三〇二号室

 四月三日 日曜日 十六時十分――


 現場検証が続く中、飯島宅に折原玲子が現れた。飯島優梨愛に呼ばれてやって来たという。大田原は、念のためにと折原玲子の指紋を採取するように指示をした。先にあった空き巣事件で、立花恵里の指紋はすでに採取されている。


 本来ならば関係者以外は立ち入って欲しくないところだが、飯島聡と優梨愛の強い希望によって、すでに現場検証を終えたソファで優梨愛たちに会うことは許可した。大田原はその前に、二、三、よろしいですかと玲子を引き留めた。


「折原さんは今日どちらに?」

 安賀多が折原玲子とビデオ通話をしていた時、大田原は近くにいたが、それは黙っていた。

「今日は、仕事がないので一日中家にいました」

「それを証明してくれる人は?」

「いえ……一人暮らしなので……」

 玲子は急いで来たのであろう、すっぴんに近いナチュラルメイクで花柄の白いワンピースにモスグリーンのカシミアのカーディガンを羽織っている。玄関で履き替えた、ウォークインタイプのシューズクロークに置かれていた彼女のスリッパによく似合っている。ハンドバッグは財布とスマートフォンくらいしか入らなさそうな小ささだ。ブランドの刻印がされており、これも高額な品のようであった。


「では、今日朝から家にいて、飯島優梨愛さんから連絡が来るまでは、誰にも会わなかったと?」

「あ。一人だけビデオ通話をしました」

「どなたと? 何時でしょう」

ちょっと待ってください、と折原玲子はハンドバッグからスマートフォンを取り出して、メッセージアプリを立ち上げた。『安賀多九助』と書かれたアイコンをタップし、時間を確認している。

「十三時五十六分、ですね」

「十三時五十六分――と。お相手は?」

「安賀多九助という方で、ペットを探してもらった探偵さんです。元警察の方です」

「なるほど」

大田原は、メモに『アガタ』と書いた。

「それで、通話を終えたのは?」

「えっと……通話時間が八分ちょっとなので、十四時四分ですね」

「そして飯島優梨愛さんから連絡が来たのが、いつごろでしょうか?」

「十四時五十分です」

スマートフォンを見ながら、玲子が答える。

「連絡をもらってから、急いで来ました」

「ご自宅から、ここまではどれくらい掛かるんですか?」

「一時間です」


大田原は、なるほど、とメモ帳を閉じた。


「最後に――最近、怪しい人を見かけたりとかはしましたか?」

「いいえ。特には」

「分かりました。ありがとうございました」

玲子はお辞儀をして、ソファで待つ優梨愛のもとへ早足で向かった。優梨愛は青白い顔をして、飯島聡に寄りかかっていたが、玲子を見て泣き出してしまった。まるで緊張の糸が切れた子どものように。


「大丈夫ですよ、優梨愛さん」

よしよし、と玲子が優梨愛を抱きしめる。優梨愛は黒いパーカーの腕を玲子に巻きつけて、わんわん泣いている。

「怖かったですね」

飯島聡は、玲子に「ありがとうございます」とお礼を言いながら、眠りこけてしまった息子の愛翔を抱きしめていた。


大田原は牧瀬とともに飯島家を出て、その足で立花恵里の家へと向かった。以前聞いていた電話番号に掛けたら、今日は仕事がないので家にいるということだった。


 四月三日 日曜日 十七時十五分――


立花恵里の家は、飯島家から車で三十分ほどのところにあった。団地アパートの三階でエレベーターがなかったので、大田原はゼエゼエ言いながら階段を上るはめになった。牧瀬に馬鹿にされながら、三〇二号室の扉の前にどうにかたどり着き、大田原は肩で息をしながら呼び鈴を押した。


 刑事を出迎えたのは、エプロン姿の立花恵里であった。大きな花柄の黒いセーターにクリーム色のゆるパンツ姿で、スリッパをパタパタと鳴らしながら、部屋の中へと入って行く。立花恵里のアパートは、玄関から入って右手にトイレ、お風呂、左手に一部屋。そして、奥にキッチンとリビングともう一部屋、和室があった。

 大田原と牧瀬は、リビングに通された。すぐ横の和室では、主人であろう男性がテレビを大音量でつけながら、新聞を読んでいる。

「あなた、少し音下げてね」

「……」

「あーなーたー」

「んあ?」

「おーとー」

「ああ」

男は、短く答えてテレビの音量を下げた。恵里は、刑事たちと同じテーブルについた。

「もう本当にごめんなさいねーすっかり耳が遠くなっちゃって」

「いえいえ」

「それでなんのお話でしたでしょうか?」

「連続で空き巣事件が起きている件なんですが、立花さんが出入りされているお宅が多かったので、軽くお話を伺えないかと」

「ああ、はいはい」

「三月三日は、猪瀬さんのお願いでちらし寿司を取りに行かれて、十一時半に到着されたと。そして、十二時前に立川さんのお宅へ電話されたということで間違いないでしょうか?」

「そんな時間だったかしら。ええ、きっと間違いないと思います」

「猪瀬さんと、立川さんのお宅にはどのくらいの頻度で?」

「えっと猪瀬さんは、月曜日の午前ですね。立川さんは、火曜日と金曜日の十八時からです」

「そして、井口さんのお宅にも週一で通われているそうですが」

「井口さんは、月曜日ですね。十二時から二時間ほど」

「ふむふむ。ところで、三月二十五日はどちらに?」

「何曜日でしたっけ、水曜日だったら染倉さんのお宅ですね」

「染倉さんですか」

「ええ。町内会長のお宅です。染倉さんのところは、お稽古をされている関係で、ちょっと変則的で火水土の朝八時から十二時で、お邪魔しています」

「午前中ね」

牧瀬が「三月二十五日は、木曜日ですよ」と大田原に耳打ちする。

「失礼、二十五日は木曜日でした。木曜日も家事代行を?」

「木曜日でしたら、飯島さんのお宅ですね。十四時から十七時まで、火木土でお邪魔しています」

「なるほど……そして、二月二十七日の佐々木さんのところも土曜日。三月十六日の上田さんのところは火曜日で、いずれも午前中で、染倉さんのところね」

「なにか?」

「いえ、今日は一日中なにをされていましたか?」

「家におりましたけど」

「それはご主人と?」

そこまで聞いて、大田原はギョッとした顔をした。和室で静かにしていた男が急に自分の隣に立っていたからだ。男はギョロっとした目を動かしながら、刑事たちを怒鳴りつけた。


「貴様ら! 人の女房を泥棒扱いしてやがんのか!!」

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