(6)意味不明な話
「良かった……、ここよね。あの騒ぎで、シェスカさんに書いて貰ったメモを落としちゃったけど、近くまで来ていて助かったわ。それにしても……、何なのかしら、あの失礼な人!」
メモを失ってしまったものの、アメリアは記憶していた場所に迷わず辿り着けた。その幸運に胸を撫で下ろしつつ、気持ちを切り替えて店のドアを開ける。
「いらっしゃいませ。何かご入用ですか?」
人が十人も入れば一杯になってしまう程度の店内は、奥の壁に作り付けの棚があり、そこに所狭しと数々の瓶や箱が並んでいた。その手前に広いカウンターが設置されていたが、その向こうから年配の女性が声をかけてくる。見回しても店内にはその女性しかおらず、アメリアは恐縮気味に彼女に尋ねた。
「あの……、薬師のガイナスさんはいらっしゃいますか?」
「客じゃないのかい? うちの人に何の用?」
「初めまして。王都東地区に越してきた、薬師のアメリアと申します。こちらのガイナスさんが東地区の薬師組合の薬師長とお伺いしまして、ご挨拶に伺いました。時間があるようなら、少し話をさせていただきたいのですが」
初対面の相手には第一印象が大事とばかりに、アメリアは礼儀正しく笑顔で頭を下げた。しかし最初怪訝な顔をしていた女性は、アメリアの言葉を聞いて目を丸くする。
「はぁ? 薬師だって? あんたが?」
「はい」
「へぇえ?」
(何なの? 幾らなんでも失礼過ぎない?)
上から下まで無遠慮に眺められて、アメリアはさすがに気分を害した。それで抑えた口調で言葉を継ぐ。
「あの……、お忙しいようなら出直しますが」
「別に構わないよ。今呼ぶからちょっとお待ち」
そこで素っ気なく言い返した女は背後を振りかえり、店の奥に繋がるドアの向こうに大声で呼びかける。
「ちょっとあんた! 女の薬師が挨拶に来てるよ! 店の方に来ておくれ!」
すると少しして、苛立たしげな台詞と共に、彼女と同年配の男が現れた。
「はあ? 何を寝言言ってやがる。女の薬師なんているわけないだろうが」
「だって、ここに来てるんだよ。ほら」
「何だって?」
妻に指し示されたガイナスは、怪訝な顔でアメリアを見やった。対するアメリアはそれまでにかなり気を悪くしていたものの、不平不満を押し殺して神妙に頭を下げる。
「ガイナスさんですか? 初めまして、薬師のアメリアと申します。この度、東地区で薬師として生計を立てようと思っていますので、挨拶に参りました」
しかし彼の態度は、先程の妻のそれと同様だった。
「薬師? あんたが? 何の冗談だ」
「冗談ではありません」
「それじゃああんた、今までどこの薬師組合に所属してたんだ?」
「……どこにも所属していません。王都に来て、初めて薬師組合というものがあるのを知りましたし」
さすがに竜の国で竜人の薬師に師事していましたなど口にできなかった彼女は、半分嘘で半分真実を告げた。するとそれを聞いたガイナスは、鼻で笑った。
「はっ! それじゃあド田舎のはぐれ薬師が、暇つぶしに女子供に適当に薬を扱わせた挙句、薬師を名乗らせたってわけか。とんだお笑い草だな。おい、こんなエセ薬師の言う事を真に受けるな。馬鹿かお前は」
「そうだよねぇ……。あたしもちょっと、おかしいとは思ったんだけどさぁ」
夫婦で顔を見合わせ、さもありなんという風情で言葉を交わす。それを眺めたアメリアは、なんとか怒りを堪えながら申し出た。
「先程から聞いていれば、初対面の人間に対して失礼過ぎませんか? それに薬師としての力量は、外見で判断できるものなんですか?」
その訴えに、ガイナスが面白くなさそうに応じる。
「ほう? 随分生意気な口を利くじゃねえか。小娘の分際で。じゃああんたは、自分が一人前の薬師として働けるって主張するわけか?」
