第1話

どれくらいの時が経っただろうか?あまりにも強大な黒龍の存在は時間の経過を分からなくしていた。10分だろうか、はたまた1時間だろうか?永遠のような、それでいて意識がふと戻ると短く感じるような感覚を俺に与えた。これからどうするべきか。幸い魔術と武術にはある一定の理解があるから狩りでもすれば何とか……だが背中の妹はどうだ?俺は男だし、歳も16だから大丈夫だが、女の子である妹には野宿は些か酷だ。それに歳も13とまだ幼い。不平不満は溜まること間違いなしだ。


「くそっ、考えが纏まらねぇ……」


行くあても無い。何故なら妹は獣人だ。今の世界、獣人が生きていける場所など殆どない。それは差別が世界に蔓延してるからである。それゆえに妹には必然的に少なくない糾弾の声が降り注ぐことになるだろう。更には俺と妹は腹違いだから妹は俺と共に居ると変な罪悪感を覚えるかもしれない。俺は普通の人間だからな。因みにこいつの母親は育児放棄した屑だ。親父も仕事がーとか言って育児放棄してる。そのため今までは俺の母親が面倒を見てくれた……もう居ないがな。


「……んゅ、お兄ちゃん?ここは……っ!」


しまった、妹が起きてしまった。


「起きたか。済まないがこういう状況……っても分かんねぇよな。実際俺も収集ついてないし……」


「……お母さんは?」


「死んじまった。俺たちの目の前で黒龍に食われて……」


「そっ……か…」


背中から泣き声が聞こえる。確認するまでもなく妹のだ。今まで本当の親のように慕ってきた人が死んだのだ。その悲しみは大きいだろう。


「泣いてるとこ済まないが、今から行動を起こさんとマズイ。動けるか?」


「…うん。」


「すまねぇな。」


そう言ってその長い銀髪の髪を撫でてやる。少しでも落ち着く様に、大切に……


「よし、取り敢えず今からは野宿が続くと思ってくれ。着替えは途中で作る。裁縫の心得はないが魔術で何とかなるだろう。覚悟決めとけよ。」


「うん。その前に……」


「?」


「お兄ちゃんは居なくならないでね?」


「……」


本来なら即答しなければならないのだろう。しかし、この世界に絶対はない。変に期待させるほうが酷だ。だから現実を答えてやる。


「済まないがそれは確約は出来ない。お前なら分かるだろ?この世界は残酷だ。絶対も永遠もない、あるのは理不尽だけだ。だから、生きようとはするが死ぬかもしれない。だから居なくならない事は約束できん。」


「そう…だよね。」


「……はぁ、安心しろ。簡単に死ぬつもりはねぇし、まずまずの問題お前を置いて死にたくねぇ。最後の最後まで抗ってやるよ。」


「!うん!約束だよ!」


「あぁ、約束だ。」


やがて二つの影は動き出す。


-------


「ちょっと待て。」


妹を手で止める。歩いていた俺たちは今はとある森に来ていた。そしてそこから少し歩いて今に至るのだが目の前には魔獣の群れ。金色の目をした狼。口元からは僅かに雷が漏れ出ている。雷狼と言うやつだろう。雷狼とはその名の通り雷を扱う狼の事で雷のエネルギー弾を飛ばしたり、自分に纏わせる纏雷というもので身体能力を伸ばしたりと厄介だ。更に今回は群れでいるのだ。通常雷狼は群れを為さないが今回はそれを可能にするリーダーがいるのだろう。逆に言えばそのリーダーさえ打倒出来ればあとは散り散りになる。しかし、言うは易しというもので実際に戦うとなるとキツい。


「かと言って逃げても追いつかれてアイツらの餌になるのが関の山か。」


一体ずつ倒すというのはそれはそれで現実的じゃない。恐らくリーダーになるからにはそれなりに体格が大きいはずだ。よく見ると一体だけ図体のでかい奴がいるのがわかる。しかし状況は変わらない。向こうは威嚇してるのか飛びかかっては来ないがそれも時間の問題だろう。


