(18)つまらない言いがかり
複数の客が店内に入り、アメリアとラリサが分担して対応を始める。その様子をルーファとエストが店の隅の方でおとなしく眺めていると、荒々しくドアが開けられた。
「いらっしゃいませ」
反射的にアメリアはドアの方に顔を向けながら挨拶したが、そこに現れた男達を認めた瞬間、僅かに眉根を寄せた。すると同年配の男二人を引き連れたガイナスが、足を進めながら藪から棒に言い出す。
「お前、はぐれ薬師の分際で、まがい物の薬を売っているらしいな!」
「はあ? いきなり何を、訳の分からない事を言い出すんですか?」
接客中に言いがかりをつけられて、さすがにアメリアは気分を害しながら言い返した。するとガイナスに付いて来た男達も、口々に非難してくる。
「ゼニアスじゃない薬を、咳が出ている患者に売りつけているだろうが!」
「その方の咳の状態であれば、他の咳止めを飲んで貰った方が、効果があるからです」
「乾物商から薬の材料を仕入れていない筈なのに、どうして途切れなく薬を出せるんだ!」
「しかも同じような薬でも、俺達が売る物よりかなり安く売っているなんておかしいだろうが!?」
「どうせ密輸とか、やましい事をして手に入れているんだろう! とんでもない女だな!?」
ここまでくると、アメリアは呆れ果てて真面目に言い返す気力も失せてきた。するとここで、ランデルが冷静に会話に割って入る。
「黙って聞いていれば、間抜けなのにもほどがありますね」
「何だと!?」
「乾物商がアメリアに薬の材料を売っていないのを、どうして第三者のあなた達が把握しているのかしら? あなた達が乾物商に裏から圧力をかけて、アメリアに売らないようにさせたと白状したのも同然ですよ?」
「そ、そんな事は知らん! その女が、乾物商に無礼な物言いでもして、恨みでも買ったんだろう!」
「別に、言い逃れをしたいなら、好きにすれば良いですが。薬の材料なら、私の兄が行商のついでに、ここまで持って来てくれましてね。なにせ辺境の田舎暮らしなので、ちょっと山に分け入れば薬の材料なんて文字通り山のようにありますから」
「……なんだと?」
「安く売れるのは、個人の伝手で仲介人を入れずに仕入れているからです。密輸なんて危ない橋を渡っていたらコストがかかって、安く売る事なんてできませんよ。そんな明らかな矛盾にも気がつかないで大声で喚き立てるのは、自分の理解力と洞察力の低さを曝け出しているようなものですから、もう少し考えてから喋った方が良いと思いますよ?」
「…………」
淡々と、穏やかな口調ながら、ランデルの台詞は辛辣だった。全く笑っていない美人からの指摘に、男達は二の句を継げずに口を閉ざす。そのやり取りを耳にした他の客達が、ガイナス達を眺めながらひそひそと囁き、ますます店内の空気が重くなった。
「へえ? 乾物商に圧力、ねぇ?」
「そんな事になっていたのか?」
「はぁ、まあ、トラブルが少々あったのは確かですが、さっきラリサが説明した通り、当面の仕入れに問題はありませんので……」
この間にさりげなくアメリアの側に寄って来たエストとルーファが、探るような視線を彼女に向ける。それにアメリアは弁解気味に応じた。するとここで、ガイナスが予想外の事を言い出す。
「お前の薬の出どころは分かった。それならその安く仕入れた材料を、俺達に売れ」
「はい?」
「自分だけで独り占めするのはあくどいだろうが」
「…………」
堂々とそんな事を要求してきたガイナスを見て、アメリアは呆気に取られた。周囲も唖然として絶句する中、真っ先に気を取り直したエストとルーファが、凄みのある笑みを浮かべながら男達に詰め寄る。
「へえぇ? その論調でくと、頑張って店を切り盛りしている若い女の子達にくだらない嫌がらせをした上、余計な手間をかけて仕入れた物を自分達に売らないとあくどいとか妄言を吐く奴は、超絶馬鹿の恥知らず野郎ってことだよな?」
「そもそもお前達が乾物商に裏から手を回さなければ、彼女達も普通に王都内で仕入れができた。自分の伝手を使って安く仕入れるのがずるいなどと言っていないで、経験も伝手もある年長者であるお前達が、それらを駆使して材料を仕入れれば良いだけの話だ」
「まさかいい年の男が揃いも揃って、若い娘に劣る伝手や人脈しか持たないのか? それであれば、無能薬師といわれても仕方がないな」
「徒党を組んでやって来る手合いだからな。そんなの束になっても大した知恵は出ないし、何もできなさそうだ」
そこまで言われて、さすがに男達も顔色を変えた。
「なっ!?」
「この若造どもがっ!?」
しかし多少凄まれた程度で引き下がる二人ではなく、余裕の表情で問いかける。
「お? 何かやる気か?」
「別に、審議官に訴えても構わんが? 双方の言い分を第三者にじっくり聞いて貰って、どちらの言い分が真っ当なのか判断して貰えば良い」
ルーファが民間調停を行う場への申請をちらつかせると、自分達に分が無いのは分かっていたガイナス達は、歯軋りをして踵を返した。
「……っ、覚えていろ!!」
そして来た時と同様に、乱暴に店を出て行くのを、その場にいた者達は呆気に取られながら見送った。
「歩いて喋る厚顔無恥の見本だな。あそこまでタチが悪いのは、久しぶりに見たぞ」
「それにしても災難だな。あんなのに目を付けられるなんて」
「もう運が悪かったと諦めています」
憤懣やるかたない様子のエストとルーファに、アメリアは苦笑いで返した。するとエストがさり気なくランデルの手を握りながら、真剣な面持ちで告げてくる。
「ラリサさん。何かあったら俺が力になりますから、いつでも遠慮なくギブズ人材紹介所に連絡してください。俺の名前を出して貰えれば、すぐに対応させて貰いますから」
「そんな……、申し訳ありませんから」
「いえ、そんな遠慮なんかしないでください!」
しおらしく言葉を返しているランデルを眺めながら、アメリアは密かに頭痛を覚えていた。
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