(16)用心棒兼誑し込み担当
「よう、サラザール。ちょっと見ない間に、間抜け面になったなぁ」
帰宅するなり含み笑いで言われた台詞に、サラザールは両目を細めて相手に詰め寄った。
「ランデル……、貴様、そんなにぶちのめされたいのか?」
「アメリアー。サラザールがいじめるんだけどさー」
すかさずランデルが、明るい声で隣の台所に向かって呼びかける。それに応じるように、アメリアが両手に皿を持ちつつ開け放してあったドアから現れた。
「二人とも、喧嘩しないで。ちょうどご飯ができた所だし、まずは食べましょう」
「そうだな。ほら、お前も座って」
「ここはお前の家ではないんだがな……」
当然のようにテーブルに着きながら促してきたランデルに嫌味を言いながら、サラザールも自分の椅子に座った。
それから他愛のない世間話をしながら三人は夕食を食べ終え、食後のお茶を飲み始めたところでランデルが話を切り出す。
「それで? 食事時は遠慮したけど、俺に秘密裏に助けを求めた理由、教えてくれるよな?」
その問いかけに、アメリアは正直に答えた。
「薬の材料をこっちの乾物商から仕入れようとしたら、近隣の全ての乾物商から販売を拒否されたの。店先で食い下がっていたら、気の毒に思った店の人がこっそり事情を教えてくれたんだけど、薬師組合から私に薬の材料を売らないように圧力をかけられたそうなのよ」
「薬師組合? 薬師の組織ってことか? だけどどうしてそんな所が、アメリアに対して妨害行為をするんだ?」
「順序立てて説明するから」
ランデルが怪訝な顔をするのは予想できており、アメリアは順序立ててこの国での薬師の位置づけと、ガイナスとのいざこざについて語って聞かせた。最初呆気に取られて彼女の話を聞いていたランデルは、徐々に不愉快そうに顔を顰め、最後に深い溜め息を吐く。
「事の次第は、良く分かった。というか、その薬師組合って、入らなくて正解じゃないのか? いい年をしたおっさんのくせに、そんなくだらない嫌がらせをする低能の集まりみたいだし」
そのしみじみとした感想を聞いたアメリアは、我が意を得たりとばかりに勢いよく頷く。
「そうよね!? 私も、そう思ったわ! もう本当に腹立たしいったら! 取り敢えず間に合う分はランデルに持って来て貰ったから、それを使い切る前に少し範囲を広げて売ってくれる乾物商を探すから。今回は本当にありがとう」
満面の笑みで感謝の言葉を述べたアメリアだったが、対するランデルは難しい顔で考え込んだ。
「ああ、それは良いんだがな……。そのタチが悪い連中、これで嫌がらせを止めるとは思えないんだが……」
「えぇ? まだ何かする気だって言うの?」
「日中は、薬師所にはアメリア一人なんだろう?」
「それはそうだけど。それがどうかしたの?」
「変な連中が大挙して押しかけて、騒ぎを起こしたりしないか心配だな」
「そんなのが来たら、俺が蹴散らしてやるが」
ここでサラザールが、思わずと言った感じで口を挟んだ。しかしそれを聞いたランデルは、呆れ気味に小さく首を振る。
「あのな……、サラザール。お前は今現在、ここの警備隊の職に就いていると聞いたが? それなのに頻繁にサボって、この近辺の見回りとかするわけにはいかないだろうが。周囲に怪しまれるのが確実だ。それにいざとなったら魔法で駆け付けるのは可能だが、そんなに頻繁に魔術を行使したら、魔術師に魔力を感知されて不審がられる可能性がある。どちらにしても、かなり拙いぞ?」
「それはそうだが……。それならどうしろと?」
「だから…………」
「え?」
「ランデル? どうしたの?」
冷静に言い諭してきたランデルに、サラザールは憮然とした顔つきで応じた。するとここで、ランデルが不意に言葉を途切れさせる。それと同時に彼の全身が淡い光に包まれ、それが魔術を行使している状況だと分かった二人は、困惑しながら声をかけた。
それから少しして光が消え去ると、ランデルが使っていた椅子に、彼に酷似した同年代に見える美女が座っていた。
「当面私がアメリアと一緒に薬師所で働いて、不審人物が来たらさり気なくスマートに追い払ってあげるから。安心して頂戴」
「おい……」
「はい?」
ご丁寧に着用する衣服まで女物に変えていたランデルは、声のトーンと口調まで変えて、どこからどう見ても若い女性にしか見えなかった。それを目の当たりにしたサラザールは額を押さえて呻き、アメリアは固まったまま、なんとか声を絞り出す。
「え、ええと……、ランデル?」
それにランデルは、微笑みながらすかさず言葉を返してくる。
「あら、嫌だ、アメリアったら。暫く顔を見なかったからって、兄さんの名前と間違えないでよ。私の名前はラリサよ、ラ・リ・サ。お客様の前で間違えないように言ってみて。ほら!」
「……ラリサ」
「はい、良くできました」
半ば呆然としながら、アメリアは促されるままおうむ返しにその名前を口にした。するとサラザールが、苦々しい口調で告げる。
「おい、ランデル。これは何の茶番だ?」
「ラリサって、言ってるのに……。だって、如何にも強そうな男がいたら、向こうだって警戒するじゃない? それに親兄弟じゃない男と一緒に働いていたら、アメリアに変な噂を立てられるかもしれないし」
「今すぐその口調と声を止めろ。鳥肌が立つ」
「それに、この姿の方が、アメリアの危険性がかなり低くなるのよ?」
「どういう意味だ?」
そこでサラザールは、瞬時に真顔になった。対するランデルも、大真面目に説明を続ける。
「考えてごらんなさい? 病気や怪我をするのは、老人だけとは限らないわ。若い男だって薬師所に来る可能性はあるのよ?」
「それはまあ……、確かにそうだろうが」
「今はまだそんなに患者が来ないから相対的に若い男の患者も少ないと思うけど、これから店の評判が広がって、今より人が来るようになったら? 質の悪い男がアメリアに纏わり付くかもしれないわよ?」
「……許さん」
そそのかすようなランデルの台詞を真に受けたのか、テーブルの上で握り締められたサラザールの拳が震え、それと同時にテーブルがミシリと不吉な音を立てた。
「兄さん!? お願いだから、テーブルを壊さないで!!」
慌ててアメリアが兄を制止しようとすると、ここでランデルが明るく宣言する。
「だーかーら! 当面、そんなタチの悪い男にアメリアが引っ掛からないように、若い男の客は私が漏れなく誑し込んであげるから。それならサラザールだって安心でしょう?」
「よし、分かった。その点に関しては、全面的に任せる」
「ちょっと兄さん、何を言ってるのよ!?」
サラザールの即答っぷりに、アメリアは狼狽しながら声を上げた。
「ついでに有り金も全部巻き上げるから、期待してて頂戴」
「ランデルまで、悪乗りは止めて!? お願いだから!」
不敵な笑みと共に口にされたろくでもない台詞に、彼女は本気で悲鳴を上げる。しかしアメリアの抵抗空しく、翌日からランデルが女性の姿で接客するのが既定路線となってしまい、更なるトラブルの予感に、彼女はがっくりと肩を落としたのだった。
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