(11)人間じゃない? 

「まずこの大陸がかつて分断されていなかった頃、竜が人間を支配していたことは本当です。竜と比べて人間は強欲で、騒乱を好む種族ですから。それで強大な魔力を保持しながらも、比較的温厚な性質の竜が魔術を行使して、表面的には平穏に社会を統治していたのです」

 それを聞いたアメリアは、微妙に嫌そうな表情になりながら問いを発した。


「……人間って欲張りなの?」

「今のは、少し言い方が良くなかったかもしれませんね。欲望があること自体は、決して悪い事では無いのですよ?」

「そうなの?」

 怪訝な顔になったアメリアに、ユーシアが笑いながら答える。


「ええ。もっと豊かになりたい、もっと認められたい、そういう欲求は社会を発展させ、生存圏を広げていきます。逆に言えば人間と比較して竜にはそのような貪欲さが欠けているので、生命力も欠けているのかもしれませんね」

「生命力? でも竜って長生きだよね? 絵本では人間は早く死んじゃうって書いてあったけど……」

「ええ。人間の寿命はおよそ六十年程ですが、竜はそれよりはるかに寿命が長いですね」

「そうだよね?」

 真顔で頷いたアメリアだったが、ここでユーシアが難しい顔になりながら続ける。


「竜はその分、子供が生まれにくいのですよ。魔力が強い者の場合は特に。だから竜の人口は、概算ですが今現在の人間側の総人口の百分の一です。自然の摂理と言えば、そうでしょうね」

「……え? 『ひゃくぶんのいち』って何?」

 キョトンとした顔つきになったアメリアに、ルディウスが(可愛らしいな)と微笑ましく思いながら解説を加えた。


「ああ。アメリアは、まだそういう概念は教えて貰っていないんだね。ここに僕が一人いるだろう? そうすると竜の国と人間の国で喧嘩をすることになったら、僕一人に対して人間は百人でかかってくることになるんだ。こういえば分かるかな?」

「大変!! 母様と兄様を呼んでこなくちゃ!?」

 ルディウスの例え話を聞いた途端、アメリアは慌てて叫んだ。それを聞いたルディウスは、吹き出しそうになるのを堪えながら話を続ける。


「サラザールならともかく、姉上に加勢をお願いしたら、逆に殴られてしまうな。それに二人が加勢してくれたとしても、私達三人で他の二人の相手もまとめて相手をしないといけないから、三百人をやっつけないといけなくなるんだけどね?」

「ええと……、おばあちゃんや王様も呼んでくる!」

「そうすると、相手も百人ずつ増えるよ?」

「うわぁ~ん! もう無理~!」

 どんどん人間の数が増えるという状況を理解したらしく、アメリアは悲鳴まじりの声を上げて頭を抱えた。すると二人のやり取りを見守っていたユーシアが、苦笑気味に声をかけてくる。


「取り敢えず、竜と比較して人間の数がかなり多い事は分かりましたか?」

「うん、大丈夫。分かった。でも、喧嘩しなければ良いよね?」

 優しく言い聞かされたアメリアは、気を取り直して頷いた。しかしユーシアは憂い顔で告げてくる。


「確かにそうなのですが……。残念なことに、そうもいかなかったのです」

「どうして?」

 アメリアは再び不思議そうな顔になり、ユーシアは微妙な表情のまま話を続けた。


「当初は問題なく統治されていたのですが、次第に数の上で圧倒的優位に立つ人間が、不満を露わにしてきたのです。『どうして大多数の人間が、少数の竜に支配されなければならないのか』と」

「それがいけないの?」

「駄目かどうかは、各自の考え方でしょう。現に疑問を抱かず、竜による支配を受け入れていた人も大勢いましたし。しかし邪な考えにとりつかれた一部の人間が、竜から魔核を奪って竜に対抗しようと企んだのです。それで」

 話の内容が分からなくなったアメリアは、思わず口を挟んだ。


「え? 『まかく』って、何?」

「竜の心臓にある、魔力の源です。竜はこれを失うと、魔力を失うと共に命も失います」

 それを聞いたアメリアは、驚愕してから尋ね返した。


「そうなの!? 知らなかった……。じゃあアメリアには無くて、他の皆にはあるのね?」

「いいえ、アメリアも少しは持っている筈ですよ? エマリール様が、『アメリアも少しは魔力がある』と仰っていましたから」

 そこでアメリアが、首を傾げながら自問自答するように呟く。


「えぇ? 全然分からない。だってアメリアは人間だよね? 人間だから魔力はなくて、魔術は使えないんだよね? それなのに魔力があるの?」

「詳しく言うと、アメリアは純粋な人間ではなくて、先祖の中に竜の血が混じっている、人間社会でいうところの《魔術師》なんだよ」

「『まじゅつし』?」

「実際にどれくらい魔術が使えるかは、今の段階では分からないけどね。そして混ざっている割合が逆になると、人間の血が少し混ざった《亜竜》になる。私の妻がそうなのだが、もう顔を合わせてくれたかな?」

「ええと、レティー叔母さんだよね? うん、挨拶したよ? でも……、どういうこと?」

 ルディウスの説明に、アメリアは困惑の色を深める。そんな彼女に、ユーシアは淡々と説明を続けた。

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