(13)立派な人間の定義

 夕食時。王家の皆が揃う食堂にやって来たアメリアは、真っ先にラリサの席に駆け寄って頭を下げた。


「おばあちゃん! 今日、いっしょにおやつを食べる約束をしていたのに、ごめんなさい!」

 可愛い義理の孫との午後のひと時を楽しみにしていたラリサだったが、穏やかに微笑みながらアメリアに声をかける。


「良いのよ。『忙しいからまた今度』という伝言は聞いたし。それに、皆と遊ぶ約束も断ったと聞いたわ。もしかして、どこか具合が悪いところがあるの? もしそうなら、我慢していては駄目よ?」

「ううん、元気よ。でもユーシアから出された宿題を、今までずっと考えていたの」

 真顔で言われた、自分との約束のキャンセルの理由を聞いたラリサは、本気で驚いてしまった。


「まあ……、午後中ずっと?」

「うん。明日までに、考えてきなさいって。でもむずかしくて、答えがなかなか分からなくて」

「それは困ったわね」

「でも、ちゃんと分かったから大丈夫!」

「あら。それならおやつも食べていないし、美味しくご飯が食べられるわね」

「うん! おなかすちゃった! ごはんごはん!」

 満面の笑みで自分の席に向かったアメリアを見て、ラリサは自然に笑みを零した。そのやり取りを見ていた他の者達も微笑み、食堂内の空気がほっこりする。

 そして全員で和やかに食事を食べ始めてからすぐ、エマリールがアメリアに問いかけた。  


「アメリア。初日からなかなか大変だったようだが、今日ユーシアはどんなことを教えたのだ?」

「ええと……、この竜の国が、どんなふうに作られたのかを教えてもらったの。悪い人間が竜の子供をさらって死なせちゃったから、竜が悪い人間をやっつけて、陸を二つに分けて行き来できないようにしたこと」

「ほぅ? そうか……」

 少し考え込んでから、アメリアは素直に答えた。それを聞いたエマリールは若干眉根を寄せたが、特に感想を口にはしなかった。しかし年長者達が、何とも言えない顔を見合わせて囁き合う。


「ユーシア……、初日から、こんな小さい子に何を教えている」

「人間だからこそ、早めに教えておいた方が良いとでも判断したのでしょうか?」

 ザルシュとラリサは困惑したが、そんなことなど知らないアメリアは、真顔で話を続けた。


「それで、陸地を分断しただけじゃなくて、人間が船にのって海をわたってこちらがわに来ないように、魔術で強い海流やうずを作っていたり、ないしょで人間の国に行かせている竜に、人間が空を飛ぶ乗り物を作ったりしていないか調べさせて、もし作っているならそれを邪魔したり、魔術で考えているのをわすれさせるようにしているって。すごいよね!?」

「まぁ、そうだな。こちらの国ができた時から、地道にコツコツと隠蔽工作や情報操作を続けているな」

 アメリアの報告に、エマリールは微妙に呆れ顔になった。そしてルディウスとレティーは頭を抱える。


「うわ、そんな重要な極秘事項まで話したのか……。本当に、ペースが速すぎないか?」

「人間の国での偵察行動については、知らない竜の方が多い位なのに。あっさり教えてしまって良いのかしら?」

 義理の叔父たちの困惑にも気づかないまま、アメリアは話し続けた。


「それでね? ユーシアは、今はこれで……。ええっと……、なんて言ったっけ? あ、そうそう! 『きんこうをたもっているからへいわ』だって言ったの。でもね? 続けてこういったの。『アメリアはこのままで良いと思いますか?』って」

 それを聞いたエマリールは、興味深そうに尋ねた。


「なるほどな……。それでアメリアは、なんと答えたのだ?」

「少し考えて『竜と人間がなかよくなって、昔みたいにいっしょにくらせるようになれば良いと思う』って言ったの。そうしたらユーシアが『それでは昔みたいに竜と人間が仲良く一緒に暮らすためにはどうすれば良いか、明日まで考えておいてください。それを宿題にしましょう』って言ったの」

「そうか……、それが宿題か」

「ユーシア……、本当に容赦ないな。耄碌していないのは良かったが」

 エマリールはおかしそうにうっすらと笑っただけだったが、幼い頃、ユーシアから厳しい教育を受けた記憶が蘇ったサラザールは、思わず遠い目をしてしまった。


「それはまた、最初から随分大変な宿題が出されたわね。でもさっき、答えが分かったと言っていたけど、どうすれば良いと思うの?」

 ここで、先程の会話を思い出したラリサが、思わず口を挟んだ。するとアメリアが、冷静に告げる。


「あのね? アメリアが立派な人間になれば良いと思うの」

「え?」

 それを聞いたアメリア以外の者が、揃って怪訝な顔になった。それでその場全員を代表して、サラザールが問いかける。


「アメリア? 自分が竜じゃないと知った時にも同じことを言っていたと思うが、一体どういうことだ?」

 するとアメリアは、顔つきを改めて話し出した。


「ええとね? あの時は、母様みたいな立派な竜になれないなら、立派な人間になればよいと思ったけど、どんな人間が立派な人間かわからなかったの」

「それはそうだろうな」

「だから、これからユーシアに竜と人間のことを色々教えてもらって、頑張ってべんきょうする。そして竜と人間どちらのお友達もいっぱい作れる、立派な人間になるの! そして、皆で仲良くしてもらうの! そしたら昔みたいに、竜と人間が仲良くいっしょにくらせるようになるよね!?」

「……ああ、そうだな」

 最後は自信満々に主張してきた妹を見て、サラザールは一瞬呆気に取られてから、あまりにも荒唐無稽な話であることと、可愛すぎる内容であることから、笑い出したくなるのを必死に堪えた。するとアメリアが、訝しげに尋ねてくる。


「兄様、なんだか変な顔。どうかした?」

「いや……、なんでもない。でもアメリア、それは大変だぞ?」

「うん。友達、100人じゃ足りないよね。でも100より大きい数をしらないから、そこからおべんきょうしないと。明日からがんばる」

 決意みなぎる顔で、うんうんと頷いたアメリアを見て、サラザールはとうとう我慢できなくなって噴き出してしまった。


「ぶっふぁっ!!」

 そんな兄を見て、アメリアが盛大に噛みつく。


「あ、ちょっと兄様! なんで笑うの!?」

「悪い。何でもないんだ」

「ちがう! 絶対、アメリアを笑ったよね!?」

「いや、そうじゃないんだが」

「兄様、うそついてる!」

 アメリアとサラザールが揉めているの、他の者達と同様にを微笑ましく眺めていたレティーだったが、ふと静かな口調で言い出す。


「アメリアは、本当に素直で可愛い子ね。本当にあんな娘がいたら、毎日が楽しいでしょうね」

「ああ……、確かにそうだろうな」

 妻の口調に寂しさを感じ取ったルディウスだったが、余計な事は口にせずに懸念を述べる。


「だが、あの子が心配だな。人間の国の現状に幻滅して、挫折しそうで」

「実際に生活してみないと分かりませんし、万が一上手くいかなかったとしても、私達が改めてきちんと受け入れてあげれば良いだけの話です」

「それはそうだな。実際に独り立ちできるだけの知識と技量をきちんと授けてやるのが、大人の役割というものだ」

「ええ。あの子が大きくなるまでに、できるだけの事をしてあげましょう。よからぬ人間に傷つけられたり、搾取されたりしないように」

 そこでレティーは穏やかに微笑み、ルディウスは妻に心から同意して深く頷いたのだった。

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