承ノ章1
「さゆりちゃん」
と、そう、えりかから呼ばれた女性は穏やかに、けれどどこか寂しそうな雰囲気の人だった。
年のころは二十代半ばであろうか。
綺麗な女性だった。
静かな雰囲気の女性だった。
彼女の幽きは孤独と毒と静謐と深雪を内包しているかのようにさえ思えるほどに、静かであった。
だが、それ以上に驚くことがあった。
「……えりか……」
似ていたのだ。あまりにも。
えりかがもう少し年齢を重ねたら、彼女の容姿そのままになるだろうということが容易に想像できるくらいに。
「初めまして」
彼女は一唯翔を見て言う。
「さゆりです。えりかとは、同じ體を分け合った仲、姉妹みたいな関係……とでもいうべきでしょうか?」
そう、さゆりさんは言った。
※
とりあえず、日も暮れてきたので場所を移動しませんかという旨を一唯翔は言った。
帰りのバスももうなく(N市の交通バスの本数は異様に少ない)三人で夜道を歩いている。
居酒屋以外の店は既に開いていないのでカフェでのかいわなんかもできないからどうしようかという話にもなったけれど、別に一唯翔の家でもういいと思うよ! とえりかがいうもので、さゆりさんも、構いませんよというもので、とりあえず自宅アパートへ向かうことになった。
道中、えりかとさゆりさんは何やら話しこんでいた。
どうやらふたりは古い仲のようにも見えるし、積もる話もあるのだろう。
一唯翔は二人より散歩ほど先の夜道を黙って歩いていた。
星のない夜に、かけた月が揺れていた。
やがてアパートの前に到着した。
カギはかかっておらず、扉を開けたら室内の明かりが漏れた。
「なんだ、母さん。まだいたのか」
「もうでるよ」
言葉の通り、母の宮子は既に作業着を着ており、もう出勤する様子だった。
不意に、宮子は一唯翔の後ろに視線を移した。
さゆりさんと視線がかち合う。
「一唯翔、あんたその人……」
「あ、いや……この人はえっと」
さゆりさんは実体のある人だということを失念していた。
えりかの関係者だからてっきり。
言い訳を考えていなかったため、慌てる一唯翔をしり目に二人はしばらく視線を交わらせた後。
「……じゃあ、行くから」
そういって宮子は早々に家を出た。
「お邪魔します」
それと入れ替わるようにさゆりさんが家の中に入ってきた。
そうしてリビングの中央に座る。
さゆりさんに座ることを勧め、それと向き合う形で一唯翔は座り、一唯翔の真横に、ごく自然な形でえりかは座った。
その様子に、さゆりさんは少しだけ目を見開く。
そして少し微笑んだ。
「仲が、良いのですね」
「そう、ですかね?」
「うん! カイトくんとは仲良しなんだ!」
「ふふ」
さゆりさんは少し笑顔になった。
それは薄幸そうな彼女の、こころから嬉しそうな微笑みであった。
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