(8)歴代王の愚策
「そもそも! 医療を生業とする者は、昔から薬師と名乗っていましたよね!? それなのに、どうして医師なんて職業ができて、薬師がそんな差別的な扱いを受けているんですか!?」
怒りを露わにしながらアメリアはテーブルを叩いた。それをルーファが、困り顔で宥める。
「だから、それをこれから説明するから。落ち着いて聞いてくれ」
「というか本当に、どうしてこんな事も知らない薬師がいるんだよ……」
「なんですって!?」
「エスト。お前は黙っていろ」
隣で愚痴っぽく呟いたエストを制止してから、ルーファは重々しい口調で語り出した。
「事の発端は、今の国王から数えて五代前の王の時代、周辺国と激しい抗争が勃発した事だ。当時こちらはかなり旗色が悪く、戦場に赴いた国王まで大怪我を負う事態になってな。戦場では疫病まで蔓延し、敗北一歩手前まで追い詰められたんだ」
「その話がどう繋がるんですか?」
「当時、一人の薬師が抜擢されて国王の治療を任され、その治療により国王は完治。彼が戦場の疫病対策も指揮して、ほどなくそれが収束。その勢いに任せて反撃して、無事に進撃していた他国の軍勢を追い払い、逆に領土を拡張させたという有名な話なのだが……」
ここでアメリアの様子を窺いながら、ルーファは口を閉ざした。言外に、どうしてこんな有名な話を知らないのかと怪しまれている気配を察したアメリアは、動揺を押し隠しながら素っ気なく言い返す。
「五代前って言うと、相当前の話ですよね。興味がなければ知っていなくても仕方がないんじゃありませんか?」
それを聞いたルーファは、それ以上追及せずに話を続けた。
「そうだな。それで無事勝利で終戦を迎えた国王は、命の恩人の薬師の働きに報いる為、恩賞を与える事にした。王室付き薬師の肩書と、貴族の家名と領土を。だがその薬師は、どれも断った」
「え? どうしてですか?」
「彼は『自分は一介の薬師に過ぎず、今後も市井にあって数多の国民が健やかに幸せに過ごせるように尽力したいのです』と申し出たそうだ。その意思を尊重した国王は、予め考えていた恩賞を取りやめ、医師養成所を設立し王家で運営する事にした」
「医師養成所? さっきも、そこを卒業とかなんとか言っていましたね」
怪訝な顔で、アメリアは口を挟んだ。それにルーファが頷いて説明を続ける。
「ああ。今も当時も、薬師と言っても力量には幅がある。それで国王は、『医師』の称号を新たに作り、優れた力量を保持している薬師にそれを与える事にした。当然、恩人の薬師が、一番最初の医師だ。更に国王は、自己研鑽を望む薬師に十分な研究や実習ができるように在籍費用が無料の医師養成所を設立し、そこで学んで十分な実力を得た者に医師を名乗らせるようにした。その最初の医師が初代の医師養成所所長に就任し、我が国の医療の発展に寄与したと記録に残っている」
そこまで聞いたアメリアは、心底感動した風情で感想を述べた。
「はぁ……、全然知りませんでした。良い話ですね。謙虚で多くの民のために身を尽くしたその薬師の方もそうですが、褒美を断られても気分を害さず、その薬師の願いに沿った医師養成所を作ってくれるなんて、良い王様じゃないですか……」
「ああ……。ここまで聞けば、誰が聞いても美談で終わるんだ……」
「そうだよな……、ここで終われば」
ここで男二人が、沈鬱な表情で項垂れる。その反応に、アメリアは僅かに顔つきを険しくした。
「はぁ? まだなにか、続きがあるんですか? それに、なんだかろくでもない感じがするんですが?」
その視線から一瞬目を逸らしたルーファだったが、観念したように彼女に視線を合わせて話を再開させた。
「その次代の王。現王の四代前の王だが……、医師養成所の入所制限を設けて、平民が学べないようにした」
「え? 何でですか!?」
「詳細な理由は公式文書には残っていないんだが……、王の側近の息子が医師養成所在籍中、あまり芳しい業績を上げられなかったらしい。それで優秀な平民の薬師を排除する手段として、国王に訴えたらしい。『医師となれば陛下の御身に触れる場合もあるのに、そんな立場に平民を就けるわけにはいきません』とね」
無理筋過ぎる話に、さすがにアメリアの怒りは一気に沸点に達した。
「なんですかそれはっ! それで、その王様はなんて言ったんですか!?」
「公式記録ではないが、『確かにそうだな。平民の入所資格を無くそう。貴族のみ入所を許可する』と発言して、以後は貴族の子弟しか入所できなくなった」
「なに、そのど阿呆国王! 父親とはえらい違いね!! 今の国王って、そんな馬鹿の血を引いてるわけ!? 信っじられない!!」
「…………」
「あの、アメリア? 気持ちは分かるけど、落ち着いて。ほら、場所が場所だし。人目があるから、ちょっとだけ発言に気をつけて貰えないかな?」
「……分かりました」
呆れ果てたアメリアは、思い切り当時の国王を罵倒した。それを聞いたルーファは何故か無言のまま片手で顔を覆い、エストが僅かに狼狽しながアメリアを宥めてくる。今いる場所がオープンカフェだというのを思い出したアメリアは、先程の発言で行き交う人々から不審の眼差しを受けているのを自覚し、怒りを押し殺して黙り込んだ。
そして気まずい沈黙が少し続いてから、ルーファが再び口を開く。
「それから、その次の国王。今から三代前の国王の時代だが……」
「まだ何かあるんですか!?」
「医師養成所の入所条件を貴族だけにしたら、在籍人数が一気に減ってしまってね。医師の数が少なくなってしまったんだ。当然と言えば当然だ。貴族でそこへの入所を希望するのは、爵位や領地を引き継げない者達で、平民の希望者と比べれば元々の人数は少ない。それに能力や意欲に欠ける者が多く、卒業を認めて貰う為の賄賂が横行する事態になった」
事の次第を聞いたアメリアは、呆れるのを通り越してうんざりしてきた。
「こういうのって……、自業自得と言うんですかね?」
「確かに、優秀な医療者を養成するのを目的としていたのに、本末転倒な話だな。それで取り敢えず、平民の入所制限を撤廃した」
「それなら良かったですね」
思わず相槌を打ったアメリアだったが、そこでルーファが予想外の事を口にする。
「その代わりに、王家が医師養成所に一切運営費用を出さなくなり、入所者から多額の授業料を徴収することになった」
「どうしてそうなるんですか!?」
「それは、だな……」
「なんですか?」
「…………その国王が、ケチだったからだ」
「ここの国王は、どうして揃いも揃ってろくでなしばかりなんですか!?」
「…………」
もう何度目になるか分からないアメリアの怒りの叫びに、男二人は反論せず、黙ってその怒りが静まるのを待つばかりだった。
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