「勿論です」
「それなら入会金と組合費を出して貰おうか。そしたら一人前って認めてやるよ」
「はい? 何ですか、それは?」
また聞き覚えの無い言葉が出てきたことで、アメリアは本気で戸惑った。するとガイナスが、顔つきを改めて凄んでくる。
「おい、冗談は止せ。薬師組合に加入するんだったら、払う必要があるだろうが」
「どうしてそのお金を払う必要があるんですか。それに、そのお金を何に使うんですか?」
「お前、本当にどんな田舎から出て来たんだ? 薬師組合内の懇親費用や、医師組合への上納金に使うに決まってんだろうが」
「『医師組合』ってなんですか? 薬師組合みたいに医師の組合って事ですか? でも、そもそも『医師』ってなんですか? そんな訳の分からないことに使うお金なんて、払うつもりはありません」
「…………」
アマリアは殆ど何も考えず、きっぱりと宣言した。ガイナス達は呆気に取られて彼女を見やったが、次の瞬間店の外まで響き渡る罵声を放つ。
「ばっ、馬鹿かてめえはっ!! 『訳が分からないこと』だとっ!! しかも薬師のくせに医師を知らないとか、ふざけるのも大概にしろっ!!」
「あっ、あんたねっ!? 言っていい事と悪い事の区別もつかないのかい!? 患者の斡旋をして貰えなくなるし、下手すりゃ仕事ができなくなるよ!?」
「それ以前に、薬師組合に所属しないはぐれ薬師が、王都内で働けると思ってんのか!? ガタガタ言わずに、さっさと金を持って来い!! 組合への入会金はミュール銀貨十枚、組合費は毎月一枚だ!」
夫婦揃っての悲鳴まじりの怒声に負けじと、アメリアも声を張り上げた。
「なんですか、それは!? お金なんか持って来てませんし、どうしてそんな法外なお金を払わないといけないんですか!」
「あぁ? 金が払えないだと? それなら手っ取り早く、身体で払って貰おうか! 良い所を紹介してやるぜ!!」
「あんた! 幾らなんでも、初対面の若い娘に言い過ぎだよ!?」
(決定! この手のろくでなしは、殴って沈めて良いやつ!)
ここでさすがにガイナスの妻が、夫の暴言を叱りつけた。それを聞いたアメリアが密かに制裁に動きかけると同時に、緊迫した店内に新たな声が生じる。
「そうだねぇ……。客観的に聞いても、ちょっと乱暴すぎるかなぁ?」
「外聞を憚る物言いだな。ここは客商売だし、もう少し言動に注意した方が良いんじゃないか? 誰が聞いているのか分からないし」
「…………くっ!」
いつの間にかドアを開けて、二人の男が入って来ていた。彼らの冷静な指摘に、ガイナスは怒りで顔を赤くしながらも口を閉ざす。割り込んできた第三者が先程別れたばかりのルーファとエストであるのに気付いたアメリアは、無意識に顔を歪めた。
「やあ、アメリアちゃん! 奇遇だね~! 十五分ぶりだ。元気だった?」
「はぁ!? 馴れ馴れしくしないで貰えますか!?」
「気持ちは分かるが、ここであれを殴り倒したら、警備隊に捕まるのは君の方だぞ?」
「…………」
能天気なエストの台詞に怒りが振り切れそうになったアメリアだったが、近付いたルーファが囁いてきた内容に、思わず唇を噛んだ。取り敢えず彼女が自制したのを見て取った二人は、店内のガイナス達と、店の外で何の騒ぎかと躊躇っていた客に愛想を振りまく。
「なんか、あんたとの話は終わったみたいなんで、彼女と一緒に引き上げますから」
「お邪魔しました。騒ぎは収まりましたので、どうぞ店内に入ってください」
そのまま二人は流れるように自然な動作で、大人しくなったアメリアを誘導して店から離れて行った。
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