(19)低俗な嫌がらせ

 アメリア達の家に居候を決め込んだランデルは、それ以降、サラザールの部屋で寝起きしていた。しかしその部屋の主が、彼の為にベッドを提供する筈もなく、ランデルは魔術で自らの身体を空中に固定しながら、平然と眠りに就く日々を送っていた。

 その夜もいつも通り寝入っていた彼だったが、念のため家の周囲に張り巡らせていた防御魔法に異常が生じ、すぐに意識が覚醒する。


「……ふぁあ。こんな夜中に、無粋なお客さんだな」

 大きくあくびをしながら上半身を起こしたランデルは、音もなく床に降り立った。すると既に起き出していたサラザールが、窓から街路を眺め下ろしながら悪態を吐く。


「はっ! あんな連中が、客のわけないだろうが」

「ものの例えだよ。お前は相変わらずだよな……。まあ確かに、客ではないのは確かだな」

 サラザールと反対側から同様に階下に目をやったランデルは、四人の男が薬師所のドアの前に、荷馬車から下ろした樽の中身を派手にぶちまけているのを認めた。それが動物の臓物らしいとランデルが判断したところで、サラザールが押し殺した声で指示を出す。


「ランデル。あれの後始末をしておけ。それから王都近郊の屠畜場に行って、必要な分量だけ臓物を確保だ。処理したばかりの物が少なければ、地面に埋めたのを掘り返してこい」

 そのとんでもない要求を拒否したりサラザールに意見したりせず、ランデルは不敵に微笑みながら問い返した。


「何人分必要だ?」

「一応、連中を締め上げて雇い主を確認してからにするが、どうせ今日押しかけて来たガイナスとかいう奴だろう。ついでに一緒に押しかけてきた奴にも、この際、目にもの見せてくれる」

 怒りを抑え込みながらの台詞に、ランデルは苦笑を深める事しかできなかった。


「やる気だねぇ……。でもあまり派手にやると、魔術師の仕業だと疑われるんじゃないか?」

「そうだな。だがアメリアは魔術師じゃないし、どうせあんなタチの悪い連中、他にも多かれ少なかれ恨みを買っている」

 そこでランデルは、思わず尋ねてみた。


「サラザール。お前ひょっとして、アメリアが乾物商で販売拒否された時からキレてたのか?」

「仕事の合間に、身辺調査をする程度にはな」

「サボるのもほどほどにしておけ。悪い事は言わないから」

 真顔で堂々と言い切ったサラザールに、ランデルは半ば呆れながら忠告した。サラザールはそれを完全に無視しながら、静かに窓を開けつつ促す。


「ほら、連中が引き上げるぞ。近所で変な噂にならないように頼む」

「分かった。ここは任せておけ」

 荷馬車に積んできた複数の樽の中身を撒き終えた男達は、元通り荷台に樽を積み、自分達も乗り込んで立ち去ろうとしていた。その彼らに気付かれないよう、サラザールが窓から外に降り立ち魔術で気配を消しながら後を追い始める。

 ランデルも隣の部屋で熟睡中のアメリアに気付かれないよう、音もなく窓から抜け出た。


「さてと……」

 薬師所のドアの前、一面にぶちまけられた臓物はかなりの量であり、異様さと臭気を放っていた。それに僅かに顔を顰めたのも束の間、ランデルは両手を振り払う動作で魔術を発動させ、跡形もなくその場から臓物が消え去る。


「はぁ……、本当に、低次元な嫌がらせだねぇ……。さて、ちょっと屠畜場まで行って来るか。お土産を大量に準備しないといけないしな」

 念の為、アメリア一人になっている家の防御魔法に上書きをしてから、ランデルは徐々に夜の闇に溶け込み、その場から完全に姿を消した。












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