自殺者の瞳~Which world do you want to live in?~

林檎飴

「CASE1投身自殺」~足を呪う話~

……一人目は、投身自殺だった。


ネクタイの締め付けが、嫌に重苦しくて、吐き気が全身に回っていた。


が何を考えているのか分からないけれど、とても人生について思い詰めていたようで、まるで、体が浮遊しているかのように、体を感じられなかった。

その体は、過呼吸でのみ揺れているらしく、体に入る力は、直立する為だけに使われていた。




「お父さん母さん……僕はなんで生まれてきたのでしょうか……?自分が生きているというのは、自分の意志ではないのに、何故それを強いられるのでしょう」




は虚ろの顔で、ビルの下に広がる都会の景色を俯瞰しながら、ぼそぼそと、呟いた。その際、唾がいくつか視認された。

汚いとは思わなかった。何故なら体の主───すなわち自分の体液でしかないのだから。

の視点は三人称だったから、は自分の体を認識しつつ、体に魂を宿していたのだ。


の意志で体は動く。

震える足は、ビルの屋上の端の方へと進んでゆく。


(嫌だ!死にたくないよ!!)


けれどの体はその心に従わず、ずるずると、足を引き摺っていた。

まるでそれは死体が、這い回るようで、世紀末を体に染みこませたようであった。


(やだ、なにこれ、私、死ぬの!おかしいでしょ!ドコなの此処!!誰なのよこの男の人!)


しかし、どんなにが死を拒んでも、体はその提案を飲もうとしない。

まるで、運命があらかじめ定まっているかのように、体の自殺衝動は収まらなかった。「どうしても自殺しなくてはいけない気がしたから」と、体がそう心に訴えてくる。


空は灰色で、空気もまた乾いていた。

なんとなく此処は東京なんだなって思った。

都会の空気は荒んでいる。

中学の頃行った修学旅行で、吸った記憶がある。

こんな空気の中生きていれば、当然の思考なのでしょうか。

自殺ってそんなに簡単にしようと思える行為なんでしょうか。

恐ろしくて恐ろしくて堪りません。


なんだ、体に訴えても、体は止まらない。いくら生きたいて訴えかけても、体は「そりゃダメだぜ、君は死ななくてはならない」と食い気味に返答してくるのだ。何故だろうか、体が主張する自殺衝動の方が正しいコトに思われてならない。これはきっと夢の中だから思考回路もおかしくなっている。

もう死ぬしかないんでしょうね。


そう、これはどうせ夢だ。

夢以外のナニモノでもないのです。


だったら、どうせ、死ぬ直前になって、目が覚めて現実の席に帰還出来る筈です。


─────と、足に地面の無機質な感触が無くなった。

体に覚える空気の感触が重くなる。

体を動かしていない筈なのに、体は動いていた。風がびゅーびゅーと曇って聞こえた。

体は落下した。


した。


した。


した。






















いたい。


いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい───喉が破裂しそうだ。

喉に銃口を押し込まれたかのように、喉の味は鈍かった。

いたい。涙が、一瞬で目から多量に噴射した。なんだか金属みたいな涙だった。


くるしい。痛覚が、ずっと体と心に残っている。くるしい。


体に感じる痛みが、己の心に残虐な痛覚をもたらす。


残虐な痛覚は、血液の大量流出により可視化される。

その様は、日常のドコにでもありふれている、ごく自然な風景に似て思えた。


例えるなら、蛇口を捻って出てきた水が、じわじわと広まっていく感じ。そんな感じに血はアスファルトの大地に拡散していって、赤黒い色彩が世界に少しだけ染み渡った。


体の主の意識は途切れた。私の心というか魂は、徐々に弱くなっていく。

夢から覚めるのか、それかこのまま死ぬのか。

私には分からなかった。答えなんてとっくに出ていたというのに、私は疑心暗鬼になってしまっていた。

まるで、ほんとうに死んでしまったかのようだ。

───けれど、何でかな?私はソレでも良いと思えてしまった。


いっそのコト、このまま死に続けていたかった。

死の感覚が気持ちよかったから、という訳じゃないのだけれど。不思議とコレが自然なんだって勝手に心が納得していた。


(どうしてこんな死にたいを抱えて私は死んでいるのだろう)


この世界での私の記憶は、ここで途切れる。足がなんだか重い気がした。

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