(17)ちょっとした弊害
ランデルが女性の姿で接客に立つようになり、当初は訪れる客達に不審がられるのではと、内心で危惧していたアメリアだった。しかし彼は予想以上に女性になり切って周囲に全く違和感を感じさせず、アメリアは呆れつつも密かに安堵していた。しかしそれから一週間を経過する頃になると、新たな問題が発生していた。
「やあ、ラリサさん! こんにちは!」
元気よく声を張り上げながら店内に入って来た若者は、まっすぐランデルの方に向っていった。対するランデルは、つい三日前に薬を売ったばかりの彼に、愛想よく笑いかける。
「あら、ジェイクさん。今日はどうされたんですか? この前の痛み止めは効きました?」
「ああ、バッチリ! さすがラリサさんがくれた薬だな。もう感動したぜ」
「それは良かったです。でも、それなら今日はどんな用事でここに?」
ランデルが不思議そうに尋ねると、ジェイクは少々ばつが悪そうに述べる。
「それが……、ちょっと腕にかゆい所があって。かゆみ止めが欲しいかな?」
「それならちょっと待ってくれますか? アメリアに腕を診て貰いましょう」
そして少し離れた所にいるアメリアに声をかけようとしたランデルを、ジェイクが慌てて引き留める。
「いやいや、わざわざ薬師に診て貰うほどじゃないから! ラリサさんからお薦めの薬とかあれば、貰っていきたいんだけど。ほら、そんなに酷くないし」
「そうですか? そうですね……、皮膚の状態が良くて湿疹やただれもないですし、それならこの軟膏でも薄く塗っておけば良いと思いますよ? お値段も安価な物ですし」
「そうかい? それじゃあ、それを頂いていくか」
「ありがとうございます。今、準備しますね?」
服の袖をまくって、ジェイクが腕を見せてきた。その状態を確認したランデルは、早速状態を判断して話を進める。そして小分けしてある軟膏壺を準備していると、ジェイクがカウンター越しに、控え目に声をかけてくる。
「それで、その……、今度ラリサさんが時間がある時に……」
「ジェイクさん、お待たせしました。さあ、これをお持ちください。体調に気をつけてくださいね!」
「あ、ああ……。それじゃあ、お代はこれで」
「ありがとうございました! あ、いらっしゃいませ! アデニーさん、今日は何をご入用ですか?」
ランデルは流れるような動作で品物を渡し、代金を受け取ってから満面の笑みでさり気なくジェイクを追い払った。その直後、次の客に向かって笑顔を振り撒く。
「…………」
そんな一連のやり取りを、この数日で見慣れてしまったアメリアは、他に客がいなくなったタイミングで苦言を呈した。
「ランデル……、この一週間で、あなた目当ての若い男性客が、目に見えて増えているんだけど……」
そう話を切り出すと、途端にランデルが拗ねたように言葉を返してくる。
「もう、アメリアったら! この姿でいる時は、ラリサって呼ぶようにあれだけ言ってるのに!」
「……この間、ラリサ目当ての客が増えているわよね。これで良い?」
「大変よろしい。本当に、病人でもないのに病院のふりして、薬師所に足を踏み入れないで欲しいわよね。しかも薬師のアメリアの診断は要らないとか、ふざけるのもほどがあるわ」
微妙に気分を害しているらしいランデルに、アメリアは頭痛を覚えながら問いを重ねた。
「そのふざけた病人もどき達に、あなたは何を売りつけたのよ?」
「今日は単なる軟膏基剤と整腸剤よ。口にしている症状は実際には見られないし、間違ってはいないでしょう?」
「うん……、確かに間違ってはいないわね。いないけどね……」
問題ではないけど色々と差し障りが……、などとアメリアが考えていると、ここでランデルが真顔になって話を切り出してくる。
「それはともかく、ちょっと気になっている事があるんだけど。私目当ての若い男性客の他に、妙に咳止めを欲しがる客が多くないかしら?」
その指摘に、アメリアも真剣な面持ちで頷いた。
