お調子者キャラな俺でも、真剣にこの子を好きになってもいいのだろうか。



「ほら、飲んでちょ」


「……どうもです」



 事情を聞くよりも先に安全なところに逃げたほうがいいというのはなんとなくわかっていたので、とりあえず俺の家までねこちゃんを連れ帰った。

 彼女は相当疲れていたのか、こたつに足を突っ込んで眠そうな顔をしていた。

 出されたホットミルクをズズズゥーと飲んで、ぼんやりしている。



「わたしにやさしくしてもえっちなことはさせてあげませんよ」


「いきなり何を言い出すんだ……君は」



 口を開くなり、突飛なことを言い出すもんだから呆れてしまった。

 噂どおりぶっ飛んだ女の子である。



「お金を払うっていうのならいいですけどね?」


「払いません」



 彼女はにやにやと笑って親指で円を作っている。

 あまりこの子のペースに振り回されたらいけないというのは、あの時の経験で理解していた。


 彼女は寂しがり屋のかまってちゃん。

 誰かに依存しなければ生きていけない甘えん坊。

 地雷まみれのメンヘラ少女。



「自分を安売りするのはよくないぞ」


「せっきょーですか」


「せっきょーです」


「先輩づらしないでくれます? あなたとのかんけいは“あのとき”におわったんで。ちょっと助けたくらいで懐かれると思ったら大間違いですよ。あまり女の子を舐めないでくれます?」


「落ち着いて。情緒が乱れてる。飴あげるから怒らないで」


「しょーがないですねー。ゆるしてあげます」



 テーブルの上にあった駄菓子屋の飴をあげると彼女は目をきらびやかせて「はむっ」とそれを食べた。

 ほっぺたを左右に動かしている。

 あざとかわいすぎる。



「怖くないのか。あんな場所で生活してて」


「もうなれました」


「慣れちゃダメだ。早く外の世界へ戻ろう」


「子供扱いしないでくれます? わたしもう21です。あのころみたいに子供じゃないですから」


「まあ……そうか」



 白いもふもふのニットを着て、彼女は大きくなった胸を膨らませながらプイと拗ねた。

 きっとこの仕草などが男を勘違いさせてしまうのだろう。

 とんでもない悪女である。



「あの男は誰なんだ」


「しつこいなんぱやろうです」


「家に帰らなくていいのか」


「おうちはありません」 


「お母さんとお父さんが心配するぞ」


「もう“ぜつえん”しました。わたしはひとりぼっちです」



 飴を舐めながら冷めた口調でそう言って、彼女はテレビのリモコンを勝手に触って、チャンネルをいじり始めた。

 本当に好奇心旺盛なただの子供である。

 この子はきっと素直なだけだ。それを利用してきた大人たちが悪だっただけ。こんなことでお金を稼いでいたら、彼女はいつか壊れてしまうだろう。

 いや、既に壊れているのかもしれない。



「寂しくないのか」


「もうなれました」


「俺がそばにいてやるぞ」


「へへっ、パパ活のおじさんと同じこと言いますねー? 先輩も結局、えっちなことがしたいだけかー。しょうがないなぁ」



 ねこちゃんが俺の膝の上に寝転んでくる。にゃんにゃんと甘えてくる。こうしていれば男が喜ぶとでも思っているのだろう。童貞の理性の強さを舐めてもらっては困る。



「真面目な話をしてるから。とりあえず離れて」


「ねこ……さみしぃ。なでなでしてっ」


「……いいから」


「なでなでして?」



 ジーッと見つめられる。その瞳の奥は真っ黒な深淵で覆われていた。どれほどの闇を経験したのだろうか。

 到底、自分には想像もつかない。


 静かに頭を撫でると彼女は「にゅー」と謎の声を出して足をばたつかせた。

 冬なのにミニスカートである。

 髪がふわふわと踊っている。



「なでなでしてくれなかったら、怒ってこの家から出て行くところでした。見事正解の行動をしましたね」


「……君は気分屋すぎる」


「ふふーん♪」



 ダメだ、この子と一緒にいるとなんかやけにムラムラしてくる。とんでもない色気を放っている。

 どうすればいいんだろうか。


 どうやら童貞にはこんな子を匿おうだなんて難易度が高すぎるみたいだ。

 というか、誰であれムリじゃないか!?



