第一部・その6
武器庫は一見、ミユが前にいた学校と変わりがないように見えた。
銃は通常ロッカーに収めることになっており、修理や点検、訓練の時に弾薬を受け取る時くらいしか使わない。
奥の武器庫とは、壁と鉄格子で仕切られている。こちら側は、机が一つあるだけだ。
ナオが声をかけると、頑丈そうな金属製の扉の鍵がガチャリと開く音が聞こえた。
「いらっしゃい六郷ミユちゃん。私は英語教師の雑色ホウコ。馬潟高校ACRコマンドの顧問兼武器係よ」
重そうな扉を開けて出てきたのは小柄な、眼鏡をかけた女性だった。スーツの上に作業着をはおり、エプロンをつけている。
ホウコが手招きするとナオは奥に入っていった。ミユが躊躇していると、コノミが背中を押した。
「武器庫は立ち入り禁止なんじゃ……」
「先生が入っていいって言ったんなら、いいんだよ。ホラ後がつかえてるからさっさと行く」
鉄格子のこちら側から見える光景は前の学校と変わらなく見えたが、入ってみると予想以上に広かった、
鉄格子からは見えない所がプール棟に沿って長く設けられていて、そこに各種銃器がびっしりと並べられていた。
普通は、予備の銃がいくつかと特殊用途の銃が少しあるくらいのはずだ。
ここの在庫は、生徒全員に持たせてもまだ余りそうだ。
「何か欲しい銃はある?全部手に持って、試していいのよ……一応用意したものもあるけど」
作業台に乗せられていたのは、M16……ではない。より口径の大きい弾が使えるよう機関部が大きく、ハンドガードも各種オプションが装着できる、細身だがしっかりしたものだった。
「M110……?最新の軍用銃は使えないんじゃ」
ミユが言うと、待ってましたとばかりにホウコが答える。
「そうね。でもこれは、スポーツ用のAR10。それに軍隊でも使っている、最新のパーツをつけてみたってところね。7.62ミリが気に入らないなら、M16A2ベースのものも用意できるわよ」
M16A2。それでいい。
「なんか要望はある?今のうちに言ってくれれば、いいパーツを揃えられるわよ。お金はかかるけど、学割が利くから」
要望、と言われても。
「……よくわかりません。与えられた銃で、不死兵と戦うだけです」
「では違う質問にしようか」ケンジロウが口を開いた。
「どんな銃で不死兵と戦いたい?」
どんな銃で。ミユは少し悩んだが、答えははっきりしていた。
「……89式」
自衛隊の正式小銃だ。しかし、軍隊が現在使用している銃は、日本ではANTAMでも所持許可は下りない。
「だめなら64式でも。たしか保存されているものを民間に卸す計画があったとか」
「あぁあれね……たしか中止になったわよ。電解弾仕様のマークスマンモデルに改修することになったとかで」
ミユが肩を落とす。落胆しているのが傍目にもよくわかる。
「まあ、ミユちゃんが卒業して自衛隊に入る頃には新小銃が配備されてるわよ。SCARに似てるって話だからそっちにする?」
ミユはホウコの方を見て、作業台の上の銃を見て、また考え込んだ。
「私は、……不死兵と戦うって、不死兵と戦うのは……自衛隊で、ANTAMで、……射撃の成績がよかったから、マークスマンに任命されて、……それだけです。他のことは、わからないです」
ミユを見てホウコは深いため息をつくと、作業台の上の銃を軽く指で叩いた。
「……これをあなたの銃よハイどうぞ、って渡しても、ミユちゃんなら使いこなしてくれるんじゃないかなって思うわ」
でも。そこで言葉が止まり、また軽く指で銃を叩く。
「なんだろうね。ミユちゃんにこの銃を、ハイって渡すのは、なんか違う気がしてきたわ」
違うと言われても。ミユの顔に困惑の色が見える。
「何がいけないんですか。何をすればいいんですか。知らない銃でも、訓練して使えるようにします。でもその銃なら今すぐでも戦えます」
早く銃を受領して、訓練して、不死兵との戦いに備えないといけないのに。そのために転校してきたはずなんだから。
「何でもいいなら火縄銃でも使う?」
コノミが言うと、本当に困り果てた顔でミユはコノミを見つめた。
ミユの肩に、柔らかいが重い手が置かれた。
