承ノ章3
学校の図書室。
司書さんに頼みこんで、一唯翔は閉架図書室内部にいた。
そこでN川の記録資料を読んでいる。
『N川――旧名名隹川。山脈から太平洋にかけて流れる一級河川である』
古びた資料のページをめくる。
『名隹川の歴史』
その項目のうち1910年代以降の記録を参照する。
「……」
確かにこのあたりの年代で河川の大規模な反乱が相次いでいる。
否、河川だけではない。土地に纏わる天災の類が急増している。
「わたくしたちはこの土地の巫女でした。――いいえ、その実態は巫女だなんて御大層なものではないのです」
そう、さゆりさんは言った。
そんな昨晩を回想している。
「巫女とは、いわば人柱のことなんです。その土地に捧げられる人柱。この土地では嘗て、十年に一度、人柱として〈がぎ一人〉――要するに子供一人ですね――が捧げられてきました。そして1910年当時、白羽の矢がたったのが、えりかでした」
「? お二人ではなく?」
「はい。わたくしたちは生まれつき二人で一つ。人柱として求められるのは〈がぎ一人〉、ならばえりかだけが捧げられるだろうと当時の人々は考えました。もしそうでなくても、異端な性質をもったわたくしたちが消せると。実際にえりかだけが捧げられるのか、二人纏めて捧げられるのか。それは今となってはわかりません。結局、わたくしたちは捧げられなかったのですから」
「それはなぜ?」
「誘拐されたからです」
そう、さゆりさんは答えた。
それはもう、とっくに終わった過去の話をしているように。
「ハンバード。先ほどえりかからも名前が出たでしょう。ええ、ハンバード、ハンバード・レェ。どこからともなく現れた異国の男。彼がわたくしたちを攫い、その肉体を滅ぼし、魂を二つに別離たのです」
一唯翔は資料を閉じた。
閉じた匂いのする閉架書庫を出て、司書さんに挨拶をすると図書室を出た。
なんとなく、彼女たちのことはわかってきた気がする。
さゆりさんの現状の肉体は、そのハンバードという男が作った人形であるらしい。
得体の知れない人物ではあるが、さゆりさん曰く、現状、えりかがここにいることをその人物は知らないらしい。
「……存命なのか」
一体、いくつなのか。まあそこはさゆりさんの例もあるしそこまで深く考えなくてもいいのかもしれない。
さゆりさんがえりかの存在に気づけたのは魂の部分で繋がっているからだとか、随分スピリチュアルな話でもあるし、常識で考えても仕方ないのだろう。
そんなことをぼんやり考えていると、目の前に見知った顔が見えた。
「よ。双葉」
「ん? ああ、なんだ一唯海くんか。なにかよう?」
「いや、ただたまたま見かけたから声をかけただけだけど」
「そ。じゃあ悪いけど私、」
「別にもう少し話しててもいいんじゃないですか? 先輩」
ふと、一唯翔でも双葉でもないものの声がした。
それは快活な声だった。
「大嵩、貴女勝手に人の話に割り込むのはやめなさいよ」
「えー、いいじゃないですかせんぱーい! もともと、あたしたちが所属する手芸部に急ぐような活動なんてないんですからー。で、その人は一体何者なんです?」
いかにも明るい雰囲気の、その大嵩と呼ばれた後輩の少女は一唯翔のほうを見た。
ぐるんと顔をいきなり動かすものだから、明るく染めた長い髪がバッサリ揺れる。
「俺は、一唯翔……佐野一唯翔です。きみは? 一年生?」
「佐野……」
後輩の少女はふむと一唯翔の苗字を反芻する。
うん。と頷くと。
「初めまして! あたしは大嵩渚、双葉せんぱいと同じく手芸部に所属するどこにでもいる普通の女子高生です! 以後お見知りおきを! 佐野センパイ♡」
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