承ノ章6

 亡霊のような男だった。

 幽鬼のような姿であった。

 真っ黒のスーツに長く伸びた髪。長身が厭に目立つ。

 ハンバード・レェという男は兎角、その手の陰鬱な雰囲気を纏った男だった。

 黒い灰を纏うような男であった。

 深くかかった目の奥からぎょろりとした眼がえりかを捉える。

「ハンバードさん! 来てくれましたね! あいつ等非道いんですよ、やっちゃって……ッ⁉」

 がくんと渚は気を喪う。

 その傍らをハンバードは通り過ぎていく。

 長く黒い、季節違いのコートの奥から、しわがれた枯れ木のような手が、えりかに伸びて

「ハンバード」

 そのまえに、さゆりさんが立ちふさがった。

 重い体、それを無理やりに立ち上がらせて、一唯翔は駆けた。

 えりかの手に触れる。

 触れようとして。

 がくんと足元が崩れ落ちるような感覚に倒れ伏した。

 意識の混濁。酩酊。蒙昧。ぐちゃあぐちゃ。

 のっそりとハンバードが近寄り、一唯翔の頭を掴む。

 魂の底を覗き込むように、深い伽藍洞のように、その眼を見つめる。

 その眼がわずかに見開かれるのを朦朧とした意識で一唯翔は見ていた。

「貴様、アカバネワタルの倅か」

 低い声だった。

 それはどこか怯えたような低い声だった。

「カイト!」

 叫びえりかの声。

 一唯翔からしわがれた腕が離れる。

 ハンバードはぱちんと指を鳴らした。

 轟音が鳴る。

 それは物理的なそれというよりも空間――否、地脈それ自体に作用するような衝撃。

 彼らを閉じ込めていた社が崩れる。

 一唯翔の頭上に落ちる破片が弾かれる。

 えりかが弾いてくれたのだ。

 地震が起きる。

 地脈に亀裂が入っているのだ。

 そんなことはいい。

「……えり、か。逃げ……」

 体が動かない。

 意識が振るわない。

 それでも、視線を彼女に向けた。

 えりかが傍に近づく。

 そうして、彼女は手のひらで一唯翔の頬に触れた。

「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ、カイト」

 ひんやりと、冷たい手だった。

 どうしてだろう。そうしてこんなに泣きそうになるんだろう。

「おねえちゃんに、まかせて」

 哀しいくらいにやさしいこえをきいて。

 一唯翔は意識を喪った。

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