瞳と電子砂嵐の世界

朝の目覚めは最悪だった。あんな悪趣味な明晰夢をみて最高な目覚めと納得できる日は今後一切ないだろうな、と歯ぎしりするくらいだった。

布団を足で蹴り飛ばして、夢の内容をできるだけ早く忘れようとして、昨日の記憶を思い出そうと試みる。

昨日は土曜日で、たしか中学の時の親友の女の子と一緒にパンケーキを食べに行ったっけ。


それからそれから服も見に行って、解散して、たしか、ゴールデンタイムのテレビがそれはたいそう面白くって。

で、それから自殺者になった私の夢を視て───それから……。




「───」




ダメだ。忘れたくて忘れたくて、楽しかった思い出で、記憶を塗り重ねようとしても、どうしても、鮮烈な悪夢がフラッシュバックしてしまう。

”まるで”死体を実況しているあの不気味な感じが、ずっと、私の体に染みついてしまっているようだ。足がなんだか震えていて、床を踏んでいる感覚が曖昧であった。


そう考えると私はこれから先にゾッとする。今後一生、自分は自殺者のような生臭さを体に纏いながら死んでいかねばならないのだろうか。あまりに現実離れした将来に私は嫌気が差してならない。そんな汚い未来はゴメンだ。

神様にでもなったつもりだろうか、私。こんな記憶を体に染みさせて生きていかねばならないなんて。

殺人鬼でもないっていうのに、何故人の死を抱えながら生きていかねばならないのだろう。

そんなの、罪を背負った人間だけにあるべき宿命なんだよ?




「……なーんてね」




窓から射す日の明かりがこんなにも、眩しいのは、不吉に感じられる。私は吸血鬼じゃないのに、陽射しに溶かされてしまいそう。己が何者であるのかさえ全てが曖昧になりそうな陽の光を見ていると涙が垂れてきた。


私はカーテンを閉めた。部屋は真っ暗で静寂で、しばらく私はもう一度布団に包まった。

未来の事を考えるだけで、私は先が億劫になった。


けれど、こうやって布団に包まれていると、また、自殺者になる夢を視るかもしれない。ソレは恐ろしい事に違いない。だって、あの世界で私は”自殺を容認”してしまっていたのだから。ソレが正しいと思ってしまったのだから。人間、死にたいと思うのは欠陥なんだから、あれはいただけない。

気分を変えるべく私は、布団から出て、リビングにまで足を運ぶことにした。




***




「おはよう」

「あれ、今日朝早いね」




一階のリビングに訪れると、部屋の真ん中にてストレッチをしている妹がいた。私と違って健康第一に、朝から体を動かしている彼女は、早朝にランニングするくらいだった。因みに現時刻は朝の六時。休日といえど、妹はその日課を絶やさなかった。


私は九時過ぎに普段起床しているため、少し不審に思ったわけだ。




「ちょっと寝つきが悪くてね」

「そうなの?」

「ちょっと、悪趣味な夢見ちゃってね」

「どんな?」

「自殺する夢」




返答すると、妹は「なにそれぇ……」って頬を斜めに釣り上げて嫌悪を示した。そりゃ無理もないなって思った。私だって突然そんな暗い話カミングアウトされても反応に困るし。

しかし、そんな事は分かっているけれど、誰かに相談せずにはいられないほど、私は気分がすぐれなかった。




「お姉、病んでる?」

「病んでなんかないわよ。昨日だって友達とウィンドウショッピング楽しんでたし。ただ、なんか唐突にそんな変な夢を視ちゃったの」

「朝っぱらからそんな暗い話なんてしないでよ」

「しかも、それがただ私が自殺するっていう内容じゃないの。ちょっと聞いてくれないかしら?」




私は今日視た”投身自殺”の体験談を語った。私が第三者視点で自殺者の体を俯瞰していた事も、その自殺に伴い体が感じたであろう痛覚も。そして、ソレが明晰夢であった事も。

その話は語れば語るほど私自身、気持ち悪くなってきた。今こうして生きている感覚が不自然に想われたからだ。


こうして現実世界にて、自分の意志の通りに体を動かして、体を支配している自分の違和感が凄かった。生きているコトが異端的であった。

話を聞き終えた妹はため息一つついた。




「でも気にする必要なんて無いんじゃない?だってソレは夢の中の出来事なんだからさ」

「そういうものかな」

「夢って結構滅茶苦茶なものばっかりじゃん。ファンタジー世界にだって飛べるくらいだもん」

「それは、まぁ確かに……」

「……せっかくの日曜なんだから、お姉は朝ごはん食べて、そっから高校の勉強でもやる!来週にテストあるんでしょ?」




私は妹に促されるまま炊飯器からごはんを盛って、昨日の余りのおかずを適当に冷蔵庫から取り出して、レンチンした。小皿に入ったおかずがレンジの中でくるくるしてる間に私は歯を磨く。レンジの中の皿はなんだか空回りしているように想った。

妹はとっくに朝ごはんを済ましていたらしく、リビングの真ん中で伸び伸びしていた。


レンジの音が鳴って暫く後、私はコップの水を口に含ませて吐いた。口内は清潔で、とても死体の腐った香りは皆無である。


それから、私は朝食についた。せっかくのごはんだったのに、飯の味はしっかりとするものの、喉に嫌に突っかかった。

妹に言われた通り、私はごはんを食べて食器を洗った後、自室で数学の問題を解き始めたのであった。




***




自室の窓から空を見ると、空は不気味なくらい真っ黒であった。星の輝きも感じられないくらいに、空の底からべったりとした濃厚な色は、私にもう夜が訪れたのだと知らせた。


今日一日は暇だったけど忙しなかった。勉強して、スマホいじっての繰り返し。ずっと暇を持て余していた。しかし時々自殺の夢を思い出してしまったりして、せっかくの休日が全部台無しになってしまった。それと、ニュースで投身自殺が取り扱われていたからびっくりした。

ま、時間が経つにつれて、夢での記憶が段々と淡い記憶に移ろっていったからよかったのだけれど。今となっては夢で視た光景も、夢で吸った空気の味も断片的な記憶に変わった。いくらか朝の憂鬱はマシになった。お風呂を上がり終えた後になってからの話だから遅すぎなんだけど、さ。


ともあれ、眠くなったら眠ろうと素直に思えるくらいにメンタルは回復していた。現時刻は二十二時半、いつもよりちょっとばかし早いけれど寝ることにした。今日は変に疲れた。


布団に潜り込み、部屋の電気を落とす。目を閉じれば夢の世界だ。


眠気が体中に浸透してゆくのが分かる。幼少期の記憶を追憶する時のように、感覚が溶けていく。

……。

……。

どうか今日はしあわせな夢を見られますようにと、願いを込めて、微睡んでいくのでした。ZZZ。

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