第一部・その7
申請書、仮登録証、外出許可証。その他いくつかの書類に必要な項目を記入していると、ケンジロウが戻ってきた。
「たしか免許は持っていないな。行こう」
ケンジロウが釣り竿ケースをミユに渡す。これに銃をしまえということらしい。
武器庫を出て、ロッカーに戻る。出撃するわけでもないのに、ケンジロウは装備を調えている。
「万一不死兵が出現したら、現場に直行する。六郷も最低限の装備は、しておいた方がいい」
最低限必要なもの。パークバッジと無線機。最悪パークバッジがあればいい。
「パークバッジをつけている事が、協会メンバーであり、ANTAMの資格を持っている証明になる。軍や警察と協力して不死兵と戦う、世界最大、全世界規模の準軍事組織……民兵組織のだ」
ミユが装備を身につけている横で、ナオが渡された資料を読み上げる。
「外出先などで自分の銃や装備が手元にないときでも、パークバッジがあれば各所に協会が設置している公共ガンロッカーを利用する事ができる。無線機もそこで借りられる」
無線機のバッテリーは満充電。チャンネルは、協会のオープン回線。ケンジロウの指示で、プラムL小隊のチャンネルを設定する。
支給された六角形のチップを、パークバッジにはめ込む。『ニンジャ』パークバッジの人工音声が読み上げる。
ニンジャ。暗い緑のバッジに、忍者装束を着たドクロが彫刻されている。もう少しなんとかならないのか、と少しミユは思った。
緊急医療ポーチの中身を確認。万能止血軟膏のパッケージに異常なし。
「万能止血軟膏の説明は……山王にやってもらおうかな」
資料の束をパタパタ扇ぎながらナオが言う。
「そうだな」
ケンジロウはもう装備を調えて、巨大なバックパックを背負っていた。高さも一メートル近くあり、いかにも重そうだ。
「俺がチームの弾薬手、兼、チームリーダーだ。みんな予備の弾薬を持ちたがらないからな。備えは必要だ」
ロッカーのある区画を抜けると、車両置き場になっている。ここも前の学校よりも広く、現場に向かうためのオートバイが並んでいた。
車種はまちまちだ。奥のガレージには、車と見間違えるほどの大きなバイクが置かれている。
「そういやミユって免許ないっていうけど、前の学校ではどうしてたの?」
コノミが聞いてきた。
「ガレージに集合して、全員で先生の車に乗って出撃しました。銃や装備も、車内で」
「地方だと守備範囲も広いし交通量も少ないからな。その方が理にかなっているのだろう。都市部と逆だな」
ケンジロウが奥の方から自転車を押してミユのところに来た。
「電動アシストになっている。ギアを重くして頑張って漕げば、時速60キロは出せる。緊急時にACRコマンドが乗る分には、そこまで出していい事になっている」
ミユが乗ろうとする……うまく乗れない。サドルの前のフレームが邪魔で、サドル自体も高くなっている。
「まさか自転車にも乗れないのか」
「の、乗ってましたよ……こういう自転車には、乗ったことがないだけで」
自転車のサドルを下げながらミユが言った。
「なんだかなー。栃木ではママチャリ以外は、不良の乗り物なのかよ」
「不良の乗り物、ねえ」
声が聞こえたのはガレージの方だった。大型バイクの後ろにいた人物が、立ち上がった。
背丈はたぶんナオと同じくらい。プロテクターのついたつなぎを着ているが、おそらく女性。パークバッジはクラス40。
「はじめまして、新人さん。あたしは飯田ユウコ。三年生。チームの偵察兵。といっても、主に本部の命令で動くから、あんまり一緒しないかもね」
大型バイクに腰かける。よく見ると前輪が二つある……ますます車との違いのわからないバイクだ。
「この子があたしのマッチド、トライチェイサー2017改。よろしくね」
ヨロシクネ。ユウコが声を当てると、気のせいか大型バイクが軽く身を震わせたように見えた。
「リーダー、困ってるならその子あたしが乗せてこうか?」
「そうだな、頼む」
ユウコの方を向いてケンジロウが言う。
「六郷、なるべく早く免許を取得してほしい。費用は自腹だが補助金が出る。それは後日でいいが、ともかく今日は帰ったら、自転車の乗り方を練習するんだ」
ミユはなんとか足のつく高さまでサドルを調整して、自転車にまたがったところだった。
「うちでは各自が現場に向かう事になっている。バイクが推奨だ。原付でもいい。電動スクーターならチームの備品としてある」
なぜかケンジロウはミユの方を向かずに言った。
「今回は飯田に乗せていってもらえ。飯田、一応リーコンパックBを用意。……それと六郷、スカートを直せ」
言われて気付く。コノミがクスクス笑っていた。
ミユたちが学校を出た時に、始業のチャイムが鳴っていた。コノミやハルタカ、サチは教室に戻っていく。
入れ替わりに何人か、控室に入ってきた。馬潟高校の生徒だけでなく、他校の生徒や社会人もいる。
「えー、皆さん。この度はACRコマンド募集のオリエンテーションにようこそ。リーダーは所用で出られなくなったので、副隊長のわたし、池上ナオがご紹介いたします」
「着いたよ」
手が汗ばんでいる。少し力を緩めるだけで、掴んでいたユウコの革つなぎが滑りそうだった。
