黒い剣のノクターン 〜修道女は王立騎士団で奮闘する〜

イオリ

運命のいたずら

プロローグ

 森に囲まれた山の上。鬱蒼とした空間にぽつんと建つ、木造の古びた家。周りに他の民家はなく、小鳥のさえずりと深緑の茂みに隠れて動く小動物の物音が辺りを取り巻いている。

 時折吹きつける葉風はかぜが採光の乏しい世界で不気味にざわめく。どこからか聞こえてくる川のせせらぎ。湿った土の匂いがする。


 通報を受けた誘拐事件の、本拠地と推測される場所だ。王都では3週間前から富裕な商家を中心に幼い子供がさらわれており、その都度身代金を要求されている。

 慌てて犯人の要望通りに金を払った親もいたが、子供は1人も戻っていない。それどころかさらに倍額をゆすられるという非常に悪質な手口を働かれており、人質の安否が危ぶまれている。


 被害者の聞き込みから容疑者と思われる人物を絞り、入念に捜査した結果、足取りが明らかになった。ゆえに事件を担当する王立騎士たちが、その周囲を張っている。


 動物たちの作る音に紛れて、草叢くさむらを掻き分ける静かな靴音がした。砂色の髪の青年がそちらをそば向くと、浅黒い肌に金の長髪を背に流した若い男性が現れる。


「イグ。木登りお疲れ様」

「遊びみたいに言うんじゃねえよ」


 砂色の髪の青年に茶化すようにねぎらわれた若者は、強面こわもての顔をしかめる。そして声をひそめて、たった今視覚で仕入れた情報を流した。


「窓を覗いた感じ、家ん中にいるのは4人。うち2人は人相書き通りだ。子供は見当たらねえ。死角にいんのか、地下があって転がしてんのか、よそに置いてんのか、もしくは……」


 鋭いというより単に目つきが悪い藍色の瞳が、頭ひとつ分低い身長を見る。そこにはこれから血飛沫が飛ぶであろう状況には場違いな、修道服姿の若い娘が立っていた。胸元で揺れるロザリオを握り締め、真剣な表情で建物内部の様相を聞き入っている。


 彼女の細い肩に、骨張った手が置かれた。見上げると、黒い眼帯を隠すように前髪の左側を長めに伸ばした補佐役の青年が、気遣わしげに眉根を寄せている。視力を失い、戦いの生々しい傷痕が何年経っても残っているという左目は、騎士の過酷な生き様を常に彼女に刻みつけていた。


「突入は分隊に任せるつもりですが、どうします?」


 総轄長そうかつちょう、と彼が娘に呼びかける。その肩書は、彼女がこの場で最も重要な人物であることを表していた。

 このような捕り物の現場に王立騎士団の最高位が出向くことは通常、ない。ましてや彼女を支える補佐官と第一騎士団長、第二騎士団長がそろい踏みするなど。異例の事態である。現に後ろで控えている担当分隊は、上官が4人も出張っている光景に顔色を悪くしている。


 経験の浅い――――ついこの間まで信仰生活に身を捧げていた修道女に実践形式で騎士の仕事に慣れさせようと、補佐官が提案したものである。随分な荒療治で、事件を円滑に解決したい分隊にとっては勘弁願いたいが、ここまできたら諦めるしかない。直属の上司である第一騎士団長が監督と称して同行し、なぜか第二騎士団長までしゃしゃり出ているのは意味不明だが。

 4人はそんな部下たちの動揺を気にすることなく話を進めた。


「誰か追加しますか?」

「ディナダンさんです」


 予想外にも意見した娘の発言に、名を呼ばれた砂色の髪の青年はおや、と背筋を正す。


「皆さんの身上書を読みました。ディナダンさんは弓矢やナイフを投げるのが一番得意みたいですね。あの建物、狭いので普通の剣だと戦いにくいと思います。ナイフなら家の中でも大丈夫かなって」

「なるほどね」

「どれくらい使えますか?」

「隙間があればどこでも。指定してくれたら確実にそこ当てるよ」

「じゃあ首から下で、致命傷にならないところをお願いします。子供たちの居場所を聞かないといけないので。今までの話だと、商家に出入りしていた不審な方々は護身用の短剣を身に着けているとありました。使い慣れているかもしれません。くれぐれも気をつけてください」


 容疑者は新興の交易商を名乗る2人組の男で、被害を受けた家は彼らと取引をしていた。だが詳しく調べても彼らにそんな事実はなく、ただの賭博狂でしかなかった。贔屓ひいきの賭場に行っては大金を賭けて大損するので、どこにそんな資金力があるのか胴元も不思議がっていたようだ。


「了解」

「扉が少しでも開いたらナイフを投げてください。犯人の方々、びっくりして動けないと思います。あとは突入で。子供たちがいたら、すぐ保護してください。表に出ているおふたりのほかにもう2人いるなら、そちらが子供たちを監視しているかもしれません」


 すらすらと己の考えをそのまま指示に下す彼女に青年たちは目を丸くする。ここまで判断するとは思わなかったのだ。

 皮の厚い、大きな手が娘の髪を撫でる。


「合格」


 色香の乗った唇をにやりと吊り上げ、砂色の髪の青年は分隊とともに意気揚々と家に向かった。

 彼に引き連れられていく直下の部下たちを見送り、浅黒い肌の青年が補佐官の青年に耳打ちする。目線の先は彼女だ。


「……変わったもんだな。ちょっと前まで血を見ただけでビビってたのによ」


 王立騎士団に来て初めのうちは、何かにつけ「しゅが……」と聖書の記述を引用していた彼女は、最近そんなことも言わなくなった。騎士たちと向き合い、騎士として考え、行動している。修道女が王立騎士団に混ざり込んで3ヶ月。まだまだつたなくはあるものの、着々と頭角を現し始めている。


「僕が育てた」


 補佐官が満足げに胸を張る。


 数刻後、犯人は抵抗の余地なく全員制圧され、地下室で眠らされていた子供たちは無事に救出された。

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