「スキル使うのが得策と見た。」


この世界にはスキルと呼ばれる技能がある。スキルは基本的にLvアップでは手に入れられず、そのスキルに関係した技術を習得している、又はした場合に獲得出来る。例えば料理人は料理に関するスキルが解放される。


「一撃で仕留める。」


右腰と左腰に着けたダガーをそれぞれの手で引き抜く。持ち方はどちらも逆手だ。本来戦闘となれば普通の方がいいのだが今回は違う。それは俺のスキルが関係してくるからだ。

両足を加速のしやすいように折り曲げ、手を地面につける。短距離のスタートのような形をとる。手は土にくい込ませる。


グルァ!


我慢出来なくなってきた魔獣に合わせて急加速。地面にくい込ませた手でその地面を押し、思いっきり飛び出す。駆け出していき魔獣との距離は徐々に近づく。


「一つ。」


魔獣の下をスライディングしながら抜けると同時に体を捻って右手に持ったダガーで魔獣の腹を切り裂く。そしてその勢いのまま体を回転させ地面を向いたところで手で地面を押し一回転しながら飛び上がる。


「っ!」


飛び上がったと同時に周囲を把握。前方を魔獣に囲まれ、更にはエネルギー弾の用意までされている。


ガァっ!


息つく間もなく迫り来るエネルギー弾を飛び上がって着地した時の地面からの反発を利用しながら飛び上がることにより回避。五体の魔獣から放たれたエネルギー弾は俺の元いた場所で集まり、対消滅する。

五体の魔獣の内、リーダーはその中の真ん中の一体。つまりは今飛びながら向かっている奴だ。


グルッ!


リーダーの危険を察した二体が左右から纏雷をしながら突っ込んでくる。空中という力が他から伝えることの出来ない中この状況は絶望的かもしれない。しかし、それは想定済みだ。

ここで俺のスキルについて話そう。俺の所持するスキルは二つだ。一つは『軽業』。今までの一見出来なそうな動きもこのスキルで補うことで可能にしている。そして重要なもう一つは、まぁ見てもらうのが早いだろう。


「暁闇神威……」


体から闇が溢れ、その場を深く埋め尽くす。やがて周囲の全てを埋めつくし、存在するのは自分だけの孤独が押し寄せる。その孤独はこの空間にいる万物が感じる。だが俺だけは違う。何も見えないがその闇を伝って空間に存在する全てを感知することが出来る。不安も焦りも何もかも。


「何も出来ないまま絶命しろ!」


何も無い闇の中に二つの光が煌めく。それは俺の左右のダガーから放たれた光。一瞬の煌めきの後、弓に弾かれたかのような勢いで飛び出した体は目の前に感じ取った感覚を狙って一直線に突き進む。そして闇の中、俺の左右の得物が肉を切り裂く。


グルぁッ!?


その瞬間、闇が消え空間を眩い光が埋め尽くす。それと同時に俺の脳内を埋めつくしていた奇妙な共感覚も消える。と同時に猛烈な吐き気と頭痛が襲いかかってくる。


キャウン!


幸いにリーダーを殺された雷狼の群れは直ぐに散り散りになった。こちらも今動くのは辛いので有難い。


「お兄ちゃん大丈夫!?」


妹が駆けつけてきた。


「すまん…が少しの間……動けない……!ッが!」


波のようにガンガンと打ち付けるような痛みに悲痛な叫びを漏らしながらも耐える。このスキルの代償だ。このスキルの利点は相手の視覚を奪う事と空間を覆う闇の全てが自分の感覚になること。そして身体能力の強化だが、空間全てと感覚を同期するというのは予想以上に気持ち悪いものなのだ。発動中は身体能力が強化されるため耐えられるがそれが消えれば生身の脳に幾億という感覚が一瞬だけ同期されるのだから気持ち悪い。例え一瞬だとしてもだ。しかもこれは燃費が悪く一体しか確実に葬れないということだ。更には空間内の生物が多いとそれだけ脳の負担が増えるため最高でも五体位に抑える必要がある。それぐらいなら同時思考ができるように訓練した。


