(15)助っ人の来訪
その日もアメリアの薬師所にはポツポツと客が訪れ、午後も遅い時間になってから、一人の老人がやって来た。
「やあ、アメリア。先週、試しに貰っていったかゆみ止めの塗り薬が良く効いたから、今日は少し多めにくれんか?」
如何にも好々爺然とした風貌の彼は、挨拶に続いて既に貰っている薬について言及してきた。しかしそれを聞いたアメリアは、僅かに首を傾げる。
「効いたのなら良かったです。でもドリューさん、先週渡した量なら、来週くらいまでは間に合うかと思うんですけど。もしかして、使い方を間違えてませんか?」
「いやいや、言われた通り使っとるよ。ただ、あんまり調子が良いもんで、知り合いにかなり分けちまってな。なんだか、虫に食われて赤くなった所がかゆいとか言ってたな」
平然と彼が口にした内容に、アメリアの顔が微妙に強張る。
「ドリューさん。自分の薬を、気軽に他の人に使わせたら駄目ですよ?」
「えぇ? そりゃまた、どうしてだい? かゆみが楽になるんだから、塗ったって良いだろう?」
困惑顔になった老人に対し、アメリアは穏やかな口調を心がけながら説明を加える。
「身体がかゆくなる原因が、色々あるからです。ドリューさんの場合は皮膚の表面が乾燥していて刺激を受けやすくなっているので、かゆみが出やすくなっているんです。だからこの前、皮膚が乾燥しないような保湿剤を渡したんですよ」
「ほしつざい?」
「肌をしっとりさせる物です」
「ああ、なるほど。そう言えばそうだね」
ドリューがそこで深く頷くのを見てから、アメリアは話を続けた。
「でも虫刺されだったら、変な化膿とかしないような薬が良いし、虫刺されじゃなくて、それと良く似た飲食物や触った何かにかぶれたような場合もあります。そうなると、それぞれ必要になる薬が違うんですよ」
そこまで聞いたドリューは、急に心配そうな顔になる。
「そうすると……、俺がやった薬は、他の奴には効かないのかい?」
「たまたま同じ症状で、効果がある可能性もありますが……。効果が出なかったり、肌が弱い場合は合わなくてかえって荒れてしまったり、ただれてしまう可能性だってありますから……」
「そうだったのかい……。とんだ物知らずのせいで、迷惑かけちまったね……」
良かれと思ってした自分の行為が、色々と間違ったものだったらしいと思ったドリューは、肩を落として項垂れた。彼に悪気は全くなかったのは分かっており、さすがに気の毒になったアメリアは、慌てて彼を宥める。
「いえいえ! 今の話は、極端なたとえ話ですから! すみません、私の方も紛らわしい言い方をしてしまって。ドリューさんにお渡しした薬は、効果がそれほどきつくない物ですから、大抵の人は使っても問題ありません! その人のかゆみが治まらない場合はあるかもしれませんが! あの! 私の薬の宣伝をしてくれて、ありがとうございました!」
するとそこでドリューは表情を緩め、自分に言い聞かせるように告げてくる。
「それなら良かった。それなら今度は自分の薬は渡さずに、ちゃんとこの店で薬を出して貰うように言うからね」
「はい、そうしてください! それじゃあ、先週と同じ薬をお渡ししますから」
そこでアメリアは手早くクリームを陶器の容器に詰め、蓋をして彼に手渡した。
「それではどうぞ。使い終わった空の容器は、この前の物と合わせて持って来てもらえれば、容器代はお返ししますので」
「分かったよ。それじゃあ、また」
「はい、お待ちしてます」
薬代を払ったドリューは笑顔で店を出て行き、アメリアは若干の疲労感と共に彼を見送った。
(今日も最後の最後で、問題発覚かな。でもまあ、他と比べると些細と言えば些細な問題だった……。さて、そろそろ閉めようかな)
遠い目をしながらアメリアが考えを巡らせていると、ドアが開いて誰かが店内に入って来る。
「あ、いらっしゃいま」
「やあ、元気だったか? アメリア」
反射的に声をかけようとしたアメリアは、そこに見慣れた姿を認めて喜色満面で駆け寄った。
「ランデル! いらっしゃい。待ってたわ!」
その歓迎ぶりに、ランデルは自分が背負ってきた大きな箱を指さしつつ、苦笑いで応じる。
「本当に待ってたのは、俺じゃなくてこれだろ?」
「もう! そんな意地悪な言い方しなくても!」
ちょっと拗ねかけたアメリアを見て笑みを深めたランデルは、ここでちょっとした提案をしてきた。
「時間的に、そろそろ店じまいだろう? 持って来たものを、俺が保管棚と薬品棚に入れておくから。アメリアは、夕飯の支度とかしていて構わないぞ?」
「そうしてくれると助かるわ。じゃあ、急いで支度する」
「ああ。そして食事が終ったら、事情を教えてくれるよな?」
「……分かってる」
どう考えても曖昧に誤魔化したり言い逃れできない状況に、アメリアは溜め息を吐いてから手早く店を閉め、夕食の支度に取りかかった。
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