第1章 水の国

#1 どの世界の為?

その日、王都はいつにも増して喧騒に満ちていたが、理由は考察の必要性を感じない程明白であった。


「まだ始まらないのか?もう待ちくたびれたぞ」


高台を囲う群衆を下に、ある男もその時を静かに待ち構えている。その男の名は、アダムスキー。職業、死刑執行人。今日は、革命と添い遂げた『水の国』の民にとっての一大事。


前国王の処刑。


そしてその王の首に刃を振るう役目が、アダムスキーに与えられた。故に、彼は今群衆を高台から見下ろすことが出来るのだった。


「(多分暴れてるのか。罪人が抵抗していれば予定より多少遅れることはあるが、皆いつにも増してピリピリしてるのは罪人が罪人だからだろう......)」


すると、群衆が一斉に心からの怒号と罵声をある一点に注ぎ始めた。王が来たのだろう。アダムスキーはそう思い、極限まで熱狂する群衆の上にて、王の最期の生き様を目に焼き付けようと振り返った。


「......陛下」

しかし王はアダムスキーの予想に反して誰よりも毅然とした態度で彼と顔を合わせた。一体どうしてここへ来るのが遅れたのかアダムスキーを再考に至らしめる程、革命の前に敗れ去り底辺まで落ちぶれた男の末路とは到底思えない程、王に相応しい出で立ちだった。


「......残念です」

「アダム、我が生涯最期の言葉を聞け」


「次の王は信用するな」


ーーーーーーーーーー


王の処刑から数日後、未だに熱が冷め切らない水の国にて、アダムスキーを呼ぶ声がする。


「おーいアダム!お前こんな所にいたんだな。探したぞ」

「何だ何だどうしたんだ、ペンタグ」


ペンタグと呼ばれる男はアクセサリーなのか医者アピールなのか、首からペスト患者の応対に使われる鳥のようなマスクをぶら下げている。そんな常人なら確実にやらないであろう真似を常々しては周囲を困惑させる彼が、何かと敬遠されやすい職業のアダムスキーの数少ない友人なのだ。医者としての腕は議論の余地有り得なく、一流なのに。


「お前医者の仕事はいいのか」

「大丈夫大丈夫。新しい王になって『魔法』や『異法』の規制が緩くなったから、大分余裕が出来てさ」


......この世界には魔法・異法と呼称される2つの超常的要素が存在する。魔法は読んで字の如く、火や水といった自然的概念を無から生み出せる技術。努力次第で誰でも身に付けることが出来る。それ故アダムスキーらが暮らす水の国では、以前まで一般人が魔法を安易に行使しないよう厳しい規制が敷かれていた。そして異法は、魔法の域すら逸脱した御技が括られる。これは才能に因るケースがほとんどだ。


「そんで頼みがあるんだけど」

「はぁ、何度も言ってるだろ。確かに俺は仕事柄ちょこっと医学も嗜んでるけど、本職のお前に教えることなんか無ェよ」

「違うんだ!俺ん家の食糧が知らない内に減ってんだよ。助けてくれ」


ーーーーーーーーーー


その日の夜、アダムスキーはペンタグの家に来ていた。ペンタグの家が大きいのは彼が腕の立つ医者だからだとアダムスキーも分かっていたが、どうにも腹が立つ。


彼曰く、食糧は以前から覚えの無い早さで減っていたらしい。すぐに応援を呼ばなかったのは犯人を泳がせて油断を誘う為だと。ペンタグの作戦がどう転ぶかは分からないが、自分に何かと良くしてくれる彼が1週間で1ヶ月分の食糧を贄にしてまで犯人を捕まえようと躍起になっているのだから、アダムスキーが無下にする理由は無かった。


「(正直一人は心細い......。アイツがいてくれたら良かったんだが、急患なら仕方無ェか......)」


アダムスキーは一人で暗闇の食糧庫に身を潜めている。死刑執行人の彼でも恐ろしい物はあるし、何なら今まで殺した罪人がこの場を良いことに化けて出るのではなかろうかと身を震わせてすらいた。


「(......そう言えば、次の王は信用するなってどういうことなんだろうな)」


王の遺言を思い出す。現国王が戴冠してからまだまだ数日だが、アダムスキーからしても特に問題は見当たらない。そう考えを巡らせていると、


ガサッ


「!」


息を飲み、持参した棍棒を握り締める。暗闇でよく見えないながらも頑張って様子を伺うと、何やら怪しい人影が食糧が入った麻袋を持って行こうとしているのが見えた。この暗闇でもあの手際の良さ、常習犯に違いない。コイツだ。


こっそり後ろから殴り倒そうと近づくと、人影はアダムスキーに気付いたのか、一目散に逃げ出してしまった。


「あ!耳が良いのか!?待て!」


ーーーーーーーーーー


人影を追いかけて食糧庫の扉を開けた瞬間、待ち伏せしていた人影に麻袋で殴られてしまった。不意を突かれたアダムスキーは思わずよろけてしまうが、足を踏み込んで棍棒で殴り返すのに成功した。


