(9)武闘派疑惑
「それから、今から二代前の国王の時代……」
控え目に話を続けたルーファに、アメリアは目を眇めながら話の先を促す。
「……どうぞ、遠慮なく言ってください。もう今更何を聞いても、呆れたり怒ったりしないような気がします」
「医師養成所を再び平民にも開放したのだが、入所費用とその後の研鑽費用を賄うにはかなりの出費になる。当然、平民の薬師が必要な金を貯めてから入所するとなると、結構年齢を重ねてからだ」
「それはそうでしょうね」
「そうなると、貴族や平民でも裕福な家の若者達と、共に学ぶことになるわけだ」
ルーファが、そこで一度話を区切る。そこまで話を聞いたアメリアは、溜め息を吐いてからうんざりした口調で告げた。
「……どういう状況か、容易に想像できますね。それまで立派に働いてきた方が、お身分やお金があるってだけのろくな知識も技量もない若い人達と同一視されるならまだしも、日々見下されるなんて我慢できないんじゃないですか?」
「そうだな。他にも色々な要素が重なり、平民の医師養成所志望者は当初の想定より増えなかった。そしてその頃になると、世間の見方が厄介なものになってきた」
「厄介?」
「勿論、その個人の力量によるが、『医師と薬師に大した違いはないのでは?』という疑問だ」
「実に、真っ当な評価じゃないんですか?」
「公式記録には残っていないが、そうだったらしいな。それで面目を潰されかけた医師達が、当時の国王に申し出た」
「何をですか?」
「『医師と薬師の区別を、厳密にして欲しい』とだ」
もう嫌な予感しかしなかったアメリアだったが、それを聞いた途端、こめかみに青筋を浮かべた。
「まさかそれが、さっきエストさんが言っていた、患者の身体を切開できるとか、効果の強い扱いの難しい薬剤を扱えるとか、言いませんよね?」
「厳密に言えば、他にも幾つかあったと思うが……。当時の国王が認めて、法制化した」
微妙に彼女から視線を逸らしながら、ルーファが小声で告げた。その途端、再びアメリアの怒声がその場に響き渡る。
「なんってろくでなし揃いなの!? 自分の力量を上げるんじゃなくて、ライバルを蹴落として自分の立場を確保しようだなんて!! それに、そんな馬鹿馬鹿しい話をそっくりそのまま認めて制度化するなんて、その国王は何を考えてるのよ!! いえ、もうここまでくると、何も考えていないとしか思えないわね!? 少しは他人の迷惑を考えなさいよ! 無能野郎!」
「その……、色々と申し訳ない……」
「え? どうしてルーファさんが謝るんですか?」
自分の正面で、項垂れながら謝罪の言葉を口にしたルーファを見て、アメリアは思わず怒りを忘れ、怪訝な顔で相手を見返した。すると彼の横から、エストが焦った様子で割り込んでくる。
「あああ、ええっと、その! こいつは俺と違って、根が正直でくそ真面目な奴だから! ずっと王都暮らしで王様のお膝元で暮らしているから、辺境の薬師のアメリアちゃんが当時の王様に対して憤慨しているのを見て、思わず申し訳なくなってしまっただけなんだよ! なっ、ルーファ! そうだよな?」
「……ああ、まあ、そんなところだ」
相変わらず自分と視線を合わせないまま述べたルーファに対し、アメリアは苦笑で応じた。
「ルーファさんって、本当に真面目なんですね。確かに歴代の王様達には本当に腹が立ちましたが、単に王都に住んでいるだけの人に対してまで、見境なしに八つ当たりしません。気にしないでください」
「いや、君が腹を立てるのは尤もだ」
「まあ確かに、もしこの場に馬鹿王達の子孫がいたとしたら、『ろくでもない先祖の代わりに、甘んじて怒りの鉄拳を受けろ』と宣言して、制裁するかもしれませんが」
「…………」
溜め息を吐いたアメリアは、自分に言い聞かせるように何度か頷いた。それを目の当たりにしたルーファは、思わず遠い目をして黙り込む。そんな二人を交互に眺めたエストは、徐にアメリアに声をかけた。
「アメリアちゃん……。最初に見た時から、そうじゃないかなと思っていたんだけどさ……」
「何ですか?」
「君って、見かけによらず武闘派だよね? 田舎で、熊とか猪とか狩ってた?」
その問いに、アメリアは僅かに口元を引き攣らせつつも、口から出まかせを言うつもりもなく、正直に告げる。
「それは、まあ……、時々は。武闘派という意識はありませんでしたが」
「やっぱりそうか……。安心した。女の子の間で、最近腕っぷしを鍛えるのが流行っているのかと、ちょっと心配していたんだよね」
「どういう意味ですか!?」
「いや、言葉通りの意味だが」
「あのですね!?」
そのやり取りの間になんとか平常心を取り戻したルーファは、話を続行させた。
「その……、アメリア? 取り敢えず、医師と薬師の違いについては分かって貰えたと思う。それから組合に関してだが、他の職業と同じように医師も薬師も同業者で組合を作っている。そこで色々な取り決めをしているのだが」
「それはなんとなく分かります。薬の値段や、選択内容に差が出ないように調整とかしていくんですよね?」
「そんなところかな。ただ薬師組合は、医師組合に上納金を渡すのが慣例になっている筈だ」
「上納金?」
「さっき言及したように、大怪我をして切開や縫合が必要な場合、医師にしか処置はできない。だがそれが済んで服薬管理だけになったら、薬師に引継ぎされるのが慣例なんだ。上納金は、その紹介料の意味合いを兼ねている。だから組合に所属していない薬師には、医師からの患者の紹介がない」
淡々とした口調で、ルーファが説明を加えた。それを聞いたアメリアの顔から、表情が抜け落ちる。
「……それって、体の良い賄賂というものでは?」
その地を這うような声音に、ルーファは沈鬱な声で、エストは些か動揺した声で応じる。
「その……、各個人の見方にもよると思うが……」
「あ、うん。アメリアちゃん。落ち着いて」
「大丈夫です。落ち着いてます。怒りもある程度を越えると、一周回って妙に冷静になれるんですね。今、初めて知りました」
「そういうものかもしれないな……」
「まあ、そういう事だから。これから色々頑張って」
口調は冷静なものでも彼女が握った拳がプルプルと小刻みに震えているのを目の当たりにした男二人は、軽く目と目を見交わして溜め息を吐いたのだった。
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