#4 犬猫男

結局、ホーコを連れていくことにしたアダムスキーは馬車を売ることを考えたが、移動手段を早々に潰すわけにはいかないとして、取り敢えずなるべく王都から距離を置く為に走ることとした。


ホーコは荷台に俯いたまま座っていて、その隣にオロカがいる。


「なぁお主欲しいものはあったりせんか」

「だ、大丈夫です......」

「(あったとしてももう買えねェよ)」


オロカはあれでもコミュニケーションを取っているつもりなのかよく分からない質問を偶にああやって投げている。ホーコは凄く居心地が悪そうだ。


「(食糧どうするか考えねェと......)」


なんてことを考えながら町を抜けて野道を走っていると、突如馬車の前に人が現れてきた。


「ウッ!?」


咄嗟に手綱を引っ張って急ブレーキをかける。ここはかなり見渡しの良い野道。轢く寸前まで気付かないなんてことは......。


「何だお前危ないだろ!!......って、お前」

「......」


アダムスキーはその人物に見覚えがあった。......ドッガー・キャットマン。教会にいた白ずくめのアイツだ。


「見つけた」

「え」


ドッガーはいつの間にか握っていた身の丈程もある大きな鎌で、馬車を引いていた2頭の馬を1振りで両断した。


「うわっ!?」

「!?ホーコ、隠れていよ」


ホーコは状況を呑み込めないままオロカの背後に隠れ、アダムスキーは咄嗟に処刑の時からそのまま持ってきていた剣で反撃に移る。が、ドッガーは何の問題も無く鎌で受け止めて見せた。


「(コイツ、強いぞ。だが1人、勝機はある)」


アダムスキーは後退してドッガーと相対する。ドッガーは非常にリラックスしているようだ。


「.....俺、『護教騎士団』のドッガーだ」

「護教騎士団だと?」


護教騎士団。水の国に本部が座する騎士修道会。国家権力とは独立し、異教徒との戦いを主にしている筈の組織だが。


「まさか国と手ェ繋いでたとはな......」


アダムスキー達を追っていると言うことは、そういうことだ。


「君が今更知っても大差無いことだ。それよりもさ、」


「それ、何で殺さないの」


「......『それ』、だと......?」

「君の仕事だろ。罪人の首を刎ねるのが」

「うるさい。......俺が決めたことだ」

「......そう、じゃ、君も死んで良いよ」


ドッガーは瞬きの内に、消えていた。


「はッ!?」

「アダム後ろじゃ!」


ガキンッ!


アダムスキーはオロカの咄嗟の助言で背後から鎌で首を取られる未来を回避出来た。更にオロカによる火炎攻撃が行われたが、それがドッガーを捉えることは無く、又もやいつの間にか別の地点にいた。


「(最初の唐突な出現、いつの間にか握ってた鎌、消えたかみてーな接近と回避......)」

「お前、異法使いだな!?瞬間移動してるだろ!」


ドッガーの今までの有り得ない挙動も、魔法と違って類稀なる才能にのみ授けられる異法に因るものとすれば一発で説明がつく。突然馬車の前に姿を現したのも、異法を使って手当たり次第に瞬間移動しまくながらアダムスキー達を探していたのだろう。


「......さすがに分かるか。今まで俺の異法を理解することなく旅立った奴らがいたもんだから感覚が麻痺るんだよ。異法は、その人にしか用意されない、正に唯一無二の代物。だから皆一様に名前を付けたがる。俺もその1人。俺の異法は、座標と座標を繋いで物体の瞬間移動を実現する。名付けて『楽園夢見るべしインサイド・ダークパーク』」


ドッガーは瞬間移動して手を伸ばせば届く距離にまでアダムスキーに接近する。今度は真正面。伸ばすのは手ではなく鎌だ。


「ぐあッ!?」


アダムスキーから血飛沫が咲き、ドッガーの白い衣装を赤く染める。ドッガーは離れた位置で鎌を振り翳し、降ろす直前で瞬間移動してしまえば良いのだ。それで大抵の勝負は唯の狩りと化す。避けられる訳が無い。


「どうしたの?大方数では勝ってるから勝機はあると思ってたんだろうけど、すまないね。だからあのショボい火花みたいな魔法を無視して君だけを相手にしてるんだ」


ドッガーは度々繰り出される火炎を一切相手にすること無く、瞬間移動を幾度となく繰り返しながらアダムスキーに鎌を振るい続けて衣装の赤の面積を広げていた。オロカの方ももっと魔法を使って援護をしたいところなのだが、ドッガーとアダムスキーの距離が近すぎる余り、満足に戦えないでいた。かと言って動くことも出来ない。ホーコから離れて彼女が人質に取られようものなら事態が悪化するだけだから。


「......オロカさん、提案が有ります。」

「......何じゃと?」


口を開いたのはホーコだった。


「でも良かったじゃあないか。そんなになってまで殺したくなかったらしいあの獣人が死ぬ様を見ずに済むんだから」

「(くそ......超強ェ......勝ち筋が見えない......)」


身体中傷だらけで満身創痍のアダムスキーに対し、全くの無傷。この場に観客がいたとしたら、誰もが同じ勝者を予想しただろう。


「そろそろ終わろっか。大丈夫。きっとあの世で仲良く幸せになれるって」


ドッガーは鎌を振り翳した。そして振り下ろそうとしたその時、


「待てぇい!この童がッ、どうなっても良いのか!!」

「た、助けてぇっ......!」


オロカとホーコが声を荒げた。見ると、オロカがホーコの首に獣人らしい鋭い爪を添えていたではないか。


「......えぇ?」


少し考えれば演技と分かる。だがしかしドッガーが思考を完結させるまでのコンマの領域、ほんの一瞬の時間の内に、アダムスキーは2人の真意を理解し、そしてドッガーの腹を剣で切り裂いた。


「おッ!?お、おおおおぉぉぉおぉおおおおおおおぉぉ............???」


意識の領域外から喰らった攻撃に悶えている最中、アダムスキーは即座に2人を連れて近くの川に飛び込んだ。


「こ、このッ......」


痛手を負った上で彼らを見失った以上、ドッガーに撤退以外の選択肢は無かった。


ーーーーーーーーーー


「ハアッ!ハアッ......痛ェ、痛えええええッ!!!」

「だ、大丈夫ですか!?」


下流。痛みに悶えるアダムスキーにホーコが駆け寄る。


「ヤバいかも......。それより、助かったよ。良い作戦だった」

「ホーコの提案じゃ。傷の手当をせんと......。馬車も荷物も置いてきてしまった......」

「......良いよ。こんなことになるんだったら馬車も売っちまえば良かったな」

「......すまん。妾のせいじゃ。妾がわがままを言ったばかりに......」

「気にすんなよ。あんなんが出来る奴だったらどうせいつか当たってた。それに、ホーコの作戦のお陰で助かったんだろ......」

「......」


つづく

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