(3)衝撃の事実

「……え?」

「はぁ?」

「それは……」

「まさかエマリール様は、説明していないのか?」

「あの子、本気で自分を竜だと思っているの?」

 周囲がざわめく中、リリアは慎重にアメリアに尋ねてみた。


「あの……、アメリア? あなた、魔力はないわよね?」

「ちょっとはあるって、母様は言ってるよ?」

「ちょっと? え? それって……」

「リリア? どうかしたの?」

 アメリアが口にした内容を聞いて、リリアは僅かに顔色を悪くした。しかしそんな彼女を、アメリアが怪訝な顔つきで見上げる。


「まさかあの子……」

「純粋な人間でもないのか?」

「竜の末裔? 本当に?」

「初めて見たな……」

 二人のやり取りを聞いた周囲は、驚愕と困惑の色を浮かべながらアメリアを眺めていた。当のアメリアも、不思議そうにリリアに尋ねる。


「リリア。魔力が少ないと、竜になれないんだよね?」

「ええと……、エマリール様がそう言ったの?」

「うん。今は小さくて魔力が少ないから、竜になれないんだって。アメリアの髪は金色だから、大きくなったら金色の竜になるんだよね? 絶対に母様みたいな、綺麗で立派な竜になるんだから!」

 自信満々にアメリアが宣言した内容を聞いて、リリアは控え目に彼女の誤りを訂正しようとした。


「あの、アメリア? それはちょっと違うと思うのだけど……」

「違うの? 何が?」

「ええと……」

 首を傾げて問いかけてくるアメリアに、どこからどう説明すれば良いか咄嗟に判断がつかなかったリリアは、進退窮まった。そして内心で狼狽しながら目線で周囲に助けを求めたが、他の者達も当惑しながら囁き合うだけだった。


「おい、どうする?」

「本当に知らされていないみたいよ?」

「エマリール様は一体、どういうつもりで」

 室内のそんな微妙な空気を、一人の哄笑が切り裂いた。


「あははははっ! こいつ馬鹿だ! お前が竜になれるわけないだろうが!」

「おい、ジェイク!」

「いきなり何を言い出す!」

 腹を抱えて笑い出した青年を周りが顔色を変えて制止しようとしたが、事態は悪化の一途を辿った。


「馬鹿じゃないよ! 母様が、大きくなったら竜になれるって言ったもの!」

 むきになって言い返したアメリアだったが、煉瓦色の髪を持つジェイクは盛大に笑い飛ばす。


「だってお前、人間じゃないかよ。魔力が殆どなくてまともに魔術が使えなくて、俺達竜よりはるかに寿命が短くて、たかだか五十年や六十年で死んじまうちっぽけなくだらない生き物のくせに、『大きくなったら竜になる』だって? 傑作だ! 笑わせてくれるぜ!」

「……え?」

「おいジェイク、止めろ!」

「いきなり知らせなくてもよいでしょう!?」

 完全に予想外の事を言われたアメリアは、限界まで目を見開いて固まった。しかし少ししてから盛大に反論する。


「だって! だって、母様と兄様は竜だもん!! それならアメリアだって竜だよ!! 家族で親子だもの!」

「はっ! お前は、エマリール様とサラザールとは赤の他人だよ! 竜と人間が親子のわけないだろ! お前、本当に底無しの馬鹿だよな!?」

「馬鹿はお前だ! その軽すぎる口を閉じろ!」

「痛ってぇ!! 、何しやがる!?」

「その馬鹿を早くここから引きずり出して!!」

 近くの同年配の者達からジェイクが拳骨を食らい、リリアが悲鳴じみた声を上げる。若手の集団の騒動が激しくなる中、少し前から俯いていたアメリアがボソッと呟いた。


「……だ」

「え? アメリア、今何か言った?」

「絵本で、読んだ。竜になれない人……、崖の向こうにいる。竜より、ずっと早く死んじゃう……」

「……うぉっと」

「………………」

 今まで抱きかかえたままだったタウラスを床に取り落とし、そのまま項垂れているアメリアを見て、その場に居合わせた全員が口を閉ざした。そのまま気まずい沈黙が室内に満ちていたが、少ししてリリアに歩み寄ったアメリアが、彼女のスカートを片手で軽く掴みながら涙目で尋ねてくる。 


「リリア。アメリアって人間なの? だから竜になれないの?」

 さすがに事ここに至って誤魔化すのは無理だと判断したリリアは、正直に答えた。


「……そうね。本当の竜なら、子供の頃から竜にも人の姿にもなれるもの」

「母様、アメリアに嘘をついたの?」

「その……、どういう状況下でそういう話になったのかは分からないけど……、そのうちにきちんと本当の事を説明してくださるつもりだったのではないかと思うのだけれど……」

 しどろもどろに弁解しようとしたリリアだったが、アメリアの問いかけは更に続いた。


「母様と兄様、アメリアのお母さんとお兄さんじゃないの?」

「………………」

 リリアが答えに窮して黙り込んでいると、とうとうアメリアがポロポロと涙を零しながら泣き出してしまった。


「……うっ、ふぇえぇっ、……うぇっ、うえぇぇっ」

 さすがにその状況を放置できず、周囲が諸悪の根源とみなしたジェイクを囲んで騒ぎ出す。


「おい、ジェイク。あの状態をどうする気だ?」

「どう考えても拙いだろう。お前の責任で何とかしろよ」

「ちょっと待て、俺のせいじゃないだろ!?」

「あなたのせいでしょう! 言って良いことと悪いことの区別もつかないわけ!?」

「何だよ!? 俺は本当の事を言っただけだぜ!?」

「真実だったら、何でも洗いざらいぶちまけて良いわけ!? 違うわよね!?」

「皆、静かに!」

 そこでこの間、前方の椅子に座ったまま無言で事態の推移を見守っていたザルシュが、一同を鋭く制止した。それにその場全員が驚き、怪訝な顔で玉座を見やる。


「え?」

「陛下?」

「どうかされましたか?」

「…………来た」

 つい先程、リリアが入って来た窓の向こうに視線を向けながら、ザルシュが強張った顔つきで短く告げる。それを聞いて一瞬当惑した面々だったが、すぐにその言わんとすることを察した。


「来たって、何が……、げっ! まさか!?」

「よりによって、このタイミングで!?」

「誰か早く、あの子が泣くのを止めさせて!」

「いや、それは無理だろう!」

「もう、手遅れだな……」

 充分感じ取れてしまったこの場に近づいてくる強大な魔力は、ザルシュの長女、かつ元王太子であるエマリールのそれに間違いなく、その場全員の顔から血の気が引いた。その瞬間、窓とは反対側の廊下側のドアが勢いよく押し開けられ、全身に殺気を纏った黒髪の青年が現れる。


「待たせたな、誘拐犯ども。言い残すことがあったら、一人一言だけ聞いてやる。ドアも壁も壊さなかったことに感謝するんだな」

「ちょっと待て、サラザール!」

「二十五年ぶりの再会なのに、いきなり物騒な台詞は止めろ!」

「話せば分かる! 頼むから弁明させてくれ!」

 旧知の間柄であった彼らの間で、一触即発の事態になった。しかし新たにその場に現れた青年を見て、アメリアが少々驚きながら問いを発した。


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