(2)爆弾発言
リリアの背中、正確には首元に跨って眼下の景色を眺めていたアメリアは、森を抜け原野を眺めているうちに穀倉地帯に入ったことに気がついた。更に人々が暮らす集落に達し、アメリアは興味津々でそれらを眺めていたが、次第に道幅が広くなり密集した居住地域が見えてきたことで、思わずリリアに声をかける。
「ねえ、リリア。ずいぶん景色が変わったね。家がたくさんある」
「人も大勢住んでいるわよ? もう王都に近いもの」
「『おうと』ってなに?」
「この国で1番偉い王様がいる所よ。その王様がガルシュ様なの」
初耳の言葉に、アメリアは反射的に問い返した。それにリリアが何気なく答えたが、アメリアの疑問は益々深まった。
「あれ? ガルシュって、母様のお父さんの名前と同じだね」
「ええ、エマリール様は王様の娘ですから」
「……うん? アメリアが持っている絵本だと、王様の子供って王子様や王女様だったけど?」
「ええ。だからエマリール様はこの国の王女様ですから」
「…………王女様って、大きなお城に住んでないの? アメリアのおうちは小さいよ?」
ものすごく疑わしそうに問われてしまったリリアは、やはりそこら辺の事情も全く説されていなかったのかと頭痛を覚え、この場をとりあえずどう乗り切ろうかと必死に考えを巡らせた。
「それは……、まあ、その……、エマリール様の場合は、色々と複過ぎる事情があってですね……。あ、そのお城が見えて来たわ! 助かったぁあ!!」
「え?」
眼前に、まだ小さいながらも見慣れた城の全景が見えた事で、リリアは思わず歓喜の叫びを上げた。それに釣られて前方に顔を向けたアメリアも、前方に見える城を認めて、驚きに目を見張る。
「あ、すごい! 本当に大きなお城! あそこに王様がいるのね!?」
「ええ、そうよ。すぐに皆に紹介するから、もう少しだけ待ってね!」
「うん!」
そして上機嫌のアメリアを乗せたままリリアは一直線に城に突進し、普段城の内外を警備している騎士達が何事かと身構える中、彼らに向かって頭上から断りを入れながら猛スピードで通り過ぎた。
「皆、ごめんなさい! 急いでいるから、このまま通るわね!」
「リリア様、お疲れ様です」
「任務ご苦労様です」
「どうぞお通りください」
彼らの間ではリリアがとんだ貧乏くじを引かされ、エマリールの養い子を内密に連れてくる任務を押し付けられたのを知らされており、揃って彼女に憐憫の眼差しを送った。
リリアはそんな事に見向きもせず、城内の奥まった中庭に急ぎながらも衝撃は最小限で着地し、安堵の溜め息を吐いてからアメリアに声をかける。
「よし、何とか追い付かれずに済んだわね。アメリア、背中から降りてくれる?」
「うん、わかった。ちょっと待ってて」
アメリアが慎重に自身の背中から降りたのを確認してから、リリアは人の姿に戻った。それと同時にしゃがみ込み、アメリアを両手で抱え込む。
「それじゃあここからは、アメリアを抱えて最短コースで行くから。掴まって」
「は~い! うきゃあ! すご~い!」
アメリアが素直に掴まるや否や、リリアは彼女を両腕で抱きかかえたまま勢いよく地面を蹴って上空に跳び上がった。そして大木の枝や低層階の屋根、バルコニーなどに向かって立て続けに跳躍し、とある大きな窓の縁に到達する。
「失礼します! エマリール様のお子様をお連れしました!」
最後は魔術で中の鍵を外して窓を開けたリリアが、アメリアを抱えたまま室内に転がり込むように乱入した。彼女の切羽詰まった叫びが広い室内に響き渡ると同時に、そこに居合わせた者達が慌て我先に駆け寄って来る。
「リリア! 本当に、連れて来ることができたのか!」
「良くできたな。てっきり二人に阻まれるかと思っていたぞ」
