(12)それぞれの真実

「竜と人間が共に暮らしていた時代では竜同士、人間同士の他に、竜と人間が結婚して子供をもうけることがあったのです。あまり勧められてはいませんので、全体の数から見ればごく少数でしたが」

「竜と人間だと、どうして勧められないの?」

「竜と人間では、寿命が違い過ぎるからです。それは、アメリアも最近知りましたよね?」

「うん。人間の方が、すぐに死んじゃう……」

 初めて城に来た時に聞かされた衝撃の事実を思い出し、アメリアは思わず涙ぐんだ。それを宥めるように、ユーシアが優しく言い聞かせる。


「実は、それほど早く死なずに済むようにもできるのですよ」

「え? 本当? どうやって?」

「先程説明した、竜の心臓にある魔核を半分に分けて、人間の心臓に分け与えれば良いのです。そうすれば分けた竜と受け取った人間は、同じ年月を生きられます」

「分け与えるってどうするの?」

「魔力を使って、その魔核を人間の心臓に埋め込んで同化させるのです。その魔術自体は、それほど難しいものではありません」

「そうなんだ! それなら良かったね!」

 懇切丁寧な説明を受けて、アメリアは目を輝かせた。しかし話を聞いていたルディウスが、困り顔で口を挟んでくる。


「うぅ~ん、アメリア。確かに良いけど、手放しで喜べない事でもあるんだよ」

「え? どうして?」

「竜の配偶者である人間の寿命が延びても、その人間の家族や友人達は普通に年を取って、自分よりかなり先に死んでしまうんだ。一人だけ取り残されて悲しい思いをする上、若い姿のまま自分だけ長生きしていると妬まれる場合もある。挙げ句の果て竜側の周囲から、お前のせいで配偶者の寿命が削られたと非難されかねないんだ」

 その説明を聞いて、アメリアはショックを受けた表情になった。


「そんなの酷いよ……。仲良く一緒に暮らせるならいいじゃない……」

「確かにその通りだね」

 そのまま項垂れているアメリアを、ルディウスがそのまま優しく見守った。すると少しして、アメリアがある事に気がついて顔を上げる。


「あれ? そう言えばさっき叔父さんが、レティー叔母さんは人間の血が混じった『亜竜』って言ってたよね! それじゃあ、レティー叔母さんは早く死んじゃうの!?」

 慌てて問いかけたアメリアに、ルディウスは笑顔で答えた。


「大丈夫だよ。亜竜と言っても、人間の血が入ってから何代か過ぎているんだ。だから寿命は確かに普通の竜の平均よりは短いだろうが、それほど違わないはずだよ」

「良かったぁあ~」

 安堵したアメリアだったが、ここでユーシアが物憂げに言い出す。


「ですが、竜が魔核を分け与えれば人間の寿命を伸ばせると判明した事が、竜と人間を分断するきっかけにもなりましたからね」

「確かに、それが決定的でしたね」

「どうして?」

 新たな疑問に、アメリアは首を傾げた。そんな彼女に、ユーシアは苦々しい顔つきになって語り出す。


「魔核の同化はかなりの魔術を行使できる者でなければ、実行できません。そこまでの魔術を行使できるのは竜だけかと思っていたら、人間の中で生活している魔術師の中にも、実行できる者が現れたのです」

「ええと、竜と人間の混血さんの魔術師、だよね?」

「そうです。その者達は竜との交流もあり、自然と魔核の性質などについての知識も得ていたのですよ。そして一部の人間と組んで、竜の子供達を次々に拉致し始めました」

 聞いた事のない言葉が出てきたことで、アメリアはすぐに尋ねた。


「ユーシア、『らち』って何?」

「捕まえて、親元から浚って来ることです」

「『さらってくる』って?」

「無理やり連れて来ることです」

「ええと……、子どもをお父さんやお母さんの所から、無理やり連れて来るってこと?」

「その通りです」

「どうしてそんな事をするの!?」

「…………」

 やっと状況を理解したアメリアが驚いて声を上げたが、ユーリアとルディウスはここで顔を見合わせ、黙り込んだ。


「二人とも、どうしたの?」

 急に押し黙った大人達を、アメリアは不思議そうに見やった。その視線を受けて、二人が幾分険しい表情で囁き合う。


「ユーシア。どうしますか?」

「この事を告げないで、話を進めるわけにはいかないでしょう」

「ですが、さすがにまだ小さすぎるのでは……」

「この子も、いつかは知らなければいけない事です。私が教えますし、責任は取ります」

「……分かりました」

 そこで話がまとまった二人は、改めてアメリアに向き直った。


「先ほどのあなたの質問に対する答えですが、大人の竜は拉致できなくても、ごく小さい子供の竜ならまだ魔術も上手く行使できず、人間でも捕まえやすいからです。そして小さい竜の小さい魔核でも、人間の寿命を何十年か延ばすことは十分に可能だからです」

「え? ええと……、それって……」

「無関係の人間の寿命を延ばすために、魔術師がさらってきた竜の子供の心臓から魔核を丸ごと取り出し、その人間の心臓に移植したのですよ」

 一生懸命言われた内容を頭の中で考えていたアメリアだったが、ユーシアの決定的な言葉に顔色を変え、声を震わせながら問いを重ねる。


「ユ、ユーシア? それじゃ……、その魔核を取り出された、子どもの竜って……、さっき、魔核を失ったら、命も失うって言ってなかった?」

「全員、亡くなりました。そうですね、おそらく今のアメリアよりも、小さい子どもでしょう。アメリアくらいの見かけに成長すると、幾ら子供でも竜ならある程度魔術で攻撃や防御ができるようになりますから」

「…………っ!」

 沈痛な面持ちでユーシアが語った内容に、アメリアは絶句して目に涙を溢れさせた。それを見て、さすがに気の毒になったルディウスは、思わず口を挟む。


「アメリア。言っておくが、全ての人間がそんな蛮行に加担したわけではないよ? 欲に駆られた、一部の人間達がしでかした事だ。それで私達のご先祖様は不届きな人間達に報復を加え、強大な魔力で陸を分断する巨大な崖を作ったんだ」

「その一連の事が、竜側では『竜から魔力を奪おうとした人間に神様が怒り、大陸を半分にして南半分に人間を押し込めた』、人間側では『竜の悪逆非道な行いに神が激怒して巨大な力を行使し、大陸を分断して不毛の地である北半分に竜を封印した』ということになっているのです」

「…………」

 二人からの説明を聞いたアメリアは、無言で項垂れた。そして少ししてから、慎重に確認を入れてくる。


「でも、竜と人間だって、仲良くして良いよね? 母様や兄様や皆と仲良くして、好きでいても良いよね?」

 そんな事を不安そうに問われたユーシアとルディウスは、満面の笑みで頷く。


「勿論、構いませんとも。不埒者は問題外ですが、アメリアは可愛い良い子ですからね」

「確かに、偏見を持つ竜もいるだろうが、少なくともこの城にいる竜は全員アメリアを好きだし、仲良くしたいと思っているよ?」

「良かった」

 アリシアはいかにも安心したように微笑み、それを見たユーシア達は内心安堵した。


「それではエマリール様から読み書きは教わっていると伺いましたから、先程の話に関連して、まずはこの国の成り立ちからお教えしましょうか」

「はい、お願いします」

 そこでユーシアによる授業が始まるのと同時に、ルディウスはそっとその場を離れていった。 



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