(5)懸念

「それじゃあ、そこの勇ましいお嬢さんには、お茶を奢ってあげよう」

「結構です! 失礼します!」

 茶化すような口調で言われたアメリアは、憤然として踵を返した。しかしそこでルーファが険しい声をかけてくる。


「レスト。いい加減にしろ。ええと……、アメリアと言ったかな? このお金は君の物だから」

「どうしてですか? それに、このお金はなんですか?」

 足早に近付いてきたと思ったら、申し訳なさそうに差し出された掌とそこにあった複数枚の銀貨を見て、アメリアは怪訝な顔になった。するとルーファは、神妙な口調で説明してくる。


「さっき、駆け付けて来た警備隊に、あの泥棒を引き渡した。一般人が犯罪人を捕獲して警備隊に引き渡した場合、罪状と人数によってその場で警備隊から謝礼が出るんだ。それが高額な場合は、後日支払いということになるが。今回は窃盗で一人だったから、即金で支払って貰った」

「そうだったんですか……」

「王都内は定期的に警備隊が巡回しているが、どうしても全ての事件や揉め事を把握して、即座に対応できるとは限らない。その補完的な制度なんだ。引き渡したのは俺だが、実質的に奴を倒したのは君だからな。これを受け取ってくれ」

「はぁ……、ありがとうございます……」

 そんな制度があるのを初めて知った彼女は、素直に手を伸ばしてそれを受け取った。するとレストが、恩着せがましく口を挟んでくる。


「ほら。こういう制度も知らない世間知らずなお嬢さんに、良い社会勉強をさせてあげたんだから。安い授業料だよな?」

(何なのよ、この人。一々腹が立つわね。第一、このお金がそうだって言うなら、もしかして……)

 むかっ腹を立てながらも、『安い授業料』のくだりに引っ掛かりを覚えたアメリアは、目を細めながらレストに向き直る。


「レストさん、でしたよね? つかぬ事をお伺いしますが、さっきの『驕る』って発言、まさかこのお金で支払うつもりだったんですか?」

「当然」

「それじゃあ、あなたが私に驕るんじゃなくて、私があなたに驕るってことですよね!?」

「アメリアちゃんは、随分と細かいことに拘るんだねぇ……。あまりギスギスしているとモテないよ?」

 含み笑いで言われた台詞で、アメリアの堪忍袋の緒が切れた。


「結構です! 少なくとも、あなたのような人にモテたいとか思いません! それでは失礼します!」

「あ、ちょっと待って!」

 吐き捨てるように言い返したアメリアは、勢い良くその場から駆け出した。形だけ引き留めたレストが彼女を見送ってから、傍らにいる相棒を見やる。


「さて……、できるだけ彼女の気を逸らしてみましたが、視た感じ、どうでした?」

 先程までの口調とは打って変わって、レストは忠実な部下の顔で己の主に尋ねた。対するルーファは途端に難しい顔になり、自問自答するように告げる。


「やはり魔力持ちのようだ。世俗に疎そうだし、お前が先程口にしたように、よほど辺鄙な田舎から出て来たのかもしれないな……」

「魔術師達が、こぞって勧誘に来るレベルですか?」

「それは分からん。何と言っても、俺は本職ではないからな。だが……、なんとなく引っ掛かりを覚える」

 そのまま考え込んでいる彼を見て、レストの表情も深刻なものになってきた。


「これまでにも微力な魔力持ちには何人か遭遇したことはありますが、殿下がそこまで仰るならどちらにしても厄介そうですし、世間知らずなところも含めて心配ですね。すみません、逃げられてしまいました。身元を聞き出せれば良かったのですが、名前だけでは……。保護するか、監視するべきだと思いますが」

「そう悔しがるな。ほら」

「これは?」

「金を渡してからお前と揉めている間に、彼女からこっそり拝借した」

 そこで平然と差し出された折り畳まれた用紙を目にしたレストは、意外な主の手癖の悪さに頭痛を覚えた。


「殿下……、いつからコソ泥の真似事をするようになったんですか……。勘弁してください。親父に知られたら、問答無用で殴り倒されます」

「人聞きの悪い。ポケットから落ちたのを拾って、返す前に彼女が駆け去ってしまっただけだ。彼女を怒らせたお前が悪いのに、私を悪者にするな」

「はいはい。それでは取り敢えず、ここに書いてあるガイナス薬店に行ってみましょうか。そこが滞在先なんですかね? あまり良い噂は聞きませんが」

「そうだな……」

 そこで男二人は気乗りしない様子ながら、連れ立って目的地へと向かって歩き出した。





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