(7)医師と薬師

 さり気なく腕を取られ、促されるままアメリアは店の外に出た。そのまま三人で歩き出したが、自分の腕を掴んでいるエストの手を些か乱暴にエストの手を払いつつ、悪態を吐く。


「一体何なんですか、あなた達は?」

「俺達? そりゃあやっぱり、可愛い女の子の味方?」

 その人を食った物言いに、アメリアのこめかみに青筋が浮かぶ。その直後、彼女はルーファに顔を向けながら確認を入れた。


「この人、殴って口を変形させても良いですか?」

「そうだな……。少しだけなら良いかな?」

「それなら遠慮なく」

「おい、ルーファ!」

「冗談だ。ところでアメリア、だったよな? 君はどうしてあの薬店にいたんだ? 何か購入したい薬があるなら、他を当たった方が良いぞ? あそこは以前から、あまり評判が良くないから」

 真顔での忠告に、アメリアも瞬時に冷静になって応じる。


「そうなんですか? それなのに、王都東地区の薬師組合長をしているんですか?」

「そうらしいが……。まさか君、薬を買いに行ったんじゃなくて、何か薬師組合絡みの話をしに行ったのか?」

「話をしに行ったと言うか……、ご近所の方から、薬師組合に挨拶に行った方が良いんじゃないかと言われたもので……」

「挨拶? 何の?」

「私、薬師なんです」

「え?」

「は?」

「……何か?」

 男二人が困惑を通り越して、呆気に取られた表情になった。まだ昼前にもかかわらず、朝から不審な対応をされていたアメリアは、憤然としながら睨み返す。対する男二人はすぐに気を取り直し、顔を寄せ合って囁き合った。


「ルーファ。これはちょっと、面倒な……」

「ああ、そうだな。確実に、話が長くなりそうだ」

 そこで男達は素早く算段を立て、ルーファがアメリアに申し出た。


「アメリア。君、これから時間はあるかな? 今後に関して色々心配な事が出てきたから、込み入った話をしたいんだ。すぐ近くに、俺達の馴染みのカフェがあるんだが、そこでどうかな? 勿論、俺が驕るから」

「話をするのは構いませんが、奢って貰う必要はありません。自分で支払いをしますのでお気遣いなく」

「……うん、分かった。そうしよう」

 きっぱりと断言したアメリアに、ルーファは下手に食い下がるような真似はしなかった。



「ええと……、それで、君がどうしてあの店に行ったのか、説明して貰いたいが」

「構いませんけど……」

 ルーファが指定した店まで少し歩き、三人でテーブルを囲む。各自が注文を済ませてから促されたアメリアは、朝のシェスカとのやり取りから始まり、ガイナスの店に出向いてどんなやり取りをしたのかを順序立てて語って聞かせた。そして最後に、困惑顔で話を締めくくる。


「それで、結局『医師』ってなんの事でしょう? 話の流れだと組合を作っているみたいなので、何かの職業の事だと思いますが。どんなお仕事ですか?」

「……………」

 大真面目に問いを発したアメリアを見て、男二人は盛大に溜め息を吐き、文字通り頭を抱えた。


「エスト……、どうする?」

「どうもこうも……。この際、きちんと教えておかないと駄目ですよね」

「どうして薬師が、医師の事を知らないんだ……」

「俺に聞かないでください」

「あの、さっきから何をボソボソ言っているんですか? 言いたい事があるなら、はっきり言ってください!」

 テーブルの向こうで囁き合っている男達に向かって、アメリアが腹立たしげに問い質した。すると真剣な面持ちのルーファが、軽く謝罪してから話を始める。


「すまない。取り敢えず、君の疑問に答えようか。簡単に言えば、医師は医師養成所を卒業して医師の認定を受けた、病人や怪我人の治療をする者だ」

 それを聞いたアメリアの顔が、困惑したものに変化する。


「え? それって、薬師とどう違うんですか?」

「薬師は病人の治療をする者だ」

「はぁ? ですから、どう違うんですか?」

 全く要領を得なかったアメリアは、本気で首を傾げた。するとエストが、どこかうんざりした口調で口を挟んでくる。


「だーかーらー。医師はれっきとした国認定の資格保持者だが、薬師は薬師と師弟関係を結んで修行すれば、極端な話、誰でも名乗ってオッケー。医師は治療のために刃物で人の身体を切れるけど、薬師はそんなのはご法度。医師は効果の強い劇薬とか毒薬を扱えるが、薬師はそれを扱えない。これだけの違いがあるんだよ」

「なんっですか、その無茶苦茶な話はぁぁぁっ!!」

 完全に予想の範囲外だったその内容に、アメリアは思わず盛大にテーブルを叩きながら怒声を放った。しかし彼女の怒りは、話が進むにつれて一層深まっていった。


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