幼子は眠る
犯人は、あなたですよ
四月五日 火曜日 十二時四十五分――
「犯人は、あなたですよ。立花恵里さん」
安賀多の言葉に、恵里は、ゲハゲハと豪快に笑った。
「なにを言ってるんですか、安賀多さん」
「冗談ではないですよ」
「ちょっと待て、安賀多。立花恵里――さんには、アリバイがある」
大多和の言葉に、恵里は大きく頷く。
「その通りです」
チッチッと安賀多が指を左右に振る。
「立花さんに不可能はありません。それどころか、立花さんしかできない。まずは、順を追って説明していきましょう」
安賀多はスマートフォンを片手に腕組みをした。
「二月二十七日、土曜日、朝八時から八時十分の間に、佐々木良子さんの家に空き巣が入りました」
「土曜日は、八時から十二時まで、私は染倉さんのおうちで働いています。外に出るタイミングなんか……」
「果たして、本当にそうでしょうか?」
「ゴミ捨て……」
牧瀬が口を開く。そう、つい先ほど自分の目で見たばかりなのだ。おそらく染倉家のゴミを集積所へ運んで行って、佐々木良子と会話する立花恵里の姿を。
「つまり、佐々木良子さんが家を出た瞬間を狙って、空き巣に入り、居間にあった財布だけ鞄から抜き取ったら、ゴミ袋の中に隠し、さも今ゴミ捨て場に来たかのように装う。佐々木良子と会話をし、彼女が帰って行ったら、財布だけ回収すればいい」
立花恵里は、声を上げる。
「そんなこと言えば誰だって犯行は可能じゃないですか」
「その通り。そこが空き巣事件の難しいところです」
安賀多はサングラスをクイッと持ち上げる。
「ただ――怪しい人物の陰ではなく、あなただけに対象を絞って周辺の住宅の監視カメラ映像を再度調査すれば出てくるんじゃないですかね」
「なにが……」
「染倉家とは反対方向にある佐々木さんの家の方からゴミ捨て場に向かうあなたの姿、ですよ」
立花恵里は鼻で笑う。
「話になりません」
「では、三月三日、水曜日のお話をしましょう」
安賀多がテレビ台の前を左右に歩き始める。
「朝九時から九時半の間に、猪瀬夫妻の家に空き巣が入りました。鍵は施錠されていたけれど、庭と通じる窓ガラスが割れていました。そして、家の中に隠していた祝儀袋が消えたことに気づいた――九時から九時半の間の犯行」
立花恵里がため息を吐く。
「先生、私はその日、猪瀬さんに頼まれてちらし寿司を片道一時間掛けて取りに行っているんですよ? 九時には猪瀬さんのお家を出ないとどうしたって間に合いませんよ」
「そう。ガラスを割ってから、悠長に物色していたら完全にアウトです」
「なら――」
「ただ、ガラスを割るだけなら、余裕でちらし寿司の受け取りには間に合うんですよ」
「……っ!?」
「月曜日の午前中にあなたは、猪瀬さんのお家で家事代行しています。その時にすでに祝儀袋とネックレスを盗んでいたらどうですか?」
「なんだと!?」
大田原が驚きの声を上げる。
「そうなんだよ、大田原。考えてもみてくれ、ひな祭りで十万円ものご祝儀だ。大金なんて何日か前から用意しているし、一度用意したらわざわざ確認なんてしないだろう? 猪瀬夫妻の性格をよく知っている人間の犯行であるともいえる。」
「そんな、前日に用意したかもしれないじゃない」
恵里が悲鳴のように言うと、安賀多は、しめたとばかりに口角を上げる。
「だったら、空き巣事件を起こさなければいいだけですよ。本当は月曜日に盗んだものを、さも被害が遭ったのが水曜日であると錯覚させるために、ガラスを割っているんですから」
「なるほど……なら、ガラスが割れていても、中にゲソ痕や荒らされた形跡が残らないのは当然なのか」
大田原が続ける。
「まさか、立川昭三も……?」
「そのまさかだよ」
安賀多がテレビの前で止まり、大田原に向かって頷く。
「火曜日の十八時から二時間、家事代行に行っている立花さんは、前日に電話台の五万円を抜き取り、心配すると見せかけて翌日の昼に電話をする。猪瀬さんのところで空き巣事件が起きている。その近所の立川さんのところで、同じ日に連続で空き巣が入ったと思い込んでしまうのが人間の心理だ」
「これこそ、だが、立川さんが確認する可能性はあったんじゃないのか?」
「あっただろうね。しかし、この五万円は何のためのものか」
「出前を取る時用だ――あっ」
「そう、十八時に立花さんが夕食を用意している。朝から出前を取ることはないだろう。そして、昼に出前を取ることになって、お金がないことに気づいたとしてもだ」
「すでに九時の段階で猪瀬さんのところに空き巣が入ったことになっているから、結局空き巣にやられたという風に思うのか」
「……」
立花恵里はついに何もしゃべらなくなった。安賀多は続ける。
「二階の窓の鍵を開けておいたのも立花さんだろう。誰かが二階から侵入したと思わせるためにね。そして二階の部屋を掃除しておくことで、埃をかぶった床に足跡がつかないということがないようにしたのさ」
「そうか。足跡がなければ、鍵が開いていたとしても、そこから空き巣が入ったとは思われない……」
「立花さんは、その時、実際にちらし寿司を取りに行っているから、アリバイは完璧だということだ」
大田原は唸った。
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