(23)相対的評価の落とし穴
ルーファから、不意打ちにも程がある話を聞かされた日。アメリアとランデルは、何事もなく帰宅したサラザールとの夕食の席で、それを告げた。
「ここに出入りしているルーファとエストとやらが、魔術師
「ああ。全く予想外だったが」
盛大に顔を引き攣らせたサラザールに、ランデルが憮然としながら応じる。その淡々とした態度が癇に障ったのか、サラザールは相手を怒鳴りつけた。
「ランデル! 貴様、怪しまれるような事はしていないだろうな!?」
そんな詰問をされたランデルは、むかっ腹を立てながら言い返す。
「するわけないだろ!! 魔力は完全に抑え込んでラリサの姿に擬態していたし、不審に思われてはいないはずだ! 現にあいつは、アメリアに魔力が少しあるとは言っていたが、俺の方は全く感知していない状態だったからな!」
「そう、よね? ラリサの姿だったランデルに関しては、あの場で全く言及していなかったわけだし、竜だとか魔力持ちとかは疑われていないわよね?」
ここで自問自答するように、アメリアが呟く。それを見てなんとか平常心を取り戻したサラザールは、溜め息まじりに述べた。
「それにしてもあのルーファとかいう奴が、きちんと制御できているから魔力が微弱にしか感じ取れなかったのに、成長しても微弱なままの魔力しか持たないと勘違いしてくれて助かったぞ」
「タウラス師匠は武術一般の他に、『魔力が少ないとはいえ、きちんと制御できないのは拙い』と言って、魔力制御もしっかり指導してくれたからな」
男二人が真顔で頷き合っていると、アメリアが控え目に声をかける。
「あの……、ちょっと聞いても良い?」
「うん? アメリア、どうした?」
「何か気になる事でも?」
「あのね? こんな事を聞くのはもの凄く今更なんだけど、話を聞いているうちに、ちょっと不安になってきて……」
「何がだ?」
「何か拙い事でも言ったかな?」
サラザール達は真剣な面持ちで、彼女の言葉を待った。するとアメリアが、考え込みながら慎重に口を開く。
「その……、祖先に竜の血が混ざっているみたいで、私が魔力持ちだってことは小さい頃から知ってたのよ? 実の父親が、かなり実力がある魔術師だったらしいって話も、こちらに来る直前に聞かせて貰ったし」
「ああ、そうだな。それが?」
「でも、母様も師匠達も、魔力が少ないから制御するのは難しくないだろうと言っていて、現にきちんと訓練を受けたら何年かで完璧に制御できるようになったんだけど」
「どれがどうかしたのかい?」
「魔力が少ないって言うのは、竜の中でもハイクラスの母様や師匠たちと比較して相対的にかなり少ないって事で、実は通常の人間の魔術師と比べたら、それほど低くないって事にはならないのかしら?」
「………………」
ふと頭の中をよぎった疑問をアメリアが口にした瞬間、サラザールとランデルの顔から表情が抜け落ちた。そのまま二人は不気味な沈黙の中、何とも言えない顔を見合わせる。
「兄さん、ランデル……。何とか言って欲しいんだけど?」
アメリアが僅かに顔を引くつかせながら、兄達を促す。対する二人は、もの凄く自信なさそうに告げた。
「あ、ええと……、客観的にというか、人間の感覚で見ると……、そこら辺は、どうなんだろうな………」
「時々、人間の国に出入りはしているけど、不審がられないように魔術師達には近寄らないようにしているから……。正直、人間の魔術師達がどれくらいの魔力を持っているのか、じっくり考えたり調べてみたことはないかな……」
これは話にならないと、アメリアは話題を変える事にした。
「因みに……、二人とも、魔術師塔の事は知っていた?」
「一応。あそこ出身の魔術師が多い事も」
「どうして教えてくれなかったの?」
その問いかけに、サラザールが眉根を寄せながら答える。
「聞いて気持ちの良い話ではないだろう。魔力持ちというだけで、家族に捨てられるようなものだぞ」
「そういうのを過保護って言うのよ」
思わずむきになって言い返したアメリアだったが、そんな彼女をランデルが宥めた。
「そう言うな、アメリア。確かに過保護だったかもしれないが、お前を不快にさせたくなかっただけだから」
「分かってる」
言いたい事は色々あったものの、アメリアは目先の問題に意識を集中した。
「今でも魔術は使ったりしていないけど、お店の方では意識的に魔力を抑えるようにしてみる。誰が入って来るか分からないしね。ルーファさんには微弱な魔力と言われたけど、もっと強い魔力保持者の魔術師だと、何か察知されるかもしれないし」
それを聞いたサラザールは、半ば諦めながら確認を入れる。
「ここを撤収するという選択肢はないんだな?」
「当たり前でしょう!? 開いてまだ半月なのよ!? ここで引き下がるわけにはいかないわ!!」
「分かった。お前の意思を尊重する。ランデル、お前、もう少し付き合え。いざとなったら店ごと吹き飛ばして、アメリアを連れて逃亡しろ。俺は少し、魔術師組合の方を探ってみる」
「ああ。元から半年か一年位はいるつもりだったしな。問題ない」
男二人の決意漲る表情に、アメリアは本気で狼狽した。
「兄さん、何を言っているの!? それにランデルも、半年や一年はちょっとじゃないから!?」
「当然の処置だ。後始末は任せろ」
「一年なんて、本当にちょっとの間なんだけどな?」
(駄目だわ、二人とも聞き耳を持たない……。どうして薬師としての活動云々の前に、身元を怪しまれかねない事態になっているのよ……)
平然と言葉を返してくる二人を見て、アメリアは今後を思って文字通り頭を抱えることになった。
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