現実問題
「死ねッ!」
───打撃。予想以上に、私は過酷な現実を生きていたらしい。頬に生じる痛みは、殴ったヤツの憎しみが原動力なのか、乱暴な印象を覚えた。私はその暴力を不可思議に思った。何故人にかくして理不尽を押し付けるコトができるのだろうか。クラスメイトの女子の九割くらいが、ブサイクな暴力で私を殴り続けていた。女の子なのに野蛮だなって思った。
そして、もう一つの疑問。それは、クラスメイトがみな見ぬふりするというコト。私がこんな劣悪な環境に晒されているというのに、誰も救いの手を差し伸べてくれない。教師とて例外ではなかった。
いや、正確には教師は助けてくれないわけじゃなかった。イジメの現行犯を見つけると教師陣は「ヤメロ」の一言を言い、暴力を止めて、それでおしまい。教師がその場からいなくなると決まって再びイジメは生起する。それを延々と繰り返すだけの日常が繰り返されることになる。
特段、イジメの加害者を責め立てるコトなく、かといって私に親身になって寄り添いもしてくれなかった。
学校側の対策として、ソレはおかしい。だって万が一に私が自殺してしまえば、不利益を大きく被るのは誰がどう見ても明白だった。
だのに、誰も私を強く庇ってくれるコトなんてなかったんだ。
「なんで……」
私は、腫れた頬を剥き出しにしたまま高校を後にした。イジメの鉄板だが、私の下足は下足棚の一番上に転がっていた。私はそんな幼稚な所業にため息を吐き、電車に乗ったのであった。
***
現実が、飛び降り自殺の夢を見た日以来崩壊した。
母には叱られ、父には殴られた。妹には「可哀想に」と言われた。
つまりは、そういうこと。親にさえ暴力を振るわれるというのは、私が間違ったコトをしてしまったというコトなんだ。単刀直入に言おう。私は、一人のクラスメイトのイジメの加害者であった。私がイジメていた子は、自殺してしまったのだ。現実逃避の果てに置いてきたモノはその記憶であった。
ならばクラスでの私の扱いも納得だ。罪を犯した奴は社会的に罰せられるべき存在なんだから、正義という名の下、私をイジメるのは一見道理が叶っているように想われる。私をイジメる正義の執行人は、「ざまあ」と思って私に乱暴すぎる正義を振りかざしているのだろう。
高校にもなってそんな幼稚な因果応報を喰らうだなんて、たぶん、過去の私には空想だにもしない事だったのだろう。
けれど、やってしまった罪からして、仕方がないことではある。ソレにあの日、あの夢の中で、狂人・空風葦香に私は「生きたい」って宣言してしまった。
これから先どうすればいいのだろう。途方に暮れた私は自室に引きこもってみた。扉の外から聞こえる父の「逃げれば良い訳じゃない、ちゃんと遺族に謝罪しなさい。償え」という空っぽなお言葉が聞こえてくるばかり。遺族に謝っても自殺したあの子は帰ってこない。無駄じゃん。
死んでしまった彼女にどう償えというのか。彼女にとって有益な私の償いとは一体なんなのか。まだ若い、一般的な法律が適応されない自分の脳じゃ考えつかなかった。
これ以上私は何もできない。そう迷い続けてはや数週間。気付けば私は自主退学を高校側から強いられるコトになった。
***
ネットで拡散された。私の顔も、私の学校での行いも。時には中学時代の人しか知らないような私の恥ずかしい過去をも、ネットの海に拡散されていた。
死んでしまいたかった。けれど死ねなかった。何故なら私は意味も無く死にたくなかったからだ。生きがいもクソもあるまい。ただ生きていたかったんだ。
でも結局はその思いは私のエゴで、けれど人間なんて基本自分至上主義な訳で。私のこの在り方というのは、人としては正しいんだろう。
しかし、自分でこれまでの生き方が許せない。でもその道を矯正する術を持っていない。じゃあどうしろっていうのよ!
自殺願望と永訣を交わしたあの日から、私はやっぱり陰鬱な日々を生きていかなくてはならない。じゃなきゃ、もう、いつの自分を信じていいか分かんないんだ!
