猫は人間のことを大きな猫だと思っているらしいけど、俺も猫のことを大きな俺だと思っているよ。



「ゴホ……エホ、ひ、ヒーローさんて」


 マスクを付け直して軽く咳払い。


「じゃあなんて呼べばいいですか?」


「何を……いきなり」


「はまっちゃん?」


「ゴホッゴホッ!」


 近くにあったミルクでなんとか流し込む。

 彼女はその様子をジーっと眺めている。


「おいしかったですよ。そのみるく」


「そ、そっか」


「わたしもすきです」


「そ、それならよかった」


 目を逸らす。

 人に食事シーンを見られると緊張してしまう。


「先輩とそのみるくはどうやってしりあったんですか」


 彼女がスカートを払って隣にしゃがみ込んでくる。

 近いですよ、後輩。


「このミルクとは長い付き合いですね……」


「といいますと?」


 彼女が近付いてくる。

 だから近いですよ。ソーシャルディスタンス!


「……」


 チューっとミルクを吸って一息ついてから


「……といいますと?」


 オウム返し。


「といいますと?」


 オウム返し返し。


「といいますと?」


「えへへ。と、いいますと!」


 オウム返し返し返し返し。


「言いません」


「あら」


 オウム返さない。


「きらわれてしまった」


 彼女は立ち上がって階段を降りていった。


 ×××


「じゃじゃーん」


 と思ったらまたやってきた。

 手にはパックのミルクを握っている。


「先輩がちゅーちゅーしているの見てたら、わたしもちゅーちゅーしたくなりました」


 彼女はそう言って、また俺の隣に座った。

 髪を耳にかけて目を瞑ってちゅーと吸う。

 吸血鬼みたいだ。


「先輩はなんでこんなところにいるんですか。ほこりっぽいのに」


 三角座りをして上目遣いをしてくる。


「なんでって……」


 そんなの決まっている。


「ほこりを主食にして生活してるから」


「あら」


 きょとんとされた。


「ほこりもちゅーちゅーしているんですか」


「ちがうよ。パクパクしてる」


「パクパク」


「そうパクパク」


「お腹こわしますよ?」


「丈夫だから平気なんです」


「さすがヒーローさん」


 パチパチパチと軽く手を叩かれる。



「ヒーローさんはかわってますね」



 ぐへ、という崩れた笑みしか出てこなかった。

 変わっているのは君も同じだろう。


 こんな俺なんかに話しかけてきてくるのだから。



「教室のときとはふんいきちがいますね」


「そうかね」


「今のほうが大人っぽいです」


「そ、そうかね」


「かねです」


 ほとんど初対面なのに思ったより会話が続いていることに今更気が付いた。

 自分でもびっくりしている。


「この前はありがとうございました」


「いえいえ……」


「こんなにおいしいみるくと出会えましたし」


「いえいえ」


「先輩ともあえました」


「……」



「さっきは肩まで触ってくれましたし」



 …………。



 なんだろうか。なんだかよくわからないが、とにかく恥ずかしい。


 なんだこれ、本当になんだこれ。


 おかしい。知らないぞこんな状況なんて。


 逃げ出してしまいたい。慣れていないから。



 冷静になれ。なるんだ浜松 敦!


 こんなのは気のせいに決まっている。


 なにか悪巧みをされているに違いない。


 俺は信じないぞ!



「えっと、それで俺になんの用……?」



 顔色を伺いながら尋ねてみる。


 彼女は「え」と身体を揺らした。



「用がないとしゃべりかけちゃだめなんですか?」



 口をポカンと。変な顔。


 返答に困る……。



「えーっと……」



 どうしようかな。よし、こうなったら……。




「あ、そろそろ授業が始まる! そろそろ戻らなくては!!」




 立ち上がって、腕時計をみるふりをする。




「じゃあね、名前も知らぬキミ! さっきは肩を触ってしまってゴメンね! セクハラとかで訴えられるとおじさん学校いられなくなっちゃうからやめてね! お話してくれてありがと! バーイ☆」




 そそくさとその場を去ってゆく。


 背後からは小さく「にげた」という音がした。


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