「ラリサもそう思う? 私も、ここを開設した当初から、そう思っていたの。同じ特徴を持つ患者ばかりなのよね」
「やっぱりそうなのね……。痰が絡んだりしない空咳だけで、熱や臓器の腫れも見られない、夜間から明け方にかけての特徴的な咳込みもない、喉や鼻腔の炎症もないのよね?」
「たまたま患者本人が来た時に額帯鏡で喉や口腔内を確認したけど、異常はなかったわ」
「なんか、気持ち悪いわね……。流行り病の一種なら、もっと広範囲に広がって患者も増えているはずだし……。取り敢えず咳止めの服用で症状が収まって、服用を止めて暫くするとぶり返すの繰り返し。そんな病気、あったかしら? おじいさまに無理矢理薬師としての修行を二、三十年程度やらされた程度だから、覚えた知識なんて微々たるものなのよね。最後には『お前を薬師にしたら死人が出る』と匙を投げらえたし」
難しい顔になっている兄弟子を見て、アメリアはがっくりと肩を落とした。
「ラリサ……、人間的な感覚だと、二、三十年は相当な修業期間なんだけど。十分やっていけると思うわよ?」
「そうは言ってもね……。私は終止不真面目だったし、真摯に修行していたアメリアの方が、薬師としての知識も意欲も上よ。自信を持ちなさい」
「ありがとう」
ランデルの苦笑しながらの励ましに、アメリアもすぐに気を取り直した。するとここで、勢い良く店のドアが開く。
「こんにちは、アメリアちゃん! 最近、そこそこ流行っているってきたけど、どんな感じ……」
「いらっしゃいませ。どんな薬をご入用でしょうか?」
「…………」
「あの、何か?」
ドアから入って来たのはエストとルーファだったが、最初に入って来たエストが、不自然に声を途切れさせる。反射的に対応しようとしたランデルも、怪訝な顔で見返すだけだった。
そんな二人を余所に、ルーファがアメリアに歩み寄って声をかけてくる。
「ええと……、こんにちは。久しぶりだね」
「はい、ルーファさん。半月ぶりくらいでしょうか?」
「ところで、新しい店員さんを入れたの?」
「あ、はい。遠い親戚です。慣れないうちは大変だろうと、故郷の方から手伝いに来てくれました。しばらくこちらにいてくれますので」
「アメリアの、祖母の従姉妹の姪に当たるラリサです。初めまして」
「ああ、よろしく」
嘘八百の親戚関係を口にして軽く頭を下げたランデルに、ルーファも軽く頷きながら応じた。するとそこで漸く正気を取り戻したらしいエストが、流暢に語り出す。
「ラリサさんか! 素敵な名前ですね! いや、美しいあなたにぴったりの名前だ!」
「まあ、美しいだなんて。田舎者だって馬鹿にしているんですか?」
「とんでもない! ラリサさんくらいの美女は、王都広しと言えどもそうそういませんよ!」
「もう、お世辞ばかり言わないでください」
「お世辞なんかじゃありませんって! 俺は真実しか語れない男ですから!」
勢い込んで美辞麗句を重ねているエストに、アメリアは若干顔を強張らせながらルーファに囁いた。
「あの……、エストさんって……」
「ラリサさん、あいつの好みど真ん中だな……」
「そうですか……。考えを改めた方が良いと思いますけどね……」
「そうなのか? 結婚しているとか、婚約者や恋人がいるとか?」
「……独身で、婚約者や恋人もいませんけど」
「その人、実は竜で男なんですよね」などと、間違っても種別と性別を口にできないアメリアは、遠い目をしてしまった。ここでドアを開けて、新たな客が入って来る。
「あ、すみません。お客様が来ましたので、そちらの対応をさせて貰います。二人とも元気そうですし、どこか診て貰いに来たわけじゃないですよね?」
「ああ、大丈夫だ。あの人の話を聞いてあげてくれ」
快く促してくれたルーファに頭を下げてから、アメリアは来店した顔見知りの者に歩み寄りながら声をかけた。
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