迷子の迷子のねこちゃん。



「ぐすっ……ぐすっ……最高でしたぁ」


「ああ……ありがとうございますっ」


「浜松さんの歌むっっっっちゃ心に響きました!」



 歌い終わって片付けをしていると、女子高生たちが握手を求めてきた。

 ご時世もご時世だが手袋をしていたのでそれでいいか、と握手をした。


 女性になにかを求められるという経験がなかったので、とてもびっくりした。



「か、かっこよかったですぅゔ〜」


「あ、ありがとう……」


「すごい泣きました!!私も彼氏と別れたばかりだったので頑張ろうって勇気をもらえました!!」


「それはよかった……」



 照れながら笑うと彼女たちに一緒に写真を撮るようにせがまれた。

 変な顔をしてると泣き笑いしながら背中を叩かれた。

 

 女の子に触られるという経験がなかったので、とてもびっくりした。



「歌うのやめないでくださいねっ」



 そう手を振って、彼女たちは去っていった。

 真冬の12月24日。時刻は22時過ぎ。寒いので早く帰ろう。


 ギターケースを担ぎながらはぁと白い息をこぼしていると──



「はなしてくださいっ!!」


「来いって言ってんだよ。オレの言うことが聞けねぇってのか!?この売豚がァ!」



 路地裏のほうから男女の言い争うような声がした。


 ×××



「や、やめてっ……!こわい!」


「人を散々コケにしやがって。てめぇタダで済むと思うなよ……コラ」



 風俗街が近くにある以上、こういった争いはたまに見かける。だが、ここまでハッキリと女性が弱々しい声をあげながら、男性に暴行を受けようとしているケースはあまり例を見なかった。

 すぐに警察に通報したほうがいい、そう思ってスマホを取り出そうとして、身体が固まった。


 色白で、髪が短くて、アイラインが濃いめの女性。

 その声に聞き覚えがあった。

 俺はその人を知っていた。



「……だ、誰か、たすけて」



 彼女が髪を引っ張られて、奥の路地へと連れ去られようとしている。

 肩を震わせて、手を伸ばして、こちらを見ている。

 俺はグッと恐怖を堪えて、そこへと走り出した。


 たぶんきっと、確実にきっと、顔がカッコいい男ならばここでスマートに助けることができるのだろう。

 でも俺にはそれができない。

 何故なら顔がカッコよくないからである。


 もしもここで余計なことをしたら、もっと危ない目に遭うかもしれない。

 完全なる部外者であることは周知の上だ。

 何もしないのが得策だというのは理解している。

 お節介だということも。


 俺は顔がカッコよくない。

 ショー先輩のようになれやしない。


 だけど、

 だけれど、



 泣いている女子をほっといて逃げ帰るような──そんなダサい真似は、死んでも出来なかった。



 ※ ※ ※



「事情はよくわかんないですけど、嫌がってるんでやめたほうがいいと思いますよ」


「あァン!?」



 俺はスマホを片手に撮影をしながら、ゆっくりと近づいていく。

 男はこちらに気付いて、彼女から手を離した。

 彼女がゆっくりと泣きながら顔をあげる。



「あんちゃん、あんまりこういうのに口を挟まんほうがええ思うで。男女のいざこざってのはいつの時代もあるからなァ」


「いざこざってレベルを超えてるでしょw」



 煽りながらゆっくりと近づく。スキンヘッドの男が俺を睨みつきながら見ている。

 睨まれて怖くなったのでポケットに入っていたグラサンをつけた。

 これなら怖くない。



「なにしてんねん」



 ……。



「ふざけとんちゃうぞコラ」



 ……。



「お前アレやな。ようあそこの駅前で歌ってるヤツやな? 毎日やかましくてウザい思ってたからちょうどええわ。こっち来いや、ヤキ入れたるわ」



 (バレてた……)



 スキンヘッドの男が近づいてくる。彼女は腰を抜かしたのかその場から動かない。高そうなバッグを手にポカンとしている。早く逃げろっての!!



「ただで済むと思うなや、こら」


「そんな……時代も時代なんで安くしてくださいよ」


「舐めたこと言うとんとちゃうぞボケ」



 彼女は全く動かない。

 段々と腹が立ってきた。


 男が近づいてくる。俺を殴れる距離にまできたときだった。胸ぐらを掴んだ瞬間に、俺は叫んだ。




「逃げろぉおおおおおお!!!!ねこちゃん!!!!」




 ハッと彼女が目を開いた。

 スキンヘッドの男が「うっさいねん!!」とそのまま押し倒してくる。

 俺はひたすらに彼女を目で追った。


 男もそれに気付いたのか、すぐに振り返った。

 ねこちゃんが立ち上がる。

 男が走り出そうとしたとき、俺は足を駆使してヤツを転ばせた。

 腕を振り払って、彼女の元に近づく。



「逃げるぞ。はやく!」


「え、え……なんでわたしのなまえを」


「知ってるに決まってる!君のことを忘れるはずがないだろう!何年も前からずっと覚えている!」


「えっと、、、、だ、だれ?」



「バカやろう、忘れたのか。この浜松様を忘れるなんたぁ大したもんだ。確かに痩せてカッコよくなったから気付かないのは仕方ないかもなぁ……」



 俺はグラサンを外して、彼女の手を掴む。

 こっちは覚えているのに、そっちは忘れてんのかよ。

 まぁ君にとってはどこにでもいる冴えない男の一人でしかなかったもんな。



「俺は“湘南のハマ“……人からはそう呼ばれているッ!!」


「しょうなんの……はま?」


 

 これは流石に覚えてないか。

 だったら!!



「本職はヒーローだ」





英雄ヒーロー……? え、もしかして、もしかして……」




「──君を助けにきたよ、ねこちゃん」




「……せんぱい?」



「YESアキト」



 迷子の迷子のねこちゃん。

 あなたの居場所は──お家はどこですか。


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