竜の薬師は自立したい
篠原 皐月
第1章 竜の国、人間の国
(1)動き出す運命
家の近くにある森に遊びに来ていたアメリアは、急に地面に影ができたことで、反射的に空を見上げた。すると木々の間から見覚えのある、しかしその姿とは異なる色の鱗に全身を包んだ竜が、目の前に舞い降りてくる。
以前目にした母親の姿よりは遥かに小さい若草色の鱗に包まれた竜は、静かに着地して翼をたたむと同時に、僅かな閃光と視界の揺らぎの後に若い女性の姿になった。
「こんにちは」
人間でいえば二十歳前後に見える彼女は、若草色の髪を僅かに揺らし、青い目を煌めかせながら笑顔で挨拶してきた。彼女に優しく声をかけられたアメリアは、見ず知らずの相手だったにもかかわらず、全く恐れずに元気よく挨拶を返す。
「こんにちは! お姉ちゃん、竜だよね!? 母様と兄様じゃない竜の人、初めて見た!」
生まれて五年は経っているアメリアだったが、普段母と兄が他人との交流を拒絶し、偶に必需品を得るために付近の街に出かける場合にも彼女は留守番だったことで、家族以外の者を目にするのは今回が初めてだった。その興奮のままに叫んでいると、女性が微笑ましそうに告げてくる。
「ええ、私も竜よ。それで二人の親戚でもあるの。私の名前はリリアよ。はじめまして」
「アメリアだよ! はじめまして! 竜の身体の色と、人の時の髪の色が同じなのね!? 母様と兄様は黒だし!」
「そうね。他の色の竜もたくさんいるわよ?」
「ほんとに!? でも、どうして母様みたいに大きくないの?」
竜本来の姿を見たことがあるのだと分かったリリアは、笑ってその疑問に答えた。
「以前エマリール様は、もっと広い場所で竜の姿になったのではない? 私も本当ならもっと大きい竜になれるけど、そのままここに降りてきたら周りの木を何本も倒してしまうし、そうしたらアメリアに怪我をさせてしまうかもしないと思ったから、予め身体を小さめにして下りてきたの」
「そうなのね。分かった!」
「それに私達は、普段人の姿で過ごす時間が多いの。本来の大きい竜の身体だと住む所に広い場所が必要だし、必要な栄養を摂るために食べる量がとても多くなってしまうから」
「うん、竜の時より狭い所で暮らせて、少ない食べ物ですむなら無駄がないね! それで、『しんせき』ってなぁに?」
その無邪気な問いかけに、リリアは一瞬どう説明したものかと困惑した。
「ええと……、家族って分かる?」
「うん! 母様と兄様!」
「家族みたいにいつも一緒にいないけど、血の繋がりがあって、他の人よりは仲良くしている人の事だけど……。分かるかしら?」
そう言われたアメリアは、ちょっと困った顔で考え込んでから答える。
「ええと……、うん、分かった、と思う……。でも本読んだけど、『おともだち』も仲良くしている人だよね? 『しんせき』と『おともだち』って、どっちがどれだけ仲良しなの?」
「それは、その……、比較対象によるかと……」
「『ひかくたいしょう』って、なに?」
次々に出てくる疑問に閉口したリリアは、ここで少々強引に話題を変えた。
「ええと……、それで私がここに来た理由だけど、アメリアを迎えに来たのよ。今日は皆が集まるお祝いがあるの」
「お祝いって?」
「今日はエマリール様のお父様、ガルシュ様のお誕生のお祝いがあるの。それで三人とも招待されているのだけど、エマリール様とサラザール様はガルシュ様への贈り物をたくさん持って行くので、移動が大変なの。それであなたを、一足先にお城に連れていってくれと頼まれたのよ」
「そうなんだ。でもお祝いの話、母様、言ってなかったよ?」
アメリアが不思議そうに首を傾げたため、リリアは冷や汗を流しながらそれらしい嘘を口にする。
「竜がたくさん集まっている所に行くのは始めてでしょう? だからアメリアをびっくりさせようと思って、エマリール様が直前まで内緒にしていたのよ。どう? 驚いたでしょう?」
そこで微笑まれたアメリアは、満面の笑みで頷いた。