「緊張してたねえ。原付や自転車でも、このくらいは出して現場に行けないと困るから、慣れなくちゃね」
ミユの手をそっと離すと、ユウコはバイクから降りた。
「数秒の遅れで助けられない人がいる……あたしはそういうのは、ごめんだからね」
隣を見ると、ケンジロウはもうバイクを降りている。
黒い電動の大型バイク、BTC2020。ユウコのトライチェイサーもそうだが、元々は警察向けに製造されたモデルだ。
「まだ少し早いか……そうだ六郷、池上の講義でも聞いておくか」
駐輪場近くのベンチに腰かけると、ケンジロウはタブレット端末を取り出した。
“外出先などで自分の銃や装備が手元にないときでも、パークバッジがあれば各所に”
ちょうど出発前にナオが読み上げていたところだ。
「パークバッジによる身分証明と、協会本部との連絡手段が整って、エントリーを申告できる。武装する場合はACR(武装市民対応)、武装がない時はCR(市民対応)でエントリーする」
ミユが聞いたのはちょうどだいたい一年前。文言もほぼ同じだ。
「ここで簡易ロケーションについて説明しておく。不死兵が出現した場所……正確には、シュリンゲンズィーフ線の放射された地点からの位置と方角をパークバッジが測定してくれる」
不死兵の出現した場所を中心に、10メートル単位の小ブロックと250メートル単位の大ブロックに区分けされる。
南北が1から25、東西がAからYまで。中心は、大ブロックではM13、小ブロックでは13Mとなる。
「シュリンゲンズィーフ線の放射範囲は、都市部だとだいたい二から三キロ程度。そこまで逃げれば一応安心だけど、そうでない例も最近よくある。最近だと栃木県津宮の事件とか」
ナオがウインクしながらカメラを指さす。カメラを通じてミユが見ているのを知っているかのように。
「そういえばあの時は複数のポータルを、しかも時々切り替えてきていたな。どんな表示になっていた?」
「一番近いエス線源からの距離と方角を。エリア外で小型のエス線源を持って行動していた部隊を、それで追えました」
ゼロ、Z。Z、ゼロ。線量計の針もピクリとも動かない。
不死兵が出現した山からさらに奥には、人の住む地域はほとんどない。そういった集落にも自衛隊が派遣され、無人偵察機やドローンが警戒している。
しかし、山あいの斜面を進む不死兵の姿が、ミユのスコープにはっきりと映っている。
距離は一キロ近く。不死兵のライフルでも届かない。
どこからか調達した荷車に、捕虜を積んでいる。一台に二、三人。それが四つ。
警察や自衛隊の派遣されたエリア外でも、集落の住人がまるごといなくなっているという報告がいくつかあり、調査中だ。
照射範囲が数メートル程度の、天然のシュリンゲンズィーフ線源を用いた少人数の工作。主に夜間に行われる。
それを使って、自衛隊の監視網を抜けて小規模な人間狩りを行っているのだ。
中腹まで斜面を降り、林の中を進む。不死兵は見えなくなったが、耳をすませば荷車を押すガラガラという音が聞こえてくる。
線量計を確認。かすかに反応がある。19X-w24。
信号が弱いせいで距離はかなり狂っているが、大まかな角度はわかる。
向かう方向もだいたいわかっている……偽装網を深くかぶり、ミユは慎重に歩を進めた。
「もし不死兵を発見したら、まずはそれが本当に不死兵であるか確認すること。不死兵を倒せるならともかく、撃つよりも位置と方角を本部に知らせた方がポイント高いよ」
何らかの比喩で言っているのではない。ANTAMの行動は記録され、評価されて褒章やペナルティの対象となる。
「一番まずいのは誤射だからね。不死兵に向けて撃ったのではない弾が何かを壊したら、罰金や賠償を払う事になるよ」
言いながらナオが取り出した書類は、ミユも見覚えがあった……協会の保険の申込み書だ。出発前に書いたばかりだ。
「都市部や住宅地では、不死兵以外は撃ってはいけないものと考えておけ。発砲すれば何かが壊れ、賠償金が手当から引かれる。命には代えられないがな」
ケンジロウが言う。後ろからユウコが、タブレットを覗き込んでいた。缶コーヒーを買って、戻ってきたらしい。
「リーダー、新人さん、どうよ?」
「あのクソ甘いやつだろ、俺はいい」
その間に、保険の説明をナオが終えていた。
「……さて、それでは、もし実際に不死兵と遭遇した場合どうするかに話を移すよ。まずは不死兵の生態などについて、うちの」
出発の直前、コノミが言っていた。まだ来てないかー。顔見せしてないのはあと一人だね。うちの
「残念メガネ」
救護担当、とナオは説明していた。
「……六郷」ケンジロウが言う後ろで、ユウコが吹き出していた。
「……昭和島か」
「はい」
ケンジロウがため息をつく一方で、ナオに代わって教壇に立ったのは、眼鏡をかけた男子生徒だった。
背はナオより少し低いぐらい。制服の上に白衣を着ている、赤いネクタイは二年生。
「こんにちは、プラムL小隊の救護担当、山王タカヒロです。よろしく。では早速、不死兵について簡単なおさらいから」
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