(20)後始末の結果

 アメリアが朝食の支度をしていると、どこかけだるげな様子でサラザールとランデルが食堂に現れた。


「おはよう、アメリア」

「おはよう」

「あ、兄さん、ランデル、おはよう。今日は少し遅かったわね。もう少し下りてくるのが遅かったら、起こしに行こうかと思っていたところよ」

「そんなに遅くもないだろう?」

「確かにそうだけど。ちょうど朝ご飯の準備ができたし、食べて頂戴」

「そうだな」

「いただこうか」

 手早く皿を揃え、三人でテーブルを囲んで朝食を食べ始める。その手の動きを止めないまま、アメリアが何気なく問いを発した。


「騒がしくはなかったけど、二人で遅くまで何か話していたの?」

「ああ、まあな」

「ほら、昨日変な奴らが来たし。その話を少々」

 男二人が素知らぬ顔で誤魔化すと、アメリアは無意識に眉根を寄せながら応じた。


「確かに、あれはちょっと衝撃だったわね……。人の仕入れを妨害しておいて手持ち分を売れとか、何を考えているのよ。意味が分からないんだけど」

「単に頭が悪いだけだろう」

「そうそう。普通の人間と考えない方が良いって」

「それでもね……。あんなのに連日押しかけられて、お客さんに迷惑をかけたくないのよね……」

 物憂げにアメリアが溜め息を吐いたのを見て、サラザールは食べる合間に淡々と告げる。


「それは大丈夫じゃないか? 当面は、それどころではないと思うし」

「どうして、それどころではないの?」

「あ、いや……、それは……」

 咄嗟に言葉に詰まったサラザールを見て、ランデルは一瞬舌打ちを堪えるような表情になった。しかしすぐに、それらしい事を口にしてフォローする。


「ほら、昨日、男二人にあっさり論破されて逃げ帰っただろう? さすがに、同じ主張を繰り返しに来るほどの馬鹿ではないと思うし」

「さっき、普通の人間と考えない方が良いとか言ったくせに」

「うん、まあ……、それはそうだけどな……」

「まあ、良いわ。また来たら来たで、きっちり言い返してあげるから」

 素っ気なく断言したアメリアを見て、男二人は胸を撫で下ろした。それと同時に、つい先ほどまで出向いていた先での騒動を想像し、密かにほくそ笑んでいた。



 ※※※



「お前達……、俺達警備隊を何だと思っている。朝っぱらから呼び付けられたと思ったら、夢物語の相手をさせられるとはな」

 背後に数名の部下を引き連れた強面の男に凄まれたガイナス夫妻は、狼狽しながら相手に向かって必死に訴えた。


「本当です、隊長さん! 本当に夜に、家に賊が入り込んでいたんですよ!!」

「警備隊に連絡してこちらに来てもらうまで、この床一面に血がべっとり染み込んでいて!!」

「とにかく、喚くのは止めろ。それでは貴様たちは、あくまでもこう主張するわけだ。『寝ていたら、いつの間にか寝室の床に足の踏み場もない程に臓物が撒き散らされていた。家族に助けを求めて全て運び出して片付けたが、床一面に血がしみ込んで凄惨な状態だった』と」

「そうなんです!」

「もう酷い匂いで、片付けるのも苦労して!」

「それで? 家族総出で集めて、袋詰めしていた臓物とやらはどこにあるんだ?」

 如何にもうんざりとした表情で、隊長はガイナスの息子夫妻を振り返って問い質した。しかし彼らは恐縮しきって、消え入るような声で答える。


「あの……、それが本当に不思議な事に、取り敢えず裏庭に纏めておいていたのですが、いつの間にか全て消えておりまして……」

「ついでに聞くが、血がしみ込んだ床というのはどこの床だ?」

「その……、この床です……」

 恐る恐るといった感じで若夫婦が足元の床を指し示すと、隊長はガイナスを嘲笑った。


「ほう? この短時間で血の染みを完全に消し去る事ができるとは、貴様、薬師ではなく掃除人の才能の方がありそうだな」

「なんだと!?」

「それにしても家族揃って、とんでもない夢想家だな。それとも? 一家揃って、変な幻覚を見る怪しげな薬でも常用しているのか?」

 自分の話を一蹴されたばかりか鼻で笑われて、ガイナスは激高して相手に掴みかかろうとした。


「ふざけるな! 分かってないのはてめえの方じゃねえか!?」

「あんた! ちょっとやめておくれよ!」

「親父、止めろ!」

「すみません、隊長さん! お義父様達は少しお疲れみたいです!」

 暴れかけるガイナスを、家族は総出で押さえつけた。その様子を眺めた隊長は、呆れながら言い捨てる。


「そのようだな。お前達も大変だとは思うが、他人に迷惑かけないようにきちんと見張っておけ」

「分かりました。お騒がせして申しわけありませんでした」

「放せぇえええっ!!」

 そこで喚き散らすガイナスに目もくれず、警備隊の面々はその場から立ち去って行った。


「くそぅっ! こんな恥をかかされたのも、あの女のせいだ!」

 警備隊がいなくなると同時に、ガイナスは憤慨しながら床を蹴りつけた。彼が吐き捨てた内容に、妻が怪訝な顔で確認を入れる。


「はぁ? あんた、一体誰の事を言ってるんだい?」

「お前も知ってるだろう! あの女の薬師だ! あれはあの女の仕業なんだ!!」

「……どうしてそう思うんだい?」

「どうして、って……」

 疑わしげに妻に問い返されたガイナスは、言葉に詰まった。まさか人を雇って、アメリアの店の前に臓物を撒かせた報復に決まっているなどと言えなかったからである。そのままガイナスは口を閉ざし、家族は微妙な顔を見合わせてから彼に対して口々に言い聞かせた。


「親父。薬師組合に入っていない女の薬師の話は聞いているが、幾らなんでもそれは考え過ぎだろう」

「そうですよ。女一人で、あれだけの量を私達に知られずに、どうやって運び込むんですか。念の為確認しましたが、外との出入りする戸は全て施錠されていましたよ?」

「あんた、実はなにか医師や貴族様から恨みを買うような事をしたんじゃないのかい? もしくは利益をかすめ取るような事をして、それが露見したとか。こんな大がかりな事、平民の女一人にできると本気で思っているのかい?」

「…………」

 妻にそう指摘されたガイナスは、それなりに後ろ暗い事があったために僅かに顔色を変える。それから彼は暫くの間、疑心暗鬼に陥る事となった。







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