喪失のその先へ
@Genson
プロローグ
「どういう地獄だよ…」
今言った地獄というのは少し語弊があるかもしれない。俺は実際に地獄を見た訳でもないし、その存在を確定させた事も一度もないからだ。しかし、それを含めても尚、地獄、と言いたくなるような目を背けたくなる現実がそこにはあった。
燃え尽きた屍人の匂い。引きちぎられ内臓があらわにされた痛々しい物体。そして、無惨にもそれを更に引き裂き、血肉を貪る巨影。見慣れたはずの光景との明らかなる差異につま先までもが震え上がる。歯は小刻みにカチカチと音を鳴らし、口の中は乾いたスポンジを食べた時のような乾きを訴える。どれだけ頭が拒絶しようと、齢16の俺の眼球はそれを見続ける。見入ってしまう。
「はっ…あぁ…ぁぁぁぁっ。」
ふと目に入ったのは巨影の食っている人間だ。見間違うはずの無い、俺達の母さんであった。俺の心の奥底にはこの時、背中に背負う妹がこれを見なかった事に安堵していたかもしれない。しかし、この時の俺は心の表面に溢れた、恐怖と不快さ、そしてそれを凌駕する憎しみによって溢れかえっていた。
「いやっ…待てっ!その人は…その人だけは!」
例えその巨影が食べなかったとしても、もう助かるはずもない。そんな事は分かっていただろう。しかし現実を受け止めようとしない俺はそれを…………………………まだ生きていると勘違いしようとした。
グチャッ!
「!!!」
声にならない音が俺の脳内を代弁する。嗅覚がその匂いを捉えた。視覚がその光景を焼き付けた。聴覚がその音をインプットした。味覚が感じるはずの無い味を体感した。そして触覚が咀嚼する度に震える空気を感じ取った……持てる五感の全てがその光景を逃すまいと有り得ない冴えを見せる。撒き散らす血も、時折見える歪に飛び出た白い骨も、そしていつも笑っていたその顔が朱に染まり、醜く歪む様さえも……全て…全て。
「ァァァァァァああああああああぁぁぁ!」
気づけば発狂していた。後ろの妹など気にする事さえなく、唯その光景に……打ちひしがれた。
バサッ!
「あァ?」
何かがはためく音。考えるまでもない。あの巨影だ。傲慢に、強欲に俺達から一瞬にして奪った生物は翼を広げ、羽ばたく。その時に漸く理解した。俺たちの日常を取り上げ、思い出さえも残さず消し炭にしたのは……
あまりにも強大な、黒龍だった。
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