりだと重装不死兵は気付いた。
重装不死兵は手榴弾を取り出すと安全ピンを抜いて足元に叩きつけた。軽装の生身の人間がこの距離で食らえばひとたまりもない。
爆発。衝撃に目がくらみながら重装不死兵が周囲を見回す……誰か立っている。不死兵。首を切り落とされているはずの。
その後ろに、ナオがいた。不死兵の死体を、即座に盾にしたのだ。
半ば気を失っているのか、重装不死兵を見るナオの目は、より純粋に、凶暴で、冷酷に見えた。
手榴弾の影響で明らかに力は弱くなっている。足には浅くない傷がある。しかし勢いはまったく失われない猛烈な連打が重装不死兵を襲った。
火花が飛び散り、金具が砕け、鎖かたびらが変形し切り裂かれる。その切れ目に、ナオはEMPグレネードを押し込んだ。
閃光。焼けるような痛み。全身の力がどっと抜けるのを重装不死兵は感じた。
ナオが仮面をこじ開け、仮面の顎に手榴弾をねじ込む。重装不死兵が取り除こうとしている間に、ナオは鎧の切れ目にも手榴弾を押し込んだ。
くぐもった悲鳴。ナオが飛び退いて距離を離すと、重装不死兵の鎧から血と肉片が霧のようになって飛び散った。
バラバラになった鎧がガラガラと落ちていく中、荒い息をつきながらナオは弾倉を交換し山刀を収める。
「残りは二人か三人だが、退却した。自衛隊にその旨連絡した……深追いはするな。プラムL小隊は一次避難所に集合せよ」
ミユとハルタカがナオの方に向かう一方、ナオは最初に倒した不死兵のところに戻ってきていた。
「リーダー、EMPグレネード一個よろしく」
ナオは切り落とされた不死兵の首を集めていた。苦悶の表情を浮かべ、切断面から生えた根が絡み合い肉片が蠢いていた。
「動けるようになるまで再生するのには時間がかかるけどね、とどめを刺しておきたい」
言いながらナオは不死兵の根を切り落とす。
「不思議なものだよね。銃で頭を吹っ飛ばしても頭を再生するのに、首を切り落とすと」
首から胴体を生やそうとするんだよ。
うん……だけど、やめようよナオ。どこのインストラクターも言ってる。不死兵との接近戦は自殺行為だって。
そこはアツミがうまくやってよ、わたしが前衛、アツミが撃つ。いい形になりそうじゃない。
そうだけど、心配だよ……ナオ
心配だよ、ナオ。何を言っているんだ。何を言ったんだ。
「……ナオ……先輩」
「?」
聞こえていなかったようだ。
「どうした六郷、なんかブツブツ言ってたが」
「いえ……何でもないです」
不死兵の胴体から少し離れたところに、ナオは不死兵の首を集めた。そこにケンジロウが来て、EMPグレネードを投げ込む。
閃光、銃撃、そして沈黙。
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