(4)早くもトラブル勃発

「事前に集めて貰った情報と違う……。でも初対面のシェスカさんが、私に嘘を吐く理由が無いし、きちんと確かめてみないと。シェスカさんが『もの凄い田舎から出て来たんだね』と見当違いの同情をしてくれて、東地区の薬師組合長の名前と店舗の場所まで教えてくれたし」

 予想外の話を聞かされたものの、すぐに気を取り直したアメリアは、住所や名前などを書き込んだメモを片手に、目的地に向かって歩いて行った。


「ええと……、念のため地図も持って来たけど、これ、分かりにくいな……。こっちの方向で良いんだよね? もう少ししたら、誰かに聞いてみよう」

 ブツブツと独り言を呟きながら歩いていると、進行方向から男の切羽詰まった叫び声が響いてくる。


「誰かぁあぁぁっ! 泥棒だぁぁっ! そいつを捕まえてくれぇ――っ!!」

「え? 泥棒?」

 アメリアが思わず前方を凝視すると、何か布袋のようなものを握り締めて、往来を勢いよく自分がいる方に向かって駆けてくる男が目に入る。先程の叫び声が聞こえている筈なのに、前方にいる通行人が誰一人としてその男を引き留めたり誰何する事なく、それどころかぶつからないように避けているのを目にしたアメリアは、本気で憤慨した。


「なんで誰も止めないのよ!? 人間の国って治安が悪いから国防のための騎士の他に、治安維持のための職業があるのは分かっていたけど、本当にろくでもないわねっ!!」

 そう吐き捨てた直後、アメリアは泥棒と思われる男の進路に立ち、堂々と言い放った。


「あなた! 大人しく盗った物を返さないと、容赦しないわよ!?」

「うるせえ!! どけぇっ!!」

「警告はした!!」

 弾き飛ばす勢いで駆け寄って来た男を、アメリアは身体を捻ってすんでのところでかわしつつ、その向う脛を盛大に蹴りつけた。


「うおっ!?」

 その一撃に、男が溜まらずバランスを崩して前方に倒れかかったところで、アメリアは素早く彼の腕を掴み、自分の身体全体を使って投げ飛ばす。


「はぁあぁぁっ!」

「なっ!? ぐはぁぁっ!!」

「よし! 一丁上がり! 何か、縛る物はないかな……」

 まだ抵抗するようなら容赦なく次の攻撃を繰り出すつもりだったアメリアだが、石畳に盛大に身体を打ち付けられた衝撃で、男は呆気なく意識を失ってしまった。それを見たアメリアは、取り合えず拘束するものはないかと周囲を見回していると、唐突に背後から声をかけられる。


「お嬢さん。お困りのようですので、お助けしますよ? 縛り上げるのに、こんな紐はどうですか?」

「あ、ちょうど良いですね。ありがとうございます」

「というわけで、ルーファ。これ使え」

 二十代前半の男が笑顔で差し出してきた強度がありそうな紐を見て、アリシアは素直に礼を述べた。すると彼は、いつの間にか倒れている泥棒の側に歩み寄っていた同年代の男に向かって、その紐を放り投げる。それを受け取った男は、嫌そうに顔を歪めた。


「お前な……。どこまで要領よく立ち回る気だ」

「少ない労力で最大限の利益。それが俺のモットーだから」

「分かってはいたがな……」

 紐を手にした男が溜め息を吐いてから、手際よく泥棒の手首を縛り上げる。そこでアメリアは、目の前の男達の素性について尋ねた。


「ええと……、どちら様でしょう?」

 その問いかけに、声をかけてきた男が笑みを深めながら応じる。


「俺はレストで、あれがルーファ。勇敢なお嬢さん、君の名前は?」

「あ、はい。アメリアと言います」

「ふぅん、アメリアちゃんか。それなりに腕に覚えがあるみたいだけど、あまりむやみやたらに荒事に首を突っ込まない方が良いよ? 逆恨みされる場合もあるからね。現に他の皆、誰も止めたりしなかっただろう?」

 その物言いに、微妙に考えなしとでも言われたように感じたアメリアは、眉根を寄せながら言葉を返した。


「……人間って、そんなに薄情な人ばかりなんですか?」

「まるで、自分が人間じゃないような物言いをするね?」

 ここでレストが薄笑いで応じる。それで我に返ったアメリアは、些か動揺しながら必死に弁解した。


「それはっ! お、王都の人間は、って意味ですっ!!」

「分かってるって。アメリアちゃんは人情溢れる、ド田舎から出て来たばかりなんだろう? ちょっとお兄さん、心配になっちゃってさ~」

「あ、あのですねっ!」

 どうやら先程の台詞に深い意味合いはなかったらしいと、アメリアは安堵した。そこでもう一人の男から声がかかる。


「レスト。彼女をからかうのもほどほどにしておけ」

 そしてルーファは軽く背後を振り返り、そこにいた男に向かって声をかけた。


「ほら、お前の持っていた金を盗んだコソ泥を倒したのは俺達じゃない。こっちのお嬢さんだ。例を言いたかったら、彼女に言うんだな」

「はいっ! お嬢さん、ありがとうございました! 本当に助かりました! 今日はお得意様を何軒も回って、かなりの額の売掛金を回収していたところだったので! 全部奪われてしまっていたら旦那様に叱責されるだけでなく、首になるかもしれませんでした! 本当に、ありがとうございました!」

 アメリアに駆け寄った中年の男が、涙を浮かべながら感謝の言葉を述べた。何度も深く頭を下げる男を見て、アメリアも先程までの不愉快さが消え去り、自然に笑顔になる。


「いえ、無事にお金が戻って何よりでした。気をつけて帰ってくださいね?」

「はい! そうします!」

「いや、今回は幸いだったが、問題は根深いぞ?」

「え? 何がでしょう?」

 唐突にルーファが、難しい顔になりながら告げた。被害者の男とアメリアは困惑したが、ルーファとレストの重々しい口調での会話が続く。


「そうそう。偶々大金を回収中、しかもある程度回収した段階で、偶々強盗に遭遇とか」

「本当に偶々かもしれないが、そうではないかもしれない。お前の回収予定を知る誰かが、あの強盗にそれを漏らした可能性は考えられないか?」

「人を介していればすぐには判明しないかもしれないが、今回は叱責覚悟で襲われた事を正直に雇い主に報告した方が良いぞ?」

「俺達の話を含めてな。それを聞いた後のことはその雇い主の判断だが、予定を知る者をより限定したり、回収役の人間に護衛をつけるようにした方が良いかもしれない」

「というわけで、これを渡しておく」

「……あの」

 段々不安そうな顔になってきた男に向かって、ここでレストが一枚の紙を差し出す。


「俺達が用心棒として登録している、ギブズ人材紹介所の案内だ。短期の護衛派遣や貴重品運搬作業も受付中。そこんとこよろしく!」

「はぁ……」

(何なの、この人達! この人達だって、私が泥棒を倒すまで何もしないで傍観していたくせに! ちゃっかり仕事の斡旋に繋げるつもり!?)

 ちゃっかり自分の仕事に繋げる気満々の男達を見て、アメリアは呆気に取られ、次いで憤慨した。



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