「あれこれ悩むよりも、まずは実際持ってみた方がいいかもね」
そのままずいっと、サチは武器庫の方にミユを押し出す。
「不死兵と戦うから自衛隊、自衛隊の銃だから89式、それしかないって思っているから、周りが見えないんじゃないかって。それってちょっと寂しいなって、思うわ」
ズラリと銃の並んだ薄暗い通路。さすがに火縄銃はないだろうが、どれもミユには同じように見えた。
何がどう違うのかわからない。サチが手を離したら、訳のわからないところに投げ込まれてしまうような、そんな不安を感じていた。
「ダメだと思ったら、ダメでいいのよ。答えを探す、第一歩だと思って」
ふっとサチの手が離れる。……一番手近にあった銃を手に取り、軽く操作して、構える。
それを数回繰り返した後、ミユは武器庫を見回した。少し歩いて、立ち止まる。そして銃を手に取った。
「……不死兵の銃?」
「講習で習ったM16以外で、持ったのは……スカベンジャーの講習で、習って、……」
丘の稜線から聞こえてくる怒号は少しづつ減っていき、耳に直接聞こえていた心臓の鼓動も小さく、静かになってきた。
線量計を確認する……ポータルからはかなり離れていて、さらに丘の反対側にいるため、シュリンゲンズィーフ線は検出されていない。
ミユが隠れた茂みのさらに下、ミユが撃ってここまで落ちてきた不死兵が倒れている。
起き上がってこない。痙攣もしていない。再生の始まっていない傷口から、だらしなく流れた血ももう止まっている。
シュリンゲンズィーフ線の届かない所では、不死兵の再生能力が働かない。生きていられないのだ。
だから、仲間も転落した不死兵を助けに来ない。
しかしこの不死兵はシュリンゲンズィーフ線が届くギリギリのところで、自衛隊が来ないか見張っていた。
代わりは来る……ミユは斜面を静かに降りて、不死兵の死体に近づいた。
死体のすぐ近くに、不死兵の銃が落ちていた。ライフルだ。
手動式、ボルトアクション、五連発。しかしこれには、スコープがついていた。
スコープの位置が目からかなり遠い。視界も狭く、倍率も高くない。しかしその分、周囲を見ながら覗ける。
死体から弾薬を回収する。……この不死兵も、いくつかの略奪品で軍服を飾り付けていた。
見慣れたキャラクターのアクセサリー。日本国内で、奪ったものだ。誰か女性を殺して。
その不死兵から、自分は武器弾薬を奪っている。やましさを感じながらも、お返しだ、とつぶやいた。
スコープのついた不死兵のライフル。同じものが見つかった……構えてみるが、少し長くて、重く感じた。
「MPは射程が短くて、Stgは重かったです。これがよかった」
言いながらも、ミユは不死兵のライフルを棚に戻した。もう少し小さくて、軽いもの。
そう、たとえば。
不死兵の銃の棚から離れ、数歩先の棚から、おもむろに手を伸ばしこれだと思ったサイズの銃を取り出す。
小さいが、思ったほど軽くはなかった。機関部の横に箱のようなものがついており、そこを開けると、ここが弾を入れるところのようだった。
構えてみる。その先に、不死兵がいると想像しながら。……不思議と落ち着いて、狙いが定まる。
同時に何か、不安のようなものもミユは感じた。。何か自分に働きかける、プレッシャーのようなもの。
「久が原……先輩」構えながらミユが口を開いた。
「なに?」
「それしかないっていうのは、寂しいのですか……何かを選べば、そうでなくなるのですか」
「うーん……私はそう思うわ」
いったん銃を降ろし、どこか遠くを見据えながら、またミユは銃を構えた。
「父はずっと、あの日一緒に行かなかった事を悔やんでいました。あの日からずっと。死んだ母や妹は帰ってこない。私はその代わりには、なれない」
銃を構えながら目を閉じる。呼吸を整え、ミユは銃を降ろした。
「選ぶことで、変われるんですか。寂しく……苦しく、なくなりますか。不死兵に家族を奪われても、笑っていられる人は、そうしているのですか」
ミユの呼吸が深くなり、肩で息をしているのがわかる。
「そう……ね」少し考えてサチは答えた。