「でもせんぱいカッコよくなりましたね」


「嘘をいえ」


「ホントですよ。腕の毛もちゃんと剃ってるし、ぽっちゃりだったのにきちんと痩せている。いいかんじ!そのちょーしです」


「そ、そうか……ありがと」


「あと顔がカッコよくて身長が高ければわたし好みだったんですけどねー」


「……(うるせえ犯すぞ)」



 ねこちゃんが立ち上がってクルクルと俺の前を回り出す。ふんふんと鼻を動かして匂いをかき出した。

 一応、シャンプーとかにも拘り出したので汗の匂いなどはしないはずだ。



「ま、及第点ですかねー」


「……なんのだよ」



 呆れて笑うと、彼女も笑った。

 辛い経験をたくさんしているはずなのに、彼女はいつでも純粋で明るかった。そしてとても可愛かった。

 男ならきっと誰しも夢中になることだろう。

 とんでもないビッチで地雷メンヘラだということを除けばだが。



「これからどうしたいですか」


「どうしたいって?」


「もー、優柔不断なところは変わっていませんね。わたしはお家がないのでここに住みたいと思っているんですけど、先輩はどうしたいですか」


「もちろん住んでほしい」


「うぇーい」


「一緒に住もう。ねこちゃん」


「うぇーい。言うようになりましたなー。成長しますねー、人間も。でも先輩のその言葉、先月パパ活の常客に言われたセリフといっしょです。鼻の下伸ばす感じも」


「……」


「いいこーいいこー」



 頭を撫でてくる一個下の後輩。

 よ、よせやい! 照れるやないかい!