「うん、とっても! ねえ、竜がたくさんいるって、どれくらい?」
「そうね……。50人位は顔を揃えると思うわ」
「50!? すごい!! じゃあ母様や兄様みたいに黒い竜や、リリアみたいにきれいな緑色とは違う色の竜さんもいるの!? 赤い竜さんとか、青い竜さんもいる!?」
「ええ、様々な色の竜がいるわよ? そこで皆に、アメリアを紹介することになっているの。だから私と一緒に行ってくれる? アメリアが乗りやすい大きさの竜になるから、背中に乗って欲しいの」
「分かった! 後から、母様と兄様も来るんだよね?」
全く疑っていない笑顔で何気なく言われた台詞に、リリアは顔が引き攣りそうになるのをなんとか堪えながら、笑顔で応じる。
「ええ、もちろんよ。……二人とも怒り狂って、確実にいらっしゃるわね。捕まる前に逃げ切らないと。本当に貧乏くじを引いたわ」
「リリア? 何か言った?」
「ううん、独り言よ。それじゃあ、乗ってくれる?」
「うん!」
先程と同様に周囲に魔力を撒き散らしつつ、リリアが竜の姿になった。宣言した通りリリアが膝を折ると、幼女でも容易にその身体によじ登ることができ、アメリアはその長い首の根元に跨って落ち着く。
「リリア、乗ったよ!」
「ええ、今からゆっくり、森の上に上がるわね? 魔力でアメリアの身体はぐらつかないように固定しておくけど、あまり身を乗り出したりしないでね?」
「うん、気をつける」
注意事項を口にしてから、リリアは木々が開けていたその場所から翼を広げて慎重に舞い上がった。そして森の上空に抜けてから、水平に飛び始める。
「うわぁ! すごい! 森ぜんぶが見えるよ!?」
「もう少し高く上がっても、怖くないかしら?」
「うん! 大丈夫!」
「じゃあ遠慮なく」
「きゃあぁ! すごいすごい! いろんな物が見えるー!」
そんな大興奮のアメリアの声を聞きながら、リリアは密かに肝を冷やしていた。
(さて、そろそろエマリール様の結界付近。来た時はなんとか魔力を調整して、悟られずに内部に入れたけど……。この子を連れてあの二人に気付かれずにここを抜けるのは、ほとんど不可能に近いわよね)
普段アメリアの保護者達は周囲からの干渉を防ぐために、自分達の生活圏に幾重にも魔術による防御壁を展開させていた。これまで何とか侵入した竜人は何人か存在していたものの、エマリール達とはまともに話し合いができない状態で門前払いを食らわせられており、今回諸事情から魔力に秀でたリリアが面倒かつ危険な任務を押し付けられていたのだった。
(あ……、やっぱり無理。これは確実に気取られたわ)
リリアは注意深く魔力を調整したつもりだったが、地上から展開されている結界の上空に達した途端、異常を感知されたのを感覚で悟った。そして顔色を変えつつも、口調だけは穏やかにアメリアに確認を入れる。
「アメリア、もっと速く飛んでも怖くないかしら?」
「うん、大丈夫だよ! リリア、風が当たらないように避けてくれているし」
(あら……、言わなくても分かっていたのね。なかなか賢い子かもしれないわ)
取り敢えずの懸念がなくなったことで、リリアは少しだけ安堵しながら言葉を継いだ。
「ええ。結構速く飛んでいるから、子供にそのまま風が当たると大変だものね。このままアメリアに風が当たらないようにしながら、私の身体から落ちないように魔力で固定しておくけど、しっかり掴まっていてね?」
「うん、分かった! じゃあもっと速く! いっぱいの竜さんに会いたい!」
「ええ、任せて」
「うきゃあーっ! すごーい!」
(そうと決まれば全力で逃げ切って、お城まで突っ込むわよ!)
危険人物に獲物認定されてしまったのが確実となったリリアは、自己保身のために目を血走らせ、アメリアを乗せたまま最大限のスピードで王城を目指していった。
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