「オエッ!……あァ!?」


「大丈夫!?」


黄色い吐瀉物を吐き出す。一度吐き出してしまえば喉は気持ち悪いがそれ以外は収まる。だが、どうにも喉の奥はイガイガしてるし、臭いしと最悪な気分だ。嫌な脂汗も身体中を伝い、嫌悪感を増幅させる。妹はただただ俺の背中を摩ってくれている。


「済まないな、心配かけさせたか?」


「いや、元はと言えば私にもっと力があったら良かったんだよね……」


横にいる妹の顔は曇っている。自分の無力さに苛まれているのだろうか?


「いや、昨日まで普通の生活をしていた奴にすぐに狩りをしろという方が無理な話だ。だから、俺は責めるつもりもないし、お前も気に病む必要は無い。」


「……そうだけど…」


「無力が嫌ならこれからを変えていけ。過去は確定している。俺達の無力ゆえに村は滅ぼされた。その過去は変えようが無い。ならどうするべきか?」


「……未来を変える?」


「惜しいな。未来はまだ確定していない。運命は何かの超自然的存在によって決定させられていると言うやつもいるがそんなのは自分を言い聞かせて都合よく納得するための理由に過ぎない。未来は不確定だ。つまり、それを変えるのではダメだ。1度変えただけではもう一度変えられるかもしれない。だから俺たちは未来を変えるんじゃない。掴み取るべきなんだ。少なくとも俺は自分で掴み取って行くもんだと思っている。」


「……掴み取る。」


「そして掴み取るためにはどうするべきか。それは今を大切にすることだ。多くの失敗から多くの知識を学び、多くの鍛錬から技術と肉体を研鑽しろ。日々の上昇は少ないかもしれないが積み重ねれば山になる。だから、変化が見られなくても…たとえ塵のように見逃してしまいそうな程の小さな前進でも、信じて積み重ねる。それが今を大事にするってことだ。」


「……分かった。」


それにしてもこいつ初めて生き物が死ぬという現象を見たのに怯まないとは……


「ていうか大丈夫か?気持ち悪くとかは?あんなの見たらきつくなるだろ?」


「確かに見るのは嫌だけどそれで混乱してちゃお兄ちゃんに無理をさせるし、それに多分まだ頭が現実についていけてないんだと思う。」


出来た妹で助かる。この時期ならもっと我儘でもおかしくない筈なのにこいつにはそれがない。今までの生活がそうさせたのだろうか?自分のことでは無いからよく分からない。


「そうか……何かあったら言ってくれよ。お兄ちゃん頑張るから。」


大分落ち着いてきた頭で拙くも初級の水魔法を行使する。名前はスプラッシュ。意味はそのまんまだ。魔法は殆ど使えないが初級だけは使えるようにしておいた。逆に妹は魔法の適性は凄く高い。しかし、まだ学習の途中であるため、扱える魔法の絶対数は少ない。しかし、使えない魔法も理解が追いついてないだけで時が経てば解決するだろう。頭を悩ませれば悩ませるだけ強くなれるのだ。俺の場合はただ考えてもダメだし、ただ鍛えても無駄なのだ。両方の調律が取れないと真の強さは手に入れられない。


「っし、そろそろ行くか。」


視線は完璧には定まらないがおぼつかなくても今は急がないといけない。早くこの森を抜けないと今以上に大変になる。俺一人なら隠密で隠れながら敵を殺すことも出来るだろう。しかし今はそれも妹がいるため出来ない。ここで俺が気配を消せば残った魔獣は妹を丁度いい獲物として蹂躙する事だろう。そんな事はさせないし、そんな状況になる前に摘み取る。そして、安全な所まで無事に送ること。それが兄としての覚悟だ。