お互い一発ずつダメージを被り、かの人影は今にも逃走しようとしている。そこでアダムスキーは、


「お前、俺と違って綺麗な黒髪だなァ!『花の国』辺りから来た浮浪者って所か!?頭のデケェ耳がよく目立つぜ!」

「......!」


花の国は水の国からかなり離れた島国。人と獣が共存する独自の文化で繁栄したとアダムスキーは聞いていた。何故わざわざここまで訪れて盗みを働いているのかまでは分からなかったが、どうやら図星らしく、月光に照らされた黄金色の双眸が彼を睨んでいる。


「俺ァ国家に属してる人間!お前の顔は覚えた!逃げても無駄だぜ!捕まりたくなかったら俺ンこと始末するしか無ェなァ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」

「............」


そう叫びながら再度人影に棍棒を振り下ろす。理屈が破綻しているのは承知している。だが、人影は油断しきっていた所、とうとう尻尾を掴まれて焦っているまま棍棒で殴り掛かられているのだ。果たして正常な判断が出来ようものか。


......すると、人影は何かのハンドサインを行った。あの月光では未だ動作の全容を量ることは不可能だ。


が、アダムスキーは理解していた。これは、予備動作。


「......魔法かッ!!」


刹那虚空から放たれた火柱を、精一杯身体を捩らせて回避する。花の国は元々魔法に寛容な国。故に、水の国の民よりも質の高い魔法を扱えるのだ。


人影は火柱に照らされて漸くその姿がハッキリとなる。


「やっぱお前女だったんだな。魔法はお見事だが、腕っ節の方はどうかな」


アダムスキーはあくまでも棍棒に因る近接戦闘を選んだ。攻撃手段がそれしか無いのも大きいが、獣人の女がド派手な炎系の魔法を行使する以上、至近距離でそれを使えば、本人もダメージを被る場合が生まれる。


故に女は距離を取り続けなければならない。女は火柱を辺り一面に放ちまくり、アダムスキーの接近を阻む。


「ぐッ......食い物泥棒隠滅する為に何をそんなに必死になってんだよ......。煽ったのは俺だけど」


彼の左腕はその内1柱にあてられて火傷を負ってしまった。しかし女は火柱の勢いを緩めない。


「(魔法も極めれば底無しになるのかねェ......)」


今の今までまともな魔法の習得すら許されていなかったアダムスキーからすれば、今眼前を支配する光景は神の御技にすら見えた。


......だがしかし、彼の戦意も同様に燃え滾っていた。理由は彼自身にも分からないが。


「面白いなお前。名前は?」

「......どうせ死ぬから教えてやろう。オロカ」

「OKオロカ。俺はアダムスキー。アダムで良いぜ」


アダムスキーは棍棒を振り翳し、オロカは掌を翳す。両者は決着を付けたがっている。彼我距離はおよそ7m。オロカが断然有利だ。にも関わらず、アダムスキーは接近しようとしない。依然、棍棒を、翳したままだ。


「(恐怖で気でもおかしくしてしまったのか)」

「すぐ終わらせてやろう」


ゴオオオオオオオオオッッ!!!!!!


轟音、そして一種の憐みと共に、とうとうアダムスキーへ強大な業火の花が手向けられた。


しかし、それがアダムスキーに献花されることは無かった。


「......?」


明らかに感じなかった手応えの行方をオロカは探す。だがその必要も無かった。


向こうから来たのだから。


ベキィッ!!


そしてオロカは殴られていた。


「(速い......ッッッ!?!?)」


棍棒がへし折れる程の威力。炎で周囲が照らされていたといえ真夜中で目標の頭部を正確に捉える精密性。オロカが一度見失う程のスピード。王の断頭を任せられる腕に、疑いの余地は有り得ない!


幾度となく繰り返してきた断頭のノウハウ全てを乗せた完成されし一閃!


「......だがッ、残念ッ、じゃったなァッッッ!!!!!」

「!」


......棒切れ同然の棍では些か決め手に欠けていた。頭から鮮血を流すオロカの掌に光が収束する。


ダメージ覚悟だろう。この距離では避けられない!


「妾の勝ちじゃ!」


今正に、光が具現化して、アダムスキーを焼き焦がさんとした、その時、


「いや、悪いな。俺の勝ち」

「えっ」


ズバアアアアアンッ!!!!


突如として横槍を入れてきた数多の魔法攻撃に、オロカは状況を理解する間も無く、吹き飛ばされてしまった。


ーーーーーーーーーー


「......よう。お勤めご苦労さん。花の国からの浮浪者だ。お前らのお陰で助かったぜ」

「全く。普段は有り得ない規模の魔法が使われているとなって来てみれば、まさかその棒切れで戦っていたのか?無謀が過ぎる!我々警備兵が来るのが少しでも遅れていれば死んでいたんだぞ!?」

「悪かったよ......。それより、コイツどうすんの?」


アダムスキーと警備兵達の傍には、気を無くしたオロカが転がっていた。


つづく


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