(14)保護者達の相談

 アメリアが竜の国の王城で暮らし始めてから穏やかに、しかし容赦なく時は過ぎ、彼女は16歳になっていた。


「今日、お前達に集まって貰ったのは他でもない、アメリアの今後の生活についてだ。早いもので、あの子ももう16歳。人間でいえば、独り立ちする時期になっている。この間、皆にあの子の教育を任せていたが、各方面の習得状況はどうだろうか?」

 城の一角にアメリアの教育係を招集したザルシュは、エマリールとともに円卓を囲んでいる三人に問いかけた。すると真っ先にタウラスが声を上げる。


「陛下。武芸一般は問題ありませんぞ? 剣と槍と弓を、満遍なく修練させましたからな。さすがに人間の娘の体力腕力では竜の騎士に敵う筈ありませんが、人間の騎士相手なら真っ当な騎士でも十分手玉に取る事ができるでしょう」

「そうは言っても、実際に人間の騎士がどれだけの力量があるのか、お前は久しく立ち合っていないだろうし、判断できないのではないか?」

「タウラス。時折人間の国に忍びで遊びに出かけては、腕の立ちそうな者に喧嘩をふっかけては叩きのめしているという噂は、誠ではあるまいな?」

 怪訝な顔になったザルシュの横で、エマリールが軽く睨みながら探りを入れる。しかしタウラスは王太子であるエマリールの視線など全く意に介さず、豪快に笑い飛ばした。


「ははははっ、人聞きが悪いですなエマリール様。偶々意気投合した人間に正式に申し込んだ上で、時折手合わせをしているだけではありませんか。勿論、私が竜であることなど、気取らせてもいませんぞ? ご心配無用です」

「…………」

 これは何を言っても無駄だと諦めたエマリールが、無言で溜め息を吐く。そこで室内に漂った沈黙を打破するべく、リドヴァーンが静かに口を開いた。


「私からも報告を致します。これまでアメリアに医術に関して指導してきましたが、薬師として独り立ちできる程度には知識や実技を習得させております。健康管理と生業確保に問題ありません」

 それを聞いたザルシュとエマリールは、幾分安堵した表情になる。

「お前がそこまで言うくらいなら、心配はなかろうな」

「そうなると、アメリアはやはり人間の国では、薬師として生計を立てるつもりなのだな?」

「本人から、そう聞いております。ユーシアとも相談して、他の色々な職業の指導もしてみましたが、一番興味を持って進んで習得したのが医術でしたので」

 そこで話の続きを、ユーシアが請け負った。


「今のお話にも関係しますが、向こうに潜伏している者達にこの一年程、アメリアの移住先の情報を集中的に収集させておりました。人間側とこちらの国が分断されて数百年。慣習や物の呼び名などが変わっている場合もありますので。リドヴァーンと相談して、薬師が治療に使う生薬や基材、道具などの呼称の確認をさせました。把握できた内容で向こうとの一番の違いは、こちらでは薬種商に当たる商人が乾物商と称されている事でしょうか? 乾物商では薬として用いる物の他に、香辛料や香料として使う幅広い種子や樹皮、香木など幅広く取り扱っております」

「ほう? そうなのか?」

「随分、煩雑な感じがするが……、そこで本当にアメリアが必要とする物が揃うのか?」

 説明を聞いてザルシュは意外そうな顔になり、エマリールは懸念を示す。それに対し、ユーシアが説明を加えた。


「アメリアが今後必要とするであろう薬種を少しずつ持ち込んで、買い取ってもらえるかどうか試しております。普通に流通していれば、買い取って貰えますから。それと同時に、それがどのような名称で呼ばれているのかと、売値などもさりげなく確認させております」

「なるほど。さすがにぬかりはないな」

 エマリールが長老の思慮深さと手際の良さに、心底感心して頷く。そこでタウラスが、思い出したように周囲に問いかけた。


「そういえば、サラザールの姿を最近見ないと思っていたら、一年程前から人間の国で生活していると聞いたが、本当なのか?」

 それを聞いたリドヴァーンが、呆れ顔を隠そうともせずに答える。


「気がついたのが最近ですか? 確かに一年ほど前から、こちらに一番近い人間の国で生活しています。去年、アメリアが15歳になった時、あの子が『人間だと15歳で独り立ちするっていうから、そろそろ人間の国で生活してみようと思う』と言い出した事で相当慌てたようですね」

「それでサラザールが『いきなりアメリアが一人で人間の国で生活するのは、問題があり過ぎる。俺が事前に実地調査と生活基盤確保を兼ねて、一足先に人間の国で生活して事前にできるだけ危険を排除しておく』と宣言して、止める間もなく出立してしまったのでな。本人は『10年位はアメリアと一緒に生活して様子を見る』とも宣言している。まあ、我々竜にとっては、10年位なんでもないが」

「アメリアからしたら、どうでしょうね」

「過保護と言われて、愛想を尽かされないか?」

 苦笑気味にザルシュが告げると、リドヴァーンとタウラスが微妙な顔を見合わせる。すると渋面になったエマリールが、恨み言を口にした。


「全く……。ユーシアが『人間が独り立ちするのは30歳を過ぎてからだ』とでも、言っておけば良かったのに。馬鹿正直に『大抵の人間は15歳で一人前とみなされて、仕事を任せられる』などとアメリアに言いおって」

「申し訳ありません。元来、正直なもので」

「少しは融通を利かせろ」

「まあまあ、そう仰らずに。可愛い妹のアメリアの為とは言え、進んで一人で未知の土地で生活しようと決心するなど、なかなか見上げた心意気ではありませんか。調査員達の報告では、何やら色々と失敗をして周囲に迷惑をかけたり笑われたりしながらも、それなりに日々を満喫して過ごしておられるようですし。サラザール様にとって、良い経験になりましょう」

 穏やかな笑みを浮かべながらのユーシアの報告を聞いて、エマリールの眉が不快げに寄せられる。


「ユーシア……。私への便りでは、日々順調に過ごしているとの内容ばかりだが、あやつは向こうで何をやらかしているのだ?」

「エマリール様。若い頃の苦労は、どんな事でもしておいて損はございませんよ?」

「全く……」

 怒りの波動を向けられてもびくともしないユーシアに、エマリールは諦めて小さく舌打ちした。その場の少々微妙な空気をどうにかしようと、ザルシュが少々強引に話題を変える。


「そういえば、今日はアメリアはどこに行っているのだったかな?」

 その問いかけに、すかさずリドヴァーンとタウラスが答える。


「最近、郊外の畑を荒らす大猪の群れが現れたと噂になっていて、駆除してくると皆で出かけて行きました。あの辺りは竜の集落も少なく、下手すると猪の数の方が多いものですから。大人であれば問題ありませんがく、子供の竜が襲われたら危険ですので」

「生きのよい猪肉を調理して貰いたいから、晩御飯の仕込み時間までには戻りますと言っていたな」

「今夜のメインは猪肉料理か。それは楽しみだ」

 そこでザルシュが相好を崩し、それに釣られるようにエマリールと他の三人も誰からともなく笑い出して話し合いは終わりとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る