「CASE3飛び降り自殺」~空想病~

眼前に広がる景色から、此処は駅のホームなのだなって思った。田舎駅だった。今度は女子高校生の体に魂が宿っているらしい。私と同い年か一つ上か、何となくそう想った。

体の主の少女は棒立ちであった。少女の周囲にはいくらか人がいた。顔は視えない。けれどその集団の中に体の主である少女がいるコトには違いなかった。


(……まさかね?)


まさか、こんな大勢の前でこの女の子は自殺してみせるのだろうか?そんな非常識なコトをしてまで彼女は自殺を完遂されるコトができるんだろうか?まさか……まさか……。

いや、できる筈ない。きっとそうだ、ここで誰かタスケテくれるんだ彼女を。そうして彼女は自殺せずに済んで、私も彼女を助けてくれた人に感謝して、夢から覚めたら自殺願望も、すっかり忘れてしまっているんだ。そうだ、それがあるべき人の姿だ!


瞳を閉じる前。私は自殺を望んでいた筈だってのに、何でか、今回は死にたいとは思えなかった。死に対する、不快感がエグかった。


前向きに死にたい人間なんてきっといない。彼女は嫌々自殺を試みていると考えるのが自然な筈だ。ともすれば、そうだ。私はどしんと構えていても昼行燈と馬鹿にされない。尤も、魂である私を認識できる人間なんてこの世界にはいないだろうから、無駄な思考っちゃそうなのですがね。


と、余裕をこいてたところ、何だか気味の悪い、この体の子はぼそりと呟いた。




「どうしてこうも、死にたいという想いを抱えながら私は生きていかないといけないのでしょうか」




ほれみたことか!彼女は私と似た考えをしている。生きたいというのに何故死にたいという相反する衝動を兼ね備えているのかを疑問に感じている。じゃあ、死ねない。絶対死ねないね。

彼女はどこか私に似た香りがした。じゃあ彼女がここで死んでしまえば私も自殺してしまうに違いあるまい。

でも、私と同じ人間であるというコトは、彼女はそもそも自殺なんてできない。だって心の奥底では死にたくないって思っちゃっているんだから。


ねえ?じゃあ死ねないわよね?飛び降りたりなんてできる筈ないわよねぇ?




───ガタン、ゴトン。ガタンッ、ゴトン……




と、電車がそろそろ来るらしい。聞き慣れない電車の音が不器用に彼女の耳に響く。この鳴り響く金属音はこれから彼女が生きていくうえで、これからの未来の為の福音で、これからも私が人間として正しく生きていける為の通過儀礼なんだ!




「さよなら」




彼女は簡潔に言い残すと、ホームから飛び降りて、それから、レールの下へと軽やかに飛び降りて行った……。

した


した


した






















───────上昇。


(…………アレ……?)


体は、電車にはねられて、天高く飛び上がっていた。


いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。

体が変形していく感覚が堪らなく気持ち悪い。これまでの自分、それこそ生きたいと願っていた。人間らしい私からかけ離れていく感覚が堪らなく苦しい。


死死死死。


死にたくない。まだ死にたくない。

まだ私は処女なんだ。まだ汚されてすらいない白鳥なんだ。


死ぬコトで報われる人生なんて嘘だ。まだ十分に楽しく生きるコトすらできていないっていうのに、何で死ぬコトができようか、否できまい。


だのに、だのに、心の奥底ではこれが正しいコトなんだって信じたがっている。そんなの、私の本心な訳ないって、私は分かっているのに!

なんだか、これまでの夢と全然違う。今まで私は夢の中では自殺を肯定できていた。ソレが正しいコトなんだって信じていた。

そのクセ、私は今、死にたくないって思っちゃっている。ぜけんな。私はまだ死にたくない。


そんな時、体の主は死体のクセして笑いながら喋った。




「でも、そしたら貴方は生きなくてはいけないのよ。”イジメ”のコトさえもその儚い瞳で認識しなくちゃならないのよ?そんな責任を果たして負えるのかしらねぇ?」


(……イジメ?)


「そう、イジメ。貴方が現実逃避空想の果てに置いてきてしまった現実問題よ。ほんとは覚えているんでしょ?貴方がイジメに遭っている今を」


(……)


「貴方が今に向き合って生きていけるというのならば、目をそらさずに現実に向き合ってまで生きていたいと希えるならば、イイけどね。でも、貴方は生きるという感覚を麻痺させてまでも死に続けるしかないんじゃないかしら?」


(……でも、私は生きてみたい。例え、現実がどれほど恐ろしくも膨大であったとしても!私は生きてみせる!!)


