第一部・その12
ミユたちが到着した時には、緊急避難所に指定された公園に残っている人はわずかだった。
ほとんどが一次以上の避難所に移動しており、残っているANTAMにも後退の指示が出ている。
車を持ち出したANTAMが待機しており、要介護者と負傷者はそれで運ぶ事になった。
「それでは、私たちもバイクをここに停めてあるので」
ユウキたちのバイクが公園の隅にある駐輪場に停めてあった。
「待ってくれよ。俺のバイクはどうするんだよ」
「誰かに運んでって……六郷先輩……?」
ミユは免許を持っていない。
「あんた自分で取りに来なさいよね」
「マジかよ」
「待ってるから」
車も発進してしまい、残ったANTAMはミユとユウキ、ジュリの三人だけとなった。
「こちらプラムL7、負傷者の治療が済みました。負傷者は自力で動けませんがACR-60が避難所まで運んでくれるそうです、プラムL6、11から13までは一次避難所に向かってください。プラムL11、バイクは後日取りに行ってください」
「だってさ」
アツシが残念そうな声をあげる。一次避難所にコノミのバイクを置いて、近くまで来ているらしい。
ユウキがバイクに乗り込もうとした時、近くの路地に犬がいるのが目に止まった。
1メートルはないくらいの大型犬。首輪をつけている。ペットだろうと一瞬思ったが、ケンジロウの言葉を思い出した。
唸ったり吠えたりもせずに、その犬はまっすぐユウキに突っ込んできた。
反射的に構えた銃にぶつかって噛まれずに済んだが、バイクもろとも押し倒される。
犬はユウキの上にのしかかり、首に噛みつこうとする。ジュリが撃とうとするが、撃てば貫通した弾がユウキに当たる。
頭は撃てない……ミユは身を屈めて、犬の胴体に撃ち込んだ。ぎゃん、と悲鳴をあげて吹き飛ばされるが、すぐに立ち直る。
間違いない。「こちらプラムL6、M15-05FにNK9!プラムL12が襲撃を受けています!」
ミユが連絡しながら銃のボルトを操作する間に、NK9はバイクの下から這い出たユウキに襲いかかった。
人間よりはるかにすばやい。ユウキの腕に噛みつくと、引きずるように振り回した。
ミユとジュリの方をちらりと見ると、二人が撃てない位置に移動する。
「この野郎!」走って勢いのついた蹴りがNK9の腹を直撃する。たまらずNK9が口を放す。
「鵜木、大丈夫か?」NK9に銃弾を浴びせながらアツシが言う。そこへジュリがEMPグレネードを投げ込む。
閃光、動きを止められていたNK9が、銃弾に押されていく。ジュリが頭を撃ち抜いて、ようやく動かなくなった。
ミユがユウキの腕を手当てする。噛み傷は万能止血軟膏で治ったが、NK9に振り回されて筋を傷めたようだ。
「やっぱり取りに行こうと思ってさ。そしたらNK9が鵜木を襲ってるって……無事でよかった」
倒れたユウキのバイクをアツシが起こした。
「……ありがと、雪谷」
「こちらプラム……」ミユが連絡を取ろうとするが、無線機から何も聞こえない。
近距離でEMPグレネードを使ったために、無線機のブレーカーが落ちたのだ。
EMPは電子機器にもダメージを与える、その範囲は不死兵への有効範囲よりも広い。
ジュリがバイクのブレーカーを直すが、動かない。ヒューズを交換しないといけない。
ミユが無線機のヒューズを交換していると、足音が聞こえた。軽くてすばやい足音。
ついさっき聞いたばかりの。
飛びかかってくる黒い影に反射的に撃ち込む。
アツシの首を狙って飛び込んできたそれは少しだけひるんだが、アツシにぶつかってそのまま押し倒した。
二匹目のNK9はアツシの肩に噛みついて振り回し、腕の力が緩むと腕を噛んで引き回した。
「雪谷……!」
ユウキは銃を構えるが、腕を痛めて正確に狙えない。
二匹目は噛みついては離れを繰り返し、細かく位置を変えてミユとジュリが狙いを定められないようにしてくる。
ユウキが撃って二匹目に当たったが、貫通した弾がアツシの足に当たる。
アツシの足の力が抜けると、二匹目はアツシの足の間に潜り込んで、股間に深々と噛みついた。
「うわぁあああああああああっ!」
二匹目が激しく首を振ると、アツシの悲鳴が絶叫に変わる。ズボンから流れ落ちた血がしたたり落ちる。
ユウキはショックで動けずにいる。ジュリは二匹目を撃とうとするが、二匹目はアツシの体を盾にして撃てないようにしてくる。アツシは振り回されるままだ、
しかしこのままでは、アツシは殺され不死兵も来るかもしれない……ミユはポーチを探った。
カットオフレバー、ON。電解弾を装填する。
「六郷先輩……?」
「30口径電解弾の威力は……」二匹目の頭に、突き刺すように銃口を押しつける。
「……最低限!」
工事現場の溶接のような光が一瞬走る。次の瞬間には、二匹目の体の力が一気に抜けて倒れ込んだ。
沈黙。アツシはまだ息があるようだが気を失っている。NK9はもう動かないはずだがどかしていいのかもわからない。
