デート
三月三十日 火曜日 十四時――
立花恵里から一通りの話を聞いた後、四人はレストランをあとにした。
恵里は飯島優梨愛の家へ、玲子は有料講座の日だと駅に向かっていった。残された安賀多と真琴は、駅前のロータリーで、先ほどの話をまとめていた。レストランの支払いで震えていた安賀多が、カフェに入るのを拒否したためだ。
「はい、九ちゃん」
真琴がメモをした内容は、このようになっていた。順に日付、曜日、時間帯、被害者名、場所、盗まれたものが書かれている。
二月末 ? ゴミ出し後
佐々木 居間 財布
三月三日 水 十時頃
猪瀬 箪笥 貴金属と現金
三月三日 水 午前中
立川 電話台 現金
三月十六日 火 午前中
上田 鏡台 宝石類
三月二十五日 木 午前中
井口 箪笥 現金
安賀多は、真琴から送信されたメモを見て唸った。
「うーん……規則性はないなあ」
「天気のいい日だけ選んでるってわけでもなさそう。三月十六日とか雨だし」
スマートフォンで過去の天気予報をさかのぼりながら、真琴が言う。
「それにしても驚いたよね」
「ん?」
「オリハラレイコ」
「ああ、依頼してくれるってやつか」
「そー」
「まあ……俺のダンディズムが彼女の信頼を獲得してしまったのは仕方ないことだな」
「九ちゃんはダンディじゃないよ。ただのイケオジ」
「お、おお。けなしてんのか、褒めてんのか分からんな」
真琴が口を突き出す。
「こんなに怪しいのになあ、オリハラレイコ」
「そうか? 立花恵里の方が犯行はできそうだろ? なんて言ったって五件の空き巣被害のうち、三軒で家事代行サービスしてるし、それでなくてもこの地域を熟知している。情報通でもある」
「それはね、そうなんだけどね。怪しさの方向が違うんだよね」
「まあ……立花恵里については、確かなアリバイもあるしな」
「三月三日のちらし寿司?」
「ああ」
「そうだねー」
「とりあえず、ちょっと歩いてみるか」
スマートフォンをポケットにしまって、安賀多はハットをかぶり直した。探偵業を始める動機ともなった、古いドラマで探偵がかぶっていたものと似ている。真琴は少しだけ距離を取りながら、「そうだね」と答えた。
駅から被害のあった周辺地域へと歩いてみる。
オシャレタウンとして脚光を浴びるこの街は、駅前からして雰囲気がいい。レンガ造りの遊歩道に、点在する椅子や花壇。三輪のベビーカーに子どもを乗せて談笑する母親たち。タピオカミルクティーを飲んでいるカップル。
真琴は、両手を形の良い頭の後ろで組むとこれみよがしに言った。
「あーあ、こんなに天気もいいし、気持ちのいい街なのにデートじゃないんなんてなあ」
「そういうこと、でかい声で言うのやめてくれる?」
「だって、外で会うのってなかなかないじゃん」
「誤解を生むんだよ。昼間は喫茶店やってんの、仕方ないでしょ」
「今日みたいに定休日くらい、お外デートしてくれてもいいじゃん」
「いや、っていうか、普段も屋内デートじゃないからな?」
「私のためにあんなにおやつを作って待ってくれてるのにー」
「そういう契約なだけだ」
『契約』と言う言葉に、道行く人たちがざわっとする。安賀多は慌てて、真琴の手を引いて住宅街へと突き進んだ。
「お前、わざとああいうこと言うのやめろよ」
「んー?」
真琴は人気のすくなくなったところで、文句を言ってくる安賀多をニヤニヤしながら見つめる。安賀多は盛大な溜息を吐きながら、項垂れた。
「お前が探偵業を手伝う代わりに、俺がお前のおやつを作るって契約だろうが」
「えー? そろそろ下心あって、作ってくれてるんじゃないの?」
「誰がだ! めんどくさいんだぞ、あの量作るの」
「本当に器用だよねぇ。九ちゃんって――でもね」
真琴は安賀多の手をぎゅっと握る。
「九ちゃんの言ってるのは、リサとのお約束だよ」
安賀多が息を飲む。真琴は、ただただ真っ直ぐ安賀多を見つめている。
「ちゃんとした契約は、もう一つあるの。忘れてないよね?」
「……そっちの方が口約束だろうが」
「忘れてないよね?」
「覚えてるよ」
「そう、それならいいんだ」
今度は、真琴は安賀多の手を引いて、住宅街を再び歩き始めた。
「日差し、キツイねー」
「ほら」
安賀多のハットが真琴の頭に置かれる。
「熱中症にでもなられたら困る」
「やだーダサいー」
「ださっ!? お前、ついに言っちゃいけないこと言ったな」
ふふ、と真琴が笑う。
「返せ!」
「やーだー」
真琴は安賀多のハットを両手で押さえながら、ひと際楽しそうに笑った。
「いーやー。あははは」
「このっ」
安賀多が、真琴の手を取ろうとした瞬間、安賀多の手が後ろから掴まれた。
「すみません、少しお話よろしいですか?」
制服姿の警察官は、毅然とした態度で安賀多にそう言い放った。
誰かが、怪しい男と女子高生が住宅街をうろついていると通報したらしい。
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