「そう強がってみせても、きっと無理。貴方はもう正しくは生きていけないから。きっと貴方が貴方を許せないのじゃないかしら?」


(どうしてそんなコト言えるのよ?)


「別に貴方が生きたいと覚悟しているのはイイのよ?でも此処はあくまで夢の世界。夢の世界である以上、現実世界での”大切な事実”を認識できないからね。貴方が夢から覚めて、その事実を気付いた時、貴方はきっと後悔するでしょう。貴方、そうしてまた死にたいって思っちゃうでしょうね」


(───は?)


「夢喫茶にでも行っちゃえば楽なんでしょうけど。貴方は生憎と条件に該当していませんから、残念ですわね。貴方には生きがいなんてないんんだから。でも、貴方、生きたいと願っちゃってる。死に続けた方が貴方らしいっていうのにね(笑)」


(でも私はそれでも人に生まれたのだから。生きたいと願わなくては嘘だ)


「───」


(……)




世界の時間が止まっている。空中に漂う体にはそのまま歪曲の最中で、電車もレールの上を走らず、ただ止まっているだけ。世界の色は白黒で、砂嵐がある時代の映画みたいだった。

いつ、この世界が動きだすのか分からない。世界は伽藍みたいで、虚無にて無駄な壮大な加減。そんな世界に体は溶け込んでいる。気付かなかったが、さっきからずっと体と空気の境界が曖昧になっていた。


世界に溶け込むとは、死ぬってコトなんだろう。

この体の主の彼女は、恐らくソレを肯定しているんだ。

───そりゃは、お生憎様だ。私はソレを肯定できるだけ人間として狂っていないんだから!





「……まぁ、そうね。貴方は私とは違うけれどそれでも前に進もうとしているんだものね。私とは似てるクセして、貴方は美的センスに欠けているけれど、それでも貴方にとっての正しいコトは、生きるという、馬鹿正直な信念だけなんでしょうね」


(これまでの連続自殺の夢は貴方が見せていたのかしら?)


「自分が正しいと思うコトを、誰か、私と似た香りがする子に薦めたくなっちゃうのは仕方がないと思いませんか?」


(でも私は人だから。残念ながら貴方とは視えている世界が違うのよ)




もう、自殺をする夢を見続ける日々は嫌だ。嫌なんだ。私の視てきた世界を私がおぞましいと感じたのなら、ソレは私が嫌悪すべきコトなんだ。だったらもう迷う道理や暇などあるまい。

私は今この時に私の瞳を開けなくてはなるまい。


電車の中で瞳を閉じる前に、私は何を思っていた?「生きる資格」が無いって考えてた?

馬鹿馬鹿。自分に嘘ついたら後々後悔してしまう。例え生きる意味なんか無くっても、私は生きたいと今この一瞬思っているというのは確かなのだ。




「そうね、貴方の視ている世界は私と同じでも、視えている世界は違うものですものね。……少し悲しいですがお別れですね、永訣です。じゃあ、最後に確認一つ良いですか?貴方はほんっとーうに!ソレで後悔しませんね??」


(する訳ない。私は結局死ねないんだから。死にたくないって自殺の最中感じちゃったんだから)




頬が緩んだ気がした。彼女はどうやら笑っているらしい。

可笑しな女の子だなって思った。自分の誘いを断られたというのに、ソレを素直に面白いと思えるだなんて。


と、そんな彼女のコトを考えていたら一つの疑問が浮かんだ。




(そういえば、貴方の名前はなに?)


「名前、か。あんまり好きじゃないのよね。だって親に付けられた名称だし。うーんでもせっかくの永訣ですから、名乗っておかなくてはアレですからね。こほん。私、空風葦香からかぜ あしかっていいます。別に貴方の名前は知っているので名乗らなくて結構ですよ。にしても、葦に香るとか、悪趣味な呪いだとしか思えないですよね~」




葦香が笑うと、私の意識は段々と曖昧になっていった。けれど世界に溶け込むような感覚じゃなくて、世界から切り離されていくよう。どうやら夢の世界───というか葦香は私を許してくれたに違いない。私は内心ホッとしていた。だってこれで平穏な日常に私は帰られるのだから。


(……)


だが、葦香の言ってた”大切な事実”って何だったのだろう。どうやら、もう私の声は彼女には届いていないらしく、先ほどまで止まっていた世界は動きだしていた。世界の色彩は白黒からカラフルなものに変化していった。


私が左様な疑問を不思議に思ってならない今この頃、私は、完全に微睡の底から、現実世界へと回帰していたのであった───。

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