***
引きこもり生活を始めてはや数か月。私は、部屋の中でパソコンをいじる毎日だった。ネット掲示板を上下スクロールして眺める毎日。果たして自分は何の為に生きているのか分からなくなってしまった。
”生きる”という言葉の意味を追い求めるという意志を無くさないように生きていた数週間前の私は、今はもういない。今じゃただの生存至上主義の廃人だ。こんなの、死んでいるのと何が違うのだろう。
でも間違いなく私は生きている。生きているから私は人間でいられる。それだけでいい気もしてきた。じゃあ人間ってことで私は廃人を名乗る権利もある。でも狂人にはなりたくない。それは死を肯定する怪物の称号だ。
「……」
自室の窓から外を眺める。時刻は知らないが、恐らく夕方。黄昏時の空は、無駄に壮大なドラマが感じられて薄気味悪かった。やっぱり根本がいじっめ子なのかしら、私。どんな物事も嫌な個所が真っ先に目に留まる。
こんな在り方は、間違っている。けれど、中々変えられないのがタチの悪い話だ。だったら、正しいことをして過ごしたいと思う素直な心さえ、芽生えなかったら良かったのに。
悪者を貫けたのなら良かった。でも、あの自殺する夢を見てから私は人として半端に矯正されてしまった。
正しいコトをしたいと気付いた時にはもう手遅れであった。こんな後悔、イジメと同じくらい幼稚だっていうのに、私はいつも罪を犯す以前の燦然とした日々を思い返してしまう。
もう、あの日々は取り戻せないのだろうか。正しく在りたいと願っても、どうにもならないのだろうか。
と、そんな時。一つの考えが頭によぎる。
(そうだ、小説を書こう)
突発的な発想ではあったが、理に叶っている。私のような人間が増えないコトを目的として物語を綴れば、それだけで世の為になると思えたからだ。
それだけが、今の私に出来る唯一の善行に違いあるまい。
ネット小説であれば、文章力はさほど求められない。私はさっそく取り掛かることにした。
***
「コメントがそもそもつかない」
文章は結構奇抜な表現を多用してみたけれど、残念ながらコメントは貰えなかった。一か月で四つの短編を書いてはみたけれど、pv数すら二桁が限度だった。
自分の人生観を詰め込んだというのに、何で誰も読んでくれないのよ!お前らは生きることの苦しさを知らない。そういう人ばかりなせいで、私の書く作品は日に当たらずネットの藻屑と化していく。
笑っちゃうよ。私の犯したイジメはあっという間に拡散されたってのに、私自体には興味が無かったのね。私の事なら何でも分かった気になって好き勝手書いていたくせに、私の感情が詰まった作品を読んでも、結局私が書いたっていうコトは特定できないのでしょうね。
馬鹿らしいや。くそ。
いっそのこと、本名を晒して投稿してやればpv数を伸ばせるんだろうけど、それは家族の迷惑になるから嫌だ。
妹は何故だか、急に、私のイジメが公になった日から勉強を頑張るようになった。彼女が好きだった運動の時間を削ってまで、学力向上を心掛けているらしい。親とはここ最近話していないが、妹とはたまに話す。たぶん、妹は優しい子だからニートになった私に同情してくれているのだろう。悪いのは私だけなのに。
妹の趣味の時間を奪った私には、そんな家族に迷惑を掛けるコトなんてできない。そんな権利は過去に棄ててきた。
「もう、このまま死ぬしかないのかな」
このまま生きても正しくなれない私は、じゃあ何を生きがいに生きていけばいいのだろう。いっそ自殺してしまえば楽なんだろうけど、もししてしまえば、私が私でなくなる。それだけは絶対にしちゃいけない。
いったい、どうすれば……。
───ピコン!
と、通知。何だろうと思っていたところ、何やら私の書いた小説にコメントが付いたらしい。……え、マジ!?私は正直テンションがバク上がりした。
ここ最近で一番生きた心地がした瞬間であった。
マウスが壊れそうな勢いで画面をスクロールする。どこでコメントを見れるのか、一瞬分からなくなったけど、執念で見つけ出した。
私はそこでわくわくしながら、そこに書いてあるコメントを黙読した。
「貴方の作品、全て読ませていただきました。たいへん不思議な作風ですね。びっくりしました。
けど、私と貴方の視えている世界はやっぱり違うようです。何故そこまでして、生きなくてはならないのでしょう?誠に失礼な感想になりますが、作者様は何故人は生きなければならないのかを自分自身でまだ理解できていないように思えてならないです。だって、明確な描写は愚か、オチは毎回、主人公の葛藤の話から論点がズレたカタチで終わるのですから。主人公は毎度「生きるコトの是非」を葛藤していますものね。
作者様はいったい何が視えているのですか?何を視て生きてきたのですか?作者様からは生きるコトを嫌がっているように思え、寧ろ自殺したいんじゃないかなって思えてしまいますよ。説得力がまるで無いですよ。
これじゃあまるで、視えていない世界の事を盲目に語っているみたいじゃないですか(笑)」
『自殺者の瞳~Which world do you want to live in?~』<了>
自殺者の瞳~Which world do you want to live in?~ 林檎飴 @KaZaNeMooN
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