「遅くなったが俺たちは今、隣の村に向かっている。」


「 一応聞くけど、理由は?」


「お前をそこに預けるためだ。もちろん俺もその村に少しの間いるがその内出ていくことになる。だから、実質的にはお前を預けに行くってのが正しい。」


「お兄ちゃんは私を置いていくの?」


妹の真紅の瞳があまりにも辛い疑問とともに俺を捉えて離そうとしない。それを正直に答えたところで妹はそんな現実は直視したくないはずだ。だが、ここで嘘をつくというのはただ問題の先延ばしであり、自分たちの問題を他の誰かに押し付ける最低な考えだ。それに俺は家族だけには嘘をつく関係にはなりたくない。そんな関係は上っ面で塗り固めた酷く反吐の出るものだ。勿論他人にもしたくないが家族なら尚更だ。


「俺は…母さん達の仇をとる。たとえその先に何があったっていい。どこまでも強くなってあの龍を打倒する。魔獣だろうとなんだろう殺し尽くす。その旅にお前を連れていくのは少々…いや、だいぶ酷というものだ。だから、お前を置いていくほかない。」


「そっか…そうだよね……」


そこからの道中はとても静かだった。それは魔獣が出てこなかったことでもあり、そして俺たち兄妹の間に明確な壁が出来てしまったことを表すのだろう。そんな道をただ、全く噛み合わないような陽の光が容赦なく照らしつけた。俺はそれがただただ億劫で仕方なかった。


----


「お世話になりました。妹の事、頼みます。」


「もっと長く居てもいいんだよ?」


数日間下宿させてもらっていたおばあさんがそう言った。後ろでは相変わらず妹がこちらを見てくる。


「それじゃあな。達者で居ろよ。」


後ろは振り返らない。今振り返れば決心が緩む。妹と俺はこれから到底交わることは無いだろう。そんな事を思えば足は鉛のように重くなり、前に踏み出すのが怖くなる。


「あっ……」


妹の声が聞こえるが聞こえないふりをする。これは俺の勝手なエゴで妹にそれを押し付けているだけかもしれないがそれでも妹には平和な世界で幸せに生きて欲しい。


「待って!」


明確に声が聞こえる。妹の呼び止める声だ。恐らく俺は人生の分岐点に立たされているのだろう。ここで振り返れば明るいと思われる未来があり、この先には茨に囲まれた修羅の道が広がるのみ。例え踏破できても俺は引き返せないのだろう。それでも止まるわけにはいかない。だからここは卑怯かもしれないが俺は第三の道を行く。


「それ持っとけ。」ポイッ


「わわっ!これは?」


投げたのはただのロケット。しかし俺たちにとってはその限りではない。


「俺も同じのを持ってる。お前が成長して周囲の魔獣が相手にならないような状況でそれでも俺に会いたいならそれを持ってる男を探せ。」


「……分かった。」


これが俺から出来る最大限の譲歩だった。本来ならなんの譲歩も無しにここを去るつもりだったが、唯一の家族を完全に拒絶するなんて出来るわけがなかった。他人から見れば甘いと言われるかもしれない。自分勝手な理由による行動に責任の取れない身勝手な子供と言われるかもしれない。


「でも、その甘えが俺だ。」


今度は振り向かずに去る。他人の評価なんて気にする必要は無い。言いたいやつには言わせとけばいい。俺には俺の進むべき道がある。その為には周りの邪魔者はいらない。


「なんだ…全然重くねぇじゃん。」


心残りが無いからだろうか足取りが軽い。今までの億劫はどこかに消え去っていた。太陽は相も変わらず燦燦と煌めいているが、今は重りが取れたように軽い。

別れの季節とは程遠い炎の月、ここに2人の兄妹は互いに一時の別れを告げた。

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