「侵入はできましたが、さすがに気付かずに抜け出すのは無理でした。遅かれ早かれお二方が激怒してこちらにやって来ます。その対応は、よろしくお願いします」
緊張の糸が一気に切れたのか、ここでリリアが床にへたり込みながらアメリアを床に立たせた。そんな身体的精神的に多大な負荷をかけてしまった彼女の懇願に、周囲の年長者達が罪悪感に苛まれながら、慰めの言葉をかける。
「……ああ、さすがにお前一人に責任を負わせようとは思わない」
「我々は一蓮托生だ」
「安心しなさい。後は年寄りが何とかするからな」
周囲でそんな神妙な会話が交わされていたが、まだ状況が全く分かっていなかったアメリアは、目を輝かせながら室内にいる者達を順に眺め始めた。
「うわぁ! うわぁ! 本当に、色々な竜さんがいっぱいだね! 水色さんに、煉瓦色さんに、灰色さんに、落ち葉色さんに、黄色さんに、ピンク色さん…………」
嬉々として周囲の者達の髪色を確認していたアメリアは、ピンク色の髪を持つ人物に目を止めた途端、驚いて固まった。そして忽ち笑顔を消して涙目になってくる。
「え? あ、あの、アメリア? どうかしたの?」
「ピンクさん……、かわいくないぃ~~ぃ~~! ふぇえぇぇえ~~!」
いち早く異常に気付いたリリアが声をかけると、それがきっかけになったらしくアメリアが大声で泣き出した。それを見て、直前に視線を合わせていたピンク色の短髪の初老の男が、動揺した声を上げる。
「え? あ、おい! どうした!?」
そこに動揺著しいリリアの声が割り込んだ。
「タッ、タウラス様! 今すぐ、最小型の竜に変身してください! アメリアが抱き上げられる大きさと重さで! エマリール様がいらした時に彼女がこんな調子で号泣していたら、この城が丸ごと崩壊しかねません!! お願いします!!」
「お、おう! なんだか良く分からんが、ちょっと待て!!」
先程とは比べ物にならない程の切羽詰まった訴えを聞いて、城の騎士団長を務めているタウラスは若干狼狽しながら魔術で自分の姿を変化させた。それを見届けたリリアは、できるだけ優しくアメリアに声をかける。
「アメリア、足下を見て頂戴。可愛いピンクの竜がいるわよ?」
「ふぇえ……、え? ピンク……」
ぐすぐすと泣きながらも目を擦りながら自分の足下に視線を落としたアメリアは、そこに後足で立って不思議そうに見上げているぬいぐるみサイズの全身ピンク色の竜を見て、忽ち満面の笑顔になった。
「かわいい! ピンクさん! だっこしてもいい!?」
「勿論よ。タウラス様、ちょっとだけおとなしくお付き合いくださいね?」
「分かった分かった。ほら来い」
「わ~い! ピンクの竜さ~ん!」
どうやらアメリアにはそれぞれの色の竜に対してのイメージや先入観があったらしいと分かった周囲は、取り敢えず彼女が納得して喜んでくれたのを見て、揃って安堵の表情になった。
「良かった……、寿命が縮んだわ……」
緊張から解放されたリリアが再び床にへたり込み、彼女と同年配に見える若手の者達が、苦笑交じりに声をかけてくる。
「リリア、お疲れ様」
「子供の世話は大変だったな」
「何やってんだよ、リリア。あんなガキの機嫌なんか、取る必要無いだろ。俺達は竜なんだぞ?」
そこでアメリアがタウラスを腕に抱いたまま振り返り、笑顔でリリアに告げた。
「リリア! ここにいる人は、みんな髪の色とおなじ色の竜になるんだよね? じゃあアメリアは金色の髪だから、大きくなったら金色の竜になるんだよね!」
その爆弾発言に、その場全員が当惑して顔を見合わせた。
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