其の三
†3†
夜道はしん、と静まりかえっている。
電柱に取り付けられた街灯がじじっ、と音を立てて
家々の窓には電灯の明かりが見えるが、人や動物の気配はない。
「……静かね」
「誰もいない、のか……?」
「
「わかるような、わからないような。でも、
「間違いないわ。それにほら、お出迎えよ」
玄関の引き戸が開く、重い音がした。小豆が
近くの民家の玄関から住民らしい中年男が顔を出した。
出したのだ、と思った。
しかし、それにしてはおかしい。
端的に言うと、頭が大きいのだ。
だから、
しかし、その男の顔は縦横一メートルはありそうなのに対し、体は細く、小さかった。
不格好なデフォルメは、ギャグ漫画か何かのキャラクターのようでまるで現実味がない。
「えっ……?」
雅紀の口から疑問符が漏れた。
と、同時にあちこちの家の戸口が開き、縁側のサッシが開いて、中から同じように
「あ、小豆……」
「煌鷹の手下よ。たぶん式神とか、そんな
きっとね、と小豆は付け足した。
二人が警戒しながら歩き出すと、住民たちは突然、ぐらぐらと頭を揺らし始めた。
大きな頭はいまにも落ちそうなほどに傾くが、体の方はわずかに揺れることもなく、背筋を伸ばしたままで立っている。
住民たちはその状態のまま、地面を滑るようにして雅紀たちに近づいてきた。
ちりん。
小豆が金剛鈴を打つと、住民の動きがじゃっかん鈍くなった。
その隙を突いて走り出す二人。
だが、走っても走っても、行く手の民家から次々と住民が姿を現す。
「だめだ、こっちはふさがってる」
前方が住民に塞がれたのを見て、雅紀は小豆の手を引いて手近な角を曲がる。
その先にも住民がいたが、数は少なく、簡単に脇を抜けることができた。
だが、そうやって
雅紀の記憶では空き家になっていたはずの家からさえ、住民は次々と姿を現した。
何度角を曲がり、何度
神社まであと少しというところで、ついに二人は住民たちに囲まれてしまった。
がくがくと頭を揺らしながら近づいてくる住民たち。
その手には、いつの間にか鎌や
「打つ手なし、ね。数が多すぎる」
「くっ……! 道を開けろ!」
雅紀は目の前に迫った住民を思い切り蹴りつけた。
その住民はバランスを崩し、大きな頭に引っ張られるようにして転倒するが、すぐにまた、頭に引っ張られるように起き上がる。
住民たちはまるで感情のない顔をぐらぐらとゆらしつつ、再び近づいてくる。
と、最も近くに来た一体が手にした包丁を構え、雅紀に狙いを定めた。
手を抜いた同人ゲームの敵キャラクターのような、直線的でぎこちない動きだ。
「来るわ」
小豆に言われるまでもなく、雅紀は身をかわした。
一人一人を避けるのは容易だろう。だが、周囲をぐるりと取り囲んだ住民たちが次々に……いや、同時に襲いかかってくれば逃げ場はない。
雅紀は必死に
と、そこに鉈を手にした住民が飛びかかってきた。
「うっ……!」
間一髪で鉈を避け、小豆を見ると、彼女もまた、住民の攻撃から身をかわしているところだった。
住民たちは一人ずつ前へ出ると、手にした刃物を体の前に突き出してまっすぐに前進してくる。
必ず一度に一人だけ。
しかも、衝突を避けるためか、直線的に移動すると、仲間の手前で動きを止めてその場でぐるりと旋回する。
それに気付いた雅紀は、小豆の背後に背中合わせに立った。
「何か思いついたの?」
「自信はないけどね」
短く言葉を交わす。
その間にも一人ずつの住民が進み出て、近づいてくる。
「オレは右に跳ぶから、小豆も右に」
「後で説明しなさいよ」
手にした鎌が街灯の光を反射して鈍く光る。
雅紀は十分に引きつけたと思ったところで思い切り右に跳んだ。
地面に転がりながら目をやると、小豆も向こう側に跳んだようだった。
標的を見失った二人の住民はそのまま正面から衝突し、互いの持っていた刃物がその
刃物が刺さった住民は空気が抜けるように
「仕掛けはわからないけど、この要領でどうにかできそうね。ありがとう、雅紀」
小豆は進んできた住民を避けながら、背中を軽く押した。
雅紀もタイミングを合わせて住民に足を引っかけ、転ばせる。
バランスを崩して衝突した住民が衝突する。
テクスチャを貼り付けたかのような平たい顔は一切表情らしいものを浮かべないままに萎んでいく。
さほどの時間もかからず、住民はあらかた消え去っていた。
「頭はスッカラカンだったわけね。それなら、あんなにぐらぐらしてても問題ないわけだわ」
小豆が呆れたように吐き捨てた。
住民が消えた後には、着ていた衣服や手にしていた凶器。それに萎んだゴム風船だけが残っている。
その風船には、例によって古代文字で何らかの術式が記述されていた。
「……行きましょう、雅紀。神社は目と鼻の先よ」
雅紀は衣類の山を足でかき分けるようにしながら歩き出した。
小豆も後に続いている。
「叔父さんの足下、見なかったのよね」
「ん? ああ」
急にきかれて、雅紀はなんのことかといぶかしんだ。
「……手、よ」
「手?」
「車の床から死人の手が生えて、叔父さんの足首をしっかり掴んでたの」
小豆はそれだけ言うと、口をつぐんだ。
自動車の怪談における、一つの類型。
なるほど、確かに煌鷹の言っていた目的と合致する。
「どうして今、それを言うんだ?」
「どうして、って……見ればわかるわ」
雅紀が振り向くと、腕が見えた。
道ばたにあるマンホールのふたが開いて、中から真っ白い腕が
その腕は、しっかりと小豆の足首を握っていた。
「なんだこいつっ!!」
雅紀は近くに落ちていた鉈を拾い上げ、腕に向かって思い切りたたきつけた。
ゴムの塊を切りつけたような強い弾力で鉈が跳ね返ってきた。
雅紀は力一杯のつもりだったが、腕には小さな傷さえつかない。
「いいわよ、雅紀。どうせ煌鷹はあたしには手出しさせないわ。だから、あなたは先に行ってちょうだい」
「そんなわけに、いくかっ!」
雅紀は鉈を両手で握り、思い切り振りかぶると、全力でたたきつけた。
強い弾力は相変わらずだが、その表面に小さな傷が付く。
「よし、いけるぞ……」
雅紀はもう一度、鉈をたたきつけた。
傷が大きくなったように見える。
「ったく、大丈夫だって、言ったじゃない」
小豆はそう言うと、金剛鈴を一つ打った。
ちりん。
澄んだ音がして、腕がぶるん、とふるえた。
そこにもう一度鉈を打ち下ろすとついに、腕は小豆を離してマンホールへ逃げ込んだ。
「逃げた?」
「……急ぐわよ。すぐ次が来るわ」
小豆は雅紀の先に立って走り出した。
「えっ?」
反応が一瞬遅れた雅紀の目の前で、マンホールから新たに何本もの腕が飛び出し、雅紀めがけて伸びてくる。
「うっ、わわわっ!」
雅紀はあわてて小豆の後を追った。
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