「つらい事ばかり思っていると、押しつぶされてしまうと思うの。そうして生きていられなくなるのって、死ぬのと同じだと私は思うわ」
壁の一点、どこか遠い何かを見つめながらも、ミユがサチの言葉を聞いているのはわかった。
「まずは生きなくちゃ。生きるためには、逃げたっていいと思うの。……どう戦うのか、どう生きるのかは、一つじゃないのよ。選べるのよ」
何か言葉にならない不安のようなものと、不思議な安堵感を同時に感じながら、ミユはまた銃を構えた。
後ろの方で、ケンジロウとホウコが小声で話している。コノミとハルタカは、不思議そうにミユを見ている。
「あくまでも、勘……なんだけど」
ナオが近くに来るとサチが言った。
「ミユちゃん当たりを引いたんじゃないかしら。そんな気がするわ……わたしが、そうだったから」
まさかマッチド。ケンジロウがそう言うのがナオにも聞こえた。
「……“なれば戦士よ、目を閉じよ。生の輝きは、暗闇の中にある”」
何気なくつぶやいたナオの言葉が、やけにはっきりと響いた。
「……以前聞いた言葉なんだけどさ、ミユならわかるのかな……わたしバカだから、さ。よくわからないんだけど」
ミユが横目でナオを見る。一瞬だけ、ナオの表情が違うものに見えた。
目を閉じる……暗闇。聞こえるのは、周囲の音。オイルの塗られた、鉄の匂い。
自分のものではない、息遣い。心臓の鼓動。夢の中の息苦しさ。心臓を掴まれる感触。
知らない感覚と、知っている感触が混ざり合う。息遣いを合わせると、不思議と落ち着く。
「なんか見えた?」
ナオが聞くとミユは首を傾げた。
「見えたわけじゃないのですが……持っていると、……」
ミユの視線がさまよっている。何かを探すような。不死兵ではない、なにか漠然としたものを。
銃を持ったまま、ミユはホウコに向き直った。視線を銃に落とし、感触を確かめる。
「クラッグ・ヨルゲンセンM1898カービン。120年前の、アメリカ軍正式小銃のカービンモデルね」
ホウコが言う隣の、ケンジロウは少し険しい目つきだった。
「しかしあれは……」
「単発のライフル使っているあなたが言う?」
「しかしあれは30口径で、電解弾を使えるかどうかも」
「一応使える、とレポートにはあるわよ」
ケンジロウはまだ渋い顔をしている。ホウコはスマートフォンを取り出すと何かを検索していた。
「二時から京浜島の200メートルレンジが空いているわね。そこで撃ってもらって、様子を見ましょう」
そこまで言うと、ホウコは後ろに下がって電話をかけた。
「……俺も同行する。午後のオリエンテーションは、池上と山王でやってくれ。資料を渡す」
ケンジロウがナオを連れて武器庫から出ていった。ホウコは誰かと話をしながらデスクに向かっていた。
入れ替わるように、ハルタカとコノミ、そしてサチがミユのそばに来た。
「やっぱ先生に言って、さっきのM16にしてもらった方がよくね?あれもたしか、電解弾使えるっしょ……これで、いいの?」
ミユ自身も悩んでいるようだった。しかしカービンを手放す気はないらしい。
「いい機会だから聞くけどさぁ、さっちゃんもこうだったの?マッチドって」
マッチド。武器や装備、道具と特別にいい相性を持つもの。噂程度にはミユも聞いた事がある。
前の学校のM16がそうかも、と言われた事もあった。何か認定試験を受けたわけではないが、違ったらしい。
「あるんですか……?マッチドとか、ギフトとか。根拠のない、オカルトなんだって」
「あるわよ。少なくともマッチドはね……うちではわたしと飯田さんが、マッチド認定を受けているわ」
言いながらサチは、コノミの方を向いた。
「でもオカルトなのはそうかもね。なんで相性がいいか、なんて言葉にできるんなら、協会が基準を作って認定試験をやってくれるのにね」
話を聞きながら、ミユは銃に視線を下ろした。銃身の表面にポツポツと、錆を落とした窪みの目立つ、古臭い手動のカービン。スナイパーライフルでもない。
しかしそれが、不思議とミユの手に馴染んでいるように思えた。
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