「……L6!プラムL6!六郷さん!」
白衣を着た男性が駆け寄ってくる。銃を手に持たず、肩にかけている。
銃はM16A2。銃身の下に、グレネードランチャーのような巨大なライトを取り付けている。
「状況は……?」
NK9に股間を噛まれぐったりしているアツシ。呆然としているユウキ。NK9は、頭を撃ち抜かれている。
「こちらプラムL7。プラムL11がNK9の襲撃を受け重傷、12が軽傷。NK9二体のキルを確認」
使い捨てのエプロンにゴム手袋、マスク。本物の医者のように見える。
タカヒロがNK9の体をどける。心臓はまだ動いている……頭に焼け焦げたような痕。針の穴のような弾痕。
「無線を聞いてませんね?不死兵の一部がこちらに向かっている模様です。ただちにここから退去しないと」
言いながらタカヒロはアツシに注射を打ち込む。ズボンを降ろすと血があふれる……思わずジュリが目を反らす。
公園の対角線の向こうにコノミが到着した。路地裏に連射を浴びせている。
「ここは僕とプラムL5でなんとかします。三人は避難所に」
出血をガーゼで押さえながら、タカヒロは傷口の周りを調べる。そして、血まみれのカップ状のものを取り出した。
「グローインカップか……よかった。これのおかげで食いちぎられずに済んだ。ひどい損傷だが全部揃っている」
ジュリが近くの路地に不死兵を見つけた。撃ち込んだ先に、サチのEMPグレネードが撃ち込まれる。
「ここは危険です。三人は後退してください。少なくともこの場を離れて」
別の路地裏から不死兵が顔を出す。コノミの死角だ……ジュリが応戦する。
「ここにとどまるなら銃を置いてください!撃ち合いに巻き込まれて撃たれるリスクを避けたい!」
ジュリは不死兵への銃撃を続けながら後退を始めた。ミユも後退する……ユウキを起こそうとするが、立とうとしないので、銃を取り上げ脇に置いた。
万能止血軟膏で、食いちぎられた部分を繋ぎ合わせる。だいたい治ったところで傷口を水で洗浄し、そこで足を撃たれた傷を見つけた。
「鵜木さん」傷の手当てをしながらタカヒロが呼びかける。
「わたし……」
「詳細は後でレポートを読みます。しかしこれは、彼を助けようとしてやったことですよね?……だったらそれでいい。公的にはペナルティはないでしょう。私的には、後で謝ればいいのです」
「だけど、わたし」
「自分を責めるのは後でいくらでもしてください。今は、違います。彼の血圧と脈拍を見てください」
すぐそばの角にEMPグレネードが着弾する。無線機のブレーカーが落ちる。不死兵は、すぐそばだ。
ユウキが銃を取ろうとするのを、タカヒロは止めた。
「落ち着いて……非武装で逃げない相手に、不死兵は無駄弾を使いません。手当て中に撃たれる方が面倒です」
タカヒロがアツシのズボンを上げる。痛みはないはずだが、麻酔のせいで意識が朦朧としている。
アツシを起こそうとしたところで角から不死兵が飛び出してきて、タカヒロとユウキに銃を突きつけた。
二人が手を上げて立ち上がると、不死兵はコノミとジュリの方を向いて威嚇するように声をあげた。
銃声が止む。……不死兵の足音が響く。
「不死兵が好むのは生きた肉です。すぐには殺さない。治療の邪魔をしない傾向があります」
タカヒロたちのそばに来たのは三人。他にも公園に、何人か不死兵が姿を表した。
「むやみに暴れても撃たれるだけです。反撃の機会を待つか、作りましょう……幸いアテはある。僕は考えなしに死地に赴くほど勇敢じゃない」
不死兵の一人が、アツシを引き起こそうとする。その下から、EMPグレネードが転がり落ちた。
「信じていますよ、ルーキーさん」
不死兵がアツシの下のEMPグレネードに気を取られている間に、タカヒロは足元に隠していたEMPグレネードを蹴り出した。
EMPグレネードも殺傷能力があるのでアツシの下に置いた方は何もしていない。しかし足元の方は、あらかじめ安全ピンを抜いて、信管を短くしている。
閃光。次の瞬間には、タカヒロに銃を突きつけていた不死兵の頭から血しぶきが飛び散る。
銃に飛びつくユウキを撃とうとした不死兵の顔に、タカヒロは隠し持っていたライトの光を浴びせた。
小型だが強力なライトの、激しく点滅するストロボモード。一瞬で目がくらみ、視覚が歪んで身動きが取れなくなる。
公園に出てきた不死兵にEMPグレネードが降り注ぎ、コノミの連射が不死兵を切り刻む。
反応の遅れた不死兵が周囲を見回し、最初に撃ってきた敵を探す。……道を挟んだ真向かいの家。その屋根に立っているセーラー服の少女。
逃げるふりをして、屋根伝いに回り込んできたのだ。
ユウキが銃を拾い、不死兵に銃弾を浴びせる。タカヒロは不死兵の顔を照らしながら後退し、腰の拳銃を抜いてゆっくりと、正確に不死兵の眉間に狙いを定めた。
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