「まあ、来年から職に就くし、この家わりと広いし、なんとかいけると思う」


「おおー。いっぱいイチャイチャできますねー」


「お、おう!いっぱいイチャイチャできる……!」



 たぶん否定したら怒ると思うので、ここはノリに乗っておいた。感情的になるとよくない。今後はねこちゃんの説明書を作っておかなくては。



「にんげんかいはひどくつかれます。好きなひとといっしょにおねんねして、いちゃいちゃするだけで毎日が過ぎればいいのに。でもそれってワガママなんでしょうね……」


「ワガママじゃないよ。どうやって生きるのかはその人の自由だから」


「よかったです」



 ねこちゃんがあくびをしながら天井を見上げた。

 目がとろーんとしている。



「こたつで寝るとやけどしちゃうぞ」


「大丈夫です。ねこはあついのもさむいのもこわいのもなれました」


「慣れるとかそういうんじゃないから。ほらおいで。ベットいこ」


「……襲う気ですか? つかれてるからあんまりできませんよ」


「襲うかー! 人を隣村のゴブリンみたいに言うなー!」



 彼女を抱き抱えてベットまで下ろす。

 眠気なまこを擦りながら、彼女は静かに笑ってた。



「となりむらのごぶりん……ふかくにもわらってしまった」


「不覚じゃねぇわ。俺はおもしろの浜松だから笑わせて当然よ!」


「おもしろの浜松……ぷぷっ。なんだそれはー」


「あのな、五年経ったんだ。面白さレベルも格段に上がってるぞ。言っておくが、俺はYouTubeでチャンネル登録者数5000人いるんだからな!」


「すごいすごいー。でもわたしはライブチャットで二万人集めましたけどね。わたしのかちー」


「そっちはエロで釣ってるだろー。こっちは実力だぞ!」


「いろけはおんなのぶきですよ?ばーかばーか」



 生意気な顔でそう言ったのでくすぐってやった。

 彼女はなんだか楽しそうだった。


 しばらく見つめ合っていると、彼女が不意にキスをせかんできた。

 俺は少し、いやかなり照れながらおやすみのキスをした。



「ねこはねむたくなってきました……きょうはここまでです。つづきはまたあしたね」


「……お風呂に入らなくていい?」


「んんーっ。だいじょぶ」


「おやすみ」



 もう一度キスをする。


 数秒もすると彼女はすやすやと寝息を立てていた。

 相当疲れていたのだろう。


 俺も明日が早かったので、シャワーだけ軽く浴びて、歯磨きをした。

 髪を乾かし終える頃には、ねこは既に眠っていた。



 、、、



 この関係が一体なんなのかはわからない。

 だが、それでいい。

 この関係を言及したらきっと彼女は拗ねて俺からまた離れてゆくことだろう。

 それはしたくない。野暮だ。


 前途多難になることは間違いない。

 メンヘラなこの子と共依存になるかもしれないし、二人で仲良く堕落していくのも確実だ。快楽の獣と成り果て、が作業になったとき、俺は彼女を鬱陶しいと思わずにいつまでも仲良くやっていけるだろう。


 ああわかっている。

 これは転機だ。俺の人生の転落がここから始まる可能性は大いにある。

 だからこそ先のことなんて考えないようにしている。

 若さを言い訳にして。


 だがそれは間違いなのだろうか。

 一度きりの人生において、好きな人と一緒に過ごそうと思うことは現実からの逃げなのだろうか。

 余計なプライドを持って「自分はこうだ」と身を固めて、相手を信じず、先入観で決めつけて、最初から手を差し伸べることをせずに独りでいることにこだわっていれば、きっとそこには後悔しか残らないと思う。

 どんな出会いにも必ず別れはある。

 なればその日を恐れるのではなく、二人で乗り越えていこうと思う。


 俺はねこちゃんが好きだから。

 世界中の誰よりも、この子を愛したいとそう思ってるから。

 余計な愛情の押し付けかもしれないけれど。



「すぅー……すぅー」



 赤ちゃんみたいな穏やかな寝顔を見ていると自然と涙が出てきてしまった。

 ずっと会いたかった。この子にずっと会いたかった。

 まるで今日は夢のようだ。


 俺はお調子者キャラの浜松敦。

 君に一度は飽きられて捨てられた男。


 だけどまた会えたね。

 お互いに色んなことがあったね。


 生きていくのはとても辛い。

 現実はとても非情だ。

 悪い大人たちがいっぱいいる。


 でも大丈夫だよ。俺が近くにいるから。

 君をきっと笑わせてみせるから。


 もう辛い思いも寂しい思いもさせたりはしない。

 俺はパパ活のおっさんにも負けたらなんかしない。


 一緒にまたミルクを飲もうね。



 顔もブサイクだし、

 身長も低いし、

 お金もないし、

 力も勇気も覚悟もないし、

 ニキビはあるけど、



 だけど、もしも、本気で、本気でこの子を


 真剣にこの子を好きになっていいのなら──




「……せんぱい?」




 彼女がパチクリと目を開けた。



「おっ……。ごめん起こした?」



 すぐに目を伏せると、彼女が手を伸ばした。

 俺の涙を優しく人差し指で拭き取る。



「泣かないでくださいよっ。先輩が泣くと……わたしもつらいです」



 彼女も目を赤くしだす。鼻息が荒くなる。



「なんでっ……ねこちゃんも泣くんだよ」


「先輩がっ、先に泣くからっ……!」



 二人で泣きながら、おでこをごっんこさせた。

 泣いてるのがなんか不思議で笑ってしまった。



「大好きだよ、ねこちゃん。もうどこにも行かないでおくれ」


「へへっ、それは約束できませんよ? だってねこは、寂しがり屋で、甘えん坊で、泣き虫で、気分屋ですからっ」



 ぺろっと舌を出して、彼女は笑った。

 そう、それでこそ彼女だ。



「じゃあ、おやすみ。ねこちゃん」


「おやすみ、先輩。またあした」




   「「 メリークリスマス 」」





 ──結。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クラスではお調子者キャラな俺でも、真剣にこの子を好きになってもいいのだろうか。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