彼は味方をする

友だち

 四月三日 日曜日 十三時十分――


 喫茶メアリに、コツコツとステンレスのポットの中のお湯が沸騰している音がしている。今日はこれから、腹を空かせた中年刑事と若手刑事がやって来る。毎週日曜日の習慣のようなものであった。喫茶メアリの店主・安賀多の友人である大田原は、彼がうまくやれているのかを一番に気に掛けてくれている。


 カランコロン、と小気味のいい音とともに磨りガラスのドアが開く。グレーのスーツに幾何学模様のネクタイを締めたいかつい男に続いて、ネイビーのスーツにストライプのネクタイを締めた優男風の若い男が入ってくる。大田原と牧瀬だ。


 今日は白いワイシャツに黒いネクタイを緩めに締めている安賀多は、彼らを見て笑顔を見せた。


「いらっしゃい」

「……おう」


 大田原と牧瀬が、カウンターの定位置に座ると、注文もしていないのにすぐにサンドイッチとカレーライスが出てきた。安賀多は笑顔で言う。

「さあ、どんどん食べてくれ。今日はおごりだ」

「おごりってなあ、お前……」

「今日はなんと、食後のデザートもつけるぞ。コーヒーも淹れよう」

「えっ、マジっすか。やったー」

 牧瀬は素直に喜びを表している。


「いただきます」

 大田原は、呆れたような顔をしてサンドイッチを手にしながら、安賀多を見た。

「お前、本当に何してたんだ?」

「うーん?」

「話す気がねぇなら聞かねぇけど、頼むから逮捕されんでくれよ」

「そうっすよ。女子高生と昼間っから出歩いて」

 牧瀬が口を挟む。安賀多は両手を口の前に持っていて、拝んだ。

「いやあ、本当助かったよ。たちがあそこで通りかかってくれなければ、は犯罪者に仕立て上げられてしまうところだった。持つべきものは友だち! 優秀な警察官の友だち!」

「……大体、真琴ちゃんがあんな時間にあそこにいるのがおかしいんだよ。平日だぞ。真琴ちゃんを学校に行かせるのもだろうが」

「あいつが素直に俺の言うこと聞くわけないじゃない」

「諦めんな。お前とリサさんの間でどういうがあったか知らんが」

 大田原はサンドイッチを頬張った。

「ひまは、ほまへはほごひゃはほうは!」

「きったね」

 安賀多がカウンターから離れる。カレーライスを食べ終えた牧瀬が、口を開く。メニューの注文で優柔不断さえ発動しなければ、牧瀬は恐ろしいほどに早食い・大食いなのである。


「そういえば、気になってたんですけど、安賀多さんとそのリサさんって人はどういう関係なんですか? 店譲ってもらうって」

「赤の他人だよ」

「強いて言えば、常連客と女主人」

 大田原の突き放したような言い方に、安賀多が笑みを浮かべながら補足する。

「メアリ・クラリッサ・ミラーはね、不思議な人だったんだ」

「え……外人さんだったんですか」

「イギリス人だよ」

「あーへー? リサ?」

「クラリッサだから、リサってみんなに呼ばせてた」

 そう言って、安賀多はアンティークの古時計の方に目をやる。十三時五十分を示す時計の横には、白黒写真が黒いフォトフレームに入れられて飾られていた。イブニングドレスを着て、カメラに向かって妖艶に微笑む美しい女性。首に飾られた豪華なネックレスよりも、頭のティアラよりも、くっきりとした目鼻立ちのその笑顔が輝いている。

 牧瀬は写真を見て、えっ、と声を上げた。

「これって映画のワンシーンとか、昔の女優さんの写真だと思ってました」

「若かりし頃のリサだよ」


「美人でしょー」

 突然割って入ってきた少女の声は、カウンターの中から聞こえてきた。その周囲にいた大人が三人とも驚き、息を止めた。少女――真琴は、悪戯っぽく顔面いっぱいに笑顔を作る。その笑顔は、写真の中の女性によく似ている。


「真琴、頼むからいい加減に普通に出てきてくれ」

「あはは」

「お前は昔っから……」


 ブーッブーッ。


「九ちゃん、お電話だよ」

 真琴がカウンターに置いてある安賀多のスマートフォンを見る。

「オリハラレイコ」


 安賀多は、急ぎ気味にスマートフォンを奪い取る。画面を見て、ビデオ通話であったことに一瞬戸惑ったが、応答のボタンをタップして通話を開始した。


『こんにちは』

 画面に映し出された折原玲子は、いつものモコモコしたパステルカラーのルームウェアを着ている。背景に映る白い壁に掛けられた、ピンクのお花が描かれた可愛らしい壁掛け時計とカレンダーに安賀多は自然と笑顔になる。今日は仕事のない日なのだろう、おうち時間を過ごしている自然体の玲子の姿に、安賀多は思わず横から覗き込んでくる真琴から画面を隠しそうになった。

「こんにちは、玲子さん。今周りに人がいるので、もし聞かれたくないお話だったら――」

『ああ、すみません。お仕事中でしたか?』

「いえ、客じゃないようなものなので全然構いませんが、玲子さんは?」

『私も構いません』

 玲子の言葉に安賀多は少しだけ落胆した風だった。例の音のことなのだろう、と安賀多は、通話の記録を開始した。

『あの、先日は無理に空き巣の事件を――』

「あーあー!」

 安賀多は大きな声を出す。

の件ですね! 次の定休日にまた足を運ぼうかなと」

『ありがとうございます! もう気になっちゃって気になっちゃって』

「ええ、大丈夫ですよ。わはは」

 安賀多の大げさな笑い声の隣で、大田原が安賀多を睨みつけている。その時、ガラガラガラッとなにかが零れ落ちる音がして、店内にボーンボーン、と十四時を知らせる音が鳴り響いた。


『さすがさんですね!』


 画面の向こうから聞こえる玲子の言葉に、大田原の眉間の皺が深まった。

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