承ノ章2

「それでは、少しお話をしましょう」

 そう、さゆりさんは切り出した。

「あなたとえりかの関係とこれまでのお話は道中で聞かせていただきました。肉体を持たない状態であなたの目の前に現れ、お世話になったとのこと。感謝します」

「いえ。別に俺は大したことはしてないですから。それよりも」

「わたくしが何者であり、えりかとどのような関係であるのか。ですね。そのことを話すにはえりかの過去についても話さなくてはなりませんが……よいのですか、えりか?」

「うん。いいの」

 えりかは頷いた。

「ほんとはね、もっと早く話したほうがよかったのに、なんだか怖くて言えなかった……でも、今日、ちゃんと言うって決められたから。だから、ちゃんと言います」

「そう。では、わたくしからではなく、えりかから話をしたほうがいいわね」

「うん」

 そういってえりかは真横にいる一唯翔に向き合った。

 一唯翔もまた同じように向き合った。

 そしたら、あと一歩踏み込んだらキスできそうなくらいに距離が近くてびっくりした。

「……ちょっと離れよっか」

「……そうだね」

 そうして一歩離れた。

 一歩離れて、一唯翔はえりかの端整な貌を見つめた。

 綺麗だと思う。

 そして何より、さゆりさんに似ていた。

 けれど、えりかのほうが可愛いなと一唯翔は思った。

「こほん」

 えりかが咳ばらいをして、まじめな表情をした。

 一唯翔もまた襟を正す。

「まず、わたしとさゆりちゃんの関係なんだけど」

「うん」

「わたしとさゆりちゃんは、同じ體の中にいたの」

「……うん?」

「一つの體に二つの魂、それがかつてのわたしたちだったの」

「……おぉう」

 わかったようなわかってないような返事を一唯翔はした。

「……二重人格的な?」

「そうですね。今風にわかりやすく言い換えるとそうなるかもしれません」

 横から、さゆりさんが首肯した。

「もう! さゆりちゃん! わたしが話してたのに!」

「ごめんね。でも、えりかってあんまり説明上手じゃないから……」

「えー、と。つまり二人はもとは一人の――少なくとも肉体上は――人間だったということで……けど今は二人とも別々に存在しているように見える。これは一体」

「一唯翔さん。ふたりが分かたれていること以上の不思議を見落としていませんか?」

「……さゆりさんが、実体でここに存在していることですか」

 そう。それがおかしいのだ。

 一唯翔ははじめ、目の前のさゆりさんを、えりかと同様の幽霊なのだと思った。

 その理由の一つとして、えりかの生きていた年代がどうにも古いものであるように感じたからであり。

 一唯翔は質問する。

「二人は、いつの時代に生まれた人、なんですか?」

「えりかから聞いていませんでしたか?」

「ごめんなさい……わたし、詳しいことはあんまりわからなくて」

「まぁ、仕方ないですね」

 さゆりさんはひとつ溜息を吐く、そして一唯翔のほうを向いて答えた。

「わたくしが、……わたくしたちの肉体が生まれたのは1899年のこと、そしてわたくしたちの魂が分かたれたのは1914年のことになります」

「……な」

思ったよりも古かった。

「では、さゆりさんは」

「満112歳ですね」 

 そう、冗談めかして彼女は言った。

 そしてそれは事実で、けれど全くそうは見えなかった。

 さゆりさんの容姿は確かにえりかよりも年老いているように見える。

 けれどそれは年若い(幽霊である彼女をそう表現するのもおかしな話だが)えりかに比べればの話である。

 えりかの容姿が中学生前後の女子であるとするならば、さゆりさんの容姿は二十歳そこそこである。

 どう見ても、ギネスを狙える高齢者ではない。

「この肉体は、作り物なんです」

「つくりもの……?」

「はい。本来のわたくしたちの肉体は90年前に崩壊してしまっているんです。肉体が滅びれば魂もまた滅びる。それが必定です。ですが」

「そうは、なってないですね」

「はい。そうはなっていないんです。わたくしたちが共有していた肉体は滅ぼされ、しかしその魂は残留しました。いえ、そもそもの前提が違いますね。魂を抜き出すために、肉体は滅ぼされたのです」

「滅ぼされた? それは、一体誰に……?」

「はんばーど」

 えりかがそう、、ぽつりとつぶやいた。

 それは答えたというよりも独り言のような。

 俯き、目をシパシパとさせて、頭のなかで散らばったものをかき集めている。そんな風に見える。

「……そうだよ。ハンバードが来て、それから……わたし……」

「――え」

「えりか。」

 さゆりさんが声をかけるよりはやく、一唯翔はえりかに近づいた。

 触れられない手を重ねて。耳元に近づく。

「……うん。大丈夫」

「そうか」

「うん。さゆりちゃん、続けて? わたしじゃあんまりうまく話せないから」

「……ええ、わかったわ」

 どこか遠いところを見るように、さゆりさんは答えた。

「では、そうね。結局のところ、初めから話すのが一番いいのかもしれないわね。100年前のころから」

 そうして、その晩、彼女は滔々と語りだす。

「わたくしたちの運命と、ハンバードという男について」

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