ピンクの小石
三月三十日 火曜日 十時二十分――
染倉邸は、玲子の言っていた通り、周辺地域でも一番の土地持ちであるようだった。大層な木造の門構えに、潜り戸、左右には次の曲がり角まで続く塀。いわゆる、お屋敷である。門の前で待っていた立花恵里は、お待ちしてました、と潜り戸を開けて客人たちを中へ案内した。
「どうして、立花さんが?」
安賀多が素朴な疑問を口にすると、玲子は、目をパチクリとさせた。
「ああ! すみません。お伝えするのをすっかり忘れてました。染倉さんも家事代行サービスをご利用になっていて、立花さんはほぼ専属でこちらに通われているんです。それで染倉さんのペットが失踪された時に、立花さんから安賀多さんのお話が上がって、優梨愛さんに相談がいったという経緯がありまして」
「なるほど」
先頭を行く立花恵里は、玲子の母親とも言えそうな年齢だろう。パーマをかけたショートヘア、ラベンダーのセーターにチェックのゆるパンツを履いている。エプロンはシンプルに、薄いピンクの見るからに実用的なものだ。丸いフォルムには、相手に安心感を与える力があるようで、案内される三人はすでに恵里の子どもたちのように従順である。
松の木の植わっている砂利道を抜け、二階建ての横に広い屋敷が三人を出迎えた。少し離れたところには、蔵のようなものもある。真琴は興味津々に、忙しく視線を動かし続けながら、ウロウロしている。植木のあたりの砂利だか、ピンク色の小石だかをローファーで蹴ったりしている。安賀多は、それをたしなめるように「おい」と言った後、恵里に向かって疑問を投げた。
「立花さん」
「はいはい。なんでございましょう」
「ここの――」
安賀多の声を遮って、威圧感のある女性の声が庭の方から聞こえた。
「恵里さん」
「はい、奥様」
慣れっこなのか、恵里は全く動揺した様子もなく、玄関から庭先へと回って行く。三人もそれに黙ってついていく。
縁側に立っていたのは、立ち姿の美しい女性であった。齢にしておそらく、七十近いであろう女性は、パーマをあてたショートヘアを茶色く染めて、さらにインナーカラーでアッシュを入れている。黒いセーターに黒いパンツ。シンプルなシルバーのネックレスに、フチなしの眼鏡、自分を知り尽くしたメイクは、文句のつけようがないくらいにハイセンスである。
奥様と呼ばれた女性は、客人に目線を配ってから、恵里にハキハキとした声で話す。
「そちらが?」
「はい、奥様」
「染倉寛子です。本日は、ご足労いただきましてありがとうございます」
寛子はゆっくりとお辞儀をする。それにつられて、三人もお辞儀をした。
「お越しいただいて早々に申し訳ないんですけれど、宅の花ちゃんを探していただけますかしら」
「花ちゃん、ですか」
安賀多が反応する。寛子は柔和な瞳に、厳しい光を湛えた。
「あ、失礼しました。探偵の安賀多九助です。実はペットは専門外なんですけれども、お役に立てるなら――」
「花ちゃんはヘビですか?」
真琴の言葉に、場が固まった。寛子と恵里は、互いに目くばせをしている。
「それは誰かからお聞きになったのかしら? お嬢さん」
寛子が真琴に話しかける。真琴は、笑顔を見せた。
「いいえー」
「では、なぜヘビだと?」
「さっき九ちゃん――先生が言ってたんです、おそらくヘビだろうって」
真琴は、そう言って安賀多の顔を覗き込みながら、ウィンクした。
「ねー? 先生」
「あ、ああ」
安賀多は怪訝な顔をしながら、とりあえず肯定した。
真琴は意気揚々と説明し始めた。
「まず、いなくなったペットが、犬や猫であればコソコソ頼む必要なんてない。でも町内会長として近隣住民に迷惑を掛けるような、見つかったらちょっと問題になりそうなペットの可能性がある。つまり、一般的にあまり飼われているものではない」
庭先から縁側へと真琴は、どんどん近づいていく。
「爬虫類」
真琴は縁側に座って、寛子に言う。
「さっき、先生に言われてちょっと見てたんですけど、玄関とかここに来るまでの植木とか。ピンクマウスが置いてありました。先生の言う通り!」
安賀多はさすがに後ろめたそうな顔をしながら、苦笑いをしている。
「爬虫類はいろんな種類がいるけれど、それを主食とするのは、ヘビ」
真琴は楽しんでいる様子で、言葉を切り、安賀多に向き直った。
「ですよね、先生っ」
「まあ……」
寛子は目を見開いて、安賀多に尊敬の念のような眼差しを向けている。それは、恵里も玲子も同様であった。寛子はゆっくりとお辞儀をする。
「先生、試すようなことをいたしまして、本当に申し訳ございません。無礼をお許しくださいませな。どうぞ、玄関からお上がりください」
安賀多は乾いた笑いで誤魔化した。
「ははは、いやはや」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます