現実逃避

「───……っ……─────…………っ!───……っぐ…………」

「……どしたの、お姉ちゃん?」

「…………───っい───────…………!」

「……」

「─────」



「お き ろぉーーーー!!!!」



「うわぁああああああああああああああああああーーー!!!!!!!」



朝。

脳がひどくギンギンと響く。耳も、痛かった。体は揺さぶられていた。授業中に居眠りをして、唐突に体がビクンとなった時みたいな目覚めであった。嫌な汗でベットが濡れていて、私のパジャマは生ぬるくて気色悪かった。


心臓の音はドキドキで、未だにバクバクしていた。




「あ、起きた」

「…………はぁ……いきなり大声出さないでよ、びっくりしちゃうじゃない。こんな早朝に何も起こすことないじゃない」



窓から見る街はまだ薄明といった感じで、うっとりとした空模様だ。ぼんやりとした曖昧な空の色彩は、朝の憂鬱にも似て思えた。




「だってお姉ちゃん、今日学校でしょ?」

「……あ、ああ。そういえばそうだったわね。ありがとう、起こしてくれて」

「まったく……お姉ちゃん、昨日からちょっと朝オカシイよ?ほんと大丈夫?」

「そうかもね。でも連日変な夢みてるだけだし、大丈夫だよ、気にしないで」




昨日よりも朝の目覚めは最悪であった。でもだからといって妹に相談するというのも馬鹿らしく感じた。所詮は夢の中での出来事なんだから。夢の中なら死んでも生きても、結局のとこ、現実で生きているという事実は変わらない。


夢についての研究だとかが進んでいて、科学的に夢でその人の精神状態が測れるのであれば相談する意味はあるのでしょうが、生憎と現在の夢の研究はそこまで進んでいないらしい。少なくとも社会にはっきりとした科学的見解が述べられて、かつ浸透しているという訳でもないのだ。


私が妹に返答してやると「やっぱりお姉ちゃん病んでるよ」と一言呟いてくれた。その妹の一言が、不思議と私の救いになったと思えたんだ。不思議と、私自身、病んでいることこそが人として正しいコトなんだって感じたんだ。




***




私の通う高校は、家から少し距離がある。電車に乗ってそれから自転車で通ってだいたい四十分前後だろうか。そんくらいの距離。私の家から徒歩五分の所に駅があるため、けっこうゆったりとした朝の時間を私は過ごした。

昨日と違って、今朝は夢由来の鬱成分があっさりと抜けた。私はソレを気持ち悪く思ったのだけど、一日中鬱でないのならばソレまた楽だと感じた。


電車に私は乗る。




「うえ……」




───途端、私は電車の熱気に圧倒されると同時に、吐き気が微量。なんだか目の前の景色が奇妙な宗教団体の集いみたく感じた。スーツを着たリーマンとか、行く先知れぬ私服の老人たち、それから私と同じ高校生、エトセトラ。いつもと変わらぬ人の群れ、なんだか複雑怪奇なる想いを抱えていそうで、気持ち悪い。そんなのを感じ取ったから、私は口から、言語化できぬ不快感を吐き出したのである。まるで死の象徴にも感ぜられた。


幸い、私の声が小さかったからか、周りの乗客には聞こえていないようだった。助かった。異常な人間だと思われたくないから。

ここに乗る人々は、私という人間のコトをたぶんらない。であれば、私が何をしていようと、大体のコトであればスル―するに違いない。


だから、今の私の呟きは誰にも知られていない。


───でも……なんでかな?ソウ納得すると安心はできるけれど、居心地が悪くなってしまう。

怒鳴られないコトで私は胸を苦しくなった。責め立てられないコトによって、私というアイデンティティが否定されたかのように想えてしまう。


だからかな、つい、誰にも聞こえない声で呟いた。閉じられた口の中で、私でさえギリギリ「聞こえるかな?」ってくらいの小声で呟いた。


(死にたい……)


こうして現実世界で生きている自分がたまらなく異端分子だって嘆くしかない、これから。どうして「死にたいを抱えながら」生きていかなくてはならないのだろう。どうせ生きる資格が私にある訳ではないっていうのに。


─────だから私は「私の世界の瞳」を閉じる。

─────そして「別の世界の瞳」を開く。


そうね、きっとソレが正しいコトに違いないんでしょうね?

私は、一瞬だけほくそ笑んでやり、微睡の中に潜